2018年06月28日

ベンチャー企業の「ガバナンス」~「急成長」と「ガバナンス」の両立を~

中村 洋介

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4――ベンチャー投資家の層を厚くする上で

(図表8)ベンチャー投資の現状と課題GPIF/(図表9)投資原則(抜粋) 日本のベンチャーを取り巻く環境の課題について、起業する人の少なさ(低い開業率)等と並んで、リスクマネー供給の少なさが指摘されてきた(図表8)。リスクマネー供給拡大の点から、「ガバナンス」の問題がより意識されるようになるかもしれない。
(資料10)PRI署名機関数と運用資産総額の推移(世界) 年金基金等の機関投資家がベンチャー投資に入ってくれば、リスクマネーに厚みを増す。昨今、機関投資家の間ではESG投資への注目が高まっている。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の観点が、企業の長期的な成長に必要だという考え方だ。世界最大規模の機関投資家、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)も、投資原則2にESGを組み込んでいる(図表9)。世界の機関投資家の間では、ESGを投資プロセスに組み入れた、国連の「責任投資原則」(Principles for Responsible Investment、以下PRI)への署名が広がっており(資料10)、日本でもGPIFや生保、運用会社で署名が進んでいる。環境(E)、社会(S)の課題解決に取組むベンチャーも多いが、今後ベンチャー企業やVCが年金基金等機関投資家からのリスクマネーを獲得する上では、ガバナンス(G)の視点が一層必要になろう。
(資料11)産業革新機構支援決定金額(累計,2018年3月末時点) リスクマネー供給で存在感を増す官民ファンドもその例外ではない。ジャパンディスプレイや、ルネサスエレクトロニクスへの支援で知られる産業革新機構は、非上場のベンチャー投資を積極的に行っている(資料11)。とりわけ、研究開発や事業展開が一定進んだミドル・レイターステージのベンチャー企業や、資金と時間のかかる研究開発型ベンチャーに対して、民間VCだけでは出せない大きな金額を出資することで、非上場ベンチャー企業の更なる成長をサポートしている。経済産業省のベンチャー育成プログラム「J-Startup」の「特待生」企業として選ばれたベンチャー企業92社の中でも、産業革新機構の支援先が10社以上含まれている。産業革新機構は、今や日本のベンチャー・エコシステムの中で重要な存在となったと言える。そのような中、「政府出資」を受けている官民ファンドの投資先で、社会を騒がすガバナンス上の問題が頻発するような事態になれば、公的資金を活用したリスクマネー供給に厳しい目が向けられ、厚みを持ちつつあった日本のベンチャー・エコシステムにとっては、マイナスのインパクトを与えるだろう。

また、ベンチャー投資に積極的になりつつある大企業も、自らがコーポレートガバナンス改革、ESG投資の興隆に直面する中、資本提携先ベンチャーのガバナンスに対しても、今まで以上に高いレベルを求めて来よう。
   

5――おわりに

5――おわりに

仮想通貨に限らず、人口知能や自動運転、シェアリングエコノミー、Fintechといった新しい技術やビジネスモデルで、ベンチャー企業であっても社会に大きなインパクトを与えることが、これからどんどん増えてくるだろう。ユニコーンと呼ばれる大きな資金調達を行うベンチャーが登場して、しっかりとコストをかけてガバナンスやコンプライアンス対策を充実させる事例が出てくるかもしれない。政府の成長戦略でも、ベンチャー支援・育成が大きく掲げられ、社会の注目が一段と高くなっている。社会に大きなインパクトを与えるようになれば、事業が急成長する中でガバナンスが追いつかないとばかりも言っていられないし、ベンチャー業界で盛り上がってきた良い機運を潰すわけにもいかない。ベンチャー企業には、今まで以上に「急成長」と「ガバナンス」の両立という、難しくも大事な舵取りが求められそうだ。その舵取りをサポートする、実力あるベンチャーキャピタリストが一層増えていくことに期待したい。
 
 

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中村 洋介

研究・専門分野

(2018年06月28日「基礎研レター」)

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