2018年06月28日

中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――公的医療保険制度の特徴

中国の公的医療保険制度は、2020年までに「皆保険」の実現を目指している。都市部の国有企業を対象とした医療保険が1951年に導入されて以来、中国はおよそ70年をかけて制度を整えることになる。

「皆保険」の定義も、全ての国民が何らかの医療保険に加入できる制度を構築することは日本と同義であるが、中国の場合は加入には強制と任意が並存している点が大きな特徴である。

中国の公的医療保険制度は、本人の戸籍(都市戸籍/農村戸籍)や、就業の有無によって、大きく2つに分類される。都市で働く会社員などの被用者は「都市職工基本医療保険」に加入し、都市の非就労者や農村住民は「都市・農村住民基本医療保険」に加入する(図表1)。
図表1 中国の公的医療保険制度の体系
都市で働く会社員は、加入が義務付けられているが、都市の非就労者・農村住民は任意加入となっている。医療保険の全体的なモデル設計は、主務官庁である人力資源・社会保障部が行う。一方保険料の徴収、財政(基金)の管理、給付内容の決定や改定といった実質的な制度の運営は各地域で分立して行い、それぞれ設置された社会保険管理機構が担う。
 
以下では、中国の公的医療保険制度について、(1)制度構造、(2)保険料負担、(3)入院・通院給付に分けて解説する。まず、各項目について概説を行い、次に、よりイメージしやすいように北京市を例に具体的に説明する。ただし、地域によって制度内容が異なる点に留意が必要である。
 

2――都市職工基本医療保険制度―北京市を例に

2――都市職工基本医療保険制度―北京市を例に

1|制度構造
都市職工基本医療保険の対象者は、都市で働く会社員、自営業者、公務員・外郭団体職員等である。

制度の構造は2階建てとなっている。1階部分の基本医療保険からは一定額まで基礎的な給付が受けられる。これを上回る高額な医療費については、2階部分の高額医療保険から給付が受けられる。また、2階部部分でも一定の自己負担が必要となっており、日本の高額療養費制度とは異なり、限度額が設けられている1。 また、日本と異なる点として、1階部分の給付を受けるまでに一定額(免責額)を自己負担する保険免責制を導入している。給付は、基本的に入院、通院を対象とし、それぞれ免責額や自己負担割合、限度額も異なる2
 
では、北京市を例に具体的に解説する。北京市の在職者の場合、入院費はまず、年間1,300元までが全額自己負担となる(図表2)。
図表2 北京市の都市職工基本医療保険の給付構造(在職者の場合)
1,300元を超えた場合、10万元までは病院のランク、入院費の多寡に応じて、3~15%が自己負担となっている。

また、入院費が10万元を超えた場合、30万元までは自己負担が一律15%となっている。なお、30万元を超える入院費は全額自己負担となる。

一方、通院(一般外来)は、医療費(年間)1,800元までが全額自己負担となる。また、1,800元を超えた場合、2万元までの医療費については病院のランクに応じて10%または30%が自己負担となる。なお、2万元を超えると全額自己負担となる。
 
 
1 ただし、上海市など一部の地域では限度額を設けていない場合もある。
2 その他に、在宅医療、救急についての給付もある。
2|保険料負担
保険料は労使折半ではなく、企業の負担が重い設定となっている。1階部分にあたる基本医療保険の保険料は、雇用主が従業員の賃金総額の8%、従業員が(本人の)前年の平均賃金の2%を負担する。従業員が負担する保険料の算出に際しては、その基数となる前年の平均賃金について、上限と下限が設けられている。上限は管轄地域(市)の前年の平均賃金の300%、下限は管轄する地域の前年の平均賃金の60%となっている。2階部分にあたる高額な医療費給付を対象とした医療保険については各地域でそれぞれ定めている。

雇用主が負担した基本医療保険の保険料は、各地域で専用の基金(基本医療保険基金)で積み立てられ給付に充てられる。従業員が負担した保険料は医療保険専用の個人口座で積み立てられる。2階部分の保険料については、各地域で別途基金(高額医療保険基金)が設けられ、積み立てられる。
 
北京市の在職者を例にみると、雇用主は、基本医療保険料の9%と、高額医療費用互助保険料の1%で合計10%を負担する(図表3)。従業員は、基本医療保険料の2%と、高額医療費用互助保険料として3元負担する。これらの保険料は、北京市の「基本医療保険基金」、「高額医療費用互助保険基金」と、本人の「医療保険専用の個人口座」で積み立てられる。
図表3 北京市における都市職工基本医療保険の保険料負担(在職者の場合)
雇用主が拠出した基本医療保険料9%のうち、従業員の年齢に応じて決められた割合0.8~2%と、従業員が拠出した2%が医療専用の個人口座に積み立てられる3。雇用主が拠出した残りの基本医療保険料の7~8.2%は基本医療保険基金に積み立てられる。雇用主が拠出した高額医療費用互助保険料の1%と、従業員が拠出した3元が高額医療費用互助保険基金に積み立てられる。
 
 
3 北京市の在職者の場合、35歳未満が0.8%、35歳~44歳が1%、45歳以上が2%である。
3|入院・通院給付      
給付は、基本的に、入院(市が指定した特殊疾病の通院を含む)と通院(一般外来)に分かれる。給付は日本とは異なり、受診した医療機関の規模やランク、医療費の多寡などに基づいて各地域が設定している。なお、一般外来の薬代は、医療保険専用の個人口座(医療保険カード)から支払うこともできる。

給付対象者は、被保険者本人が対象となり、日本のような被保険者に扶養されている家族への保険給付はないため、扶養家族はそれぞれ都市・農村住民基本医療保険に加入し、給付を受けることになる。
 
制度は各市で運営されているため、基本的に管轄の市以外で受診した場合は、全額自己負担となる。ただし、かかった医療費が過重なものとならないように、管轄地域で、一部の医療費の償還も可能となっている。この場合の自己負担割合は管轄地域内での受診よりも高く設定されている。日本の公的医療保険の特徴の1つである、患者が望めば、いつでも、誰でも、どこの医療機関でも医療を受けられる「フリーアクセス」は存在しない。受診する医療機関についても、多くの場合、自身が管轄地域内で予め指定して受診する。

北京市の場合、入院給付は、病院のランクである1~3級のいずれの病院においても1,300元を超えてから適用される。例えば、3級病院(日本の大学病院に相当)に入院した場合、医療費1,300元超から3万元の部分については自己負担割合が15%、3万元超~4万元の部分については自己負担割合が10%となっており、医療費が高額になるにつれ、自己負担割合は軽減されている(図表4)。一方、一つランクが下の2級病院の場合は、同じ医療費でも自己負担割合は13%、8%と、3級病院よりも軽減されていることがわかる。
図表4 北京市における都市職工基本医療保険の入院・特殊疾病通院の病院ランク、医療費用別の自己負担割合(在職者の場合)
これは、大規模病院への患者の集中を避けるための策である。その背景には、政府が国民に保障する医療サービスは基本的なものに留め、よりレベルの高い医療サービスを受けるには、それに見合った対価を受益者自身が支払うべきという考え方がある。中国では、受診する医師のランク別初診料、診療内容、使用する医療関連機材、医薬品に至るまで、その価格を病院やネットで公開している。どのようなレベルで、どれくらいの医療サービスを受けるかの判断の多くは、患者(被保険者)側に委ねられている。
 
通院(一般外来)で治療した場合、1,800元までは全額自己負担である。各居住地域に設置された小規模な医療機関である社区衛生サービスセンター(1級病院に相当)での自己負担割合は10%であるが、自身が選択した1~3級の医療機関で受診する場合は30%となっている(図表5)。なお、通院についても大規模病院への集中を避けるため、最初に受診する医療機関は、社区衛生サービスセンターにするよう求めている。
図表5 北京市における都市職工基本医療保険の通院(一般外来)における病院ランク、医療費用別の自己負担割合(在職者の場合)
また、北京市は特殊疾病の通院治療の対象として、(1)悪性腫瘍、(2)人工透析(腎不全)、(3)血友病、(4)再生不良性貧血、(5)腎臓、肝臓、心臓、肺移植後の拒絶反応の投薬治療、(6)多発性硬化症、(7)加齢黄斑変性症(注射治療)の7種を指定している。これらの治療は医療費の負担が重いことから、通院(一般外来)を対象とした自己負担ではなく、より負担が軽い入院の自己負担割合が適用されている。ただし、特殊疾病の給付を受けるには申請が必要である。
 
北京市では、被保険者は、通常使用する病院を予め4ヶ所指定する必要がある。指定する医療機関は居住地域、勤務地域を中心に選択する。4ヶ所のうち、1ヶ所は社区衛生サービスセンターまたは1級病院を選択する。また、4ヶ所指定した医療機関以外に、A類病院(北京市が指定した大規模な総合病院)、漢方専門病院、専門病院については、指定をしなくても利用が可能である。しかし、指定した病院とこれらの病院を除いたその他の病院で受診した場合は医療給付の対象とならない仕組みとなっている
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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【中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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