2018年06月28日

ベンチャー企業の「ガバナンス」~「急成長」と「ガバナンス」の両立を~

中村 洋介

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1――はじめに

6月と言えば、上場会社の株主総会シーズン。不祥事で揺れた企業のコーポレートガバナンスや企業風土を問う指摘が相次いでいる。非上場のベンチャーとて無関係ではなく、仮想通貨交換業のベンチャーが業務改善命令を受ける事態となって世間を騒がせている。成長戦略の1つの柱として、ベンチャー支援・育成が注目される中で、改めてベンチャー投資における「ガバナンス」や「リスク統制」の重要性を認識させられる一件でもあった。
 

2――非上場ベンチャーの「ガバナンス」 

2――非上場ベンチャーの「ガバナンス」 

ガバナンス、不祥事抑止と聞いて、「社外取締役」による牽制機能が頭に浮かぶかもしれない。非上場企業の場合は、社外取締役複数名の導入を求めるコーポレートガバナンス・コードの適用を受けるわけではない。創業間もない場合は、取締役会を設置せずに、取締役は社長一人ということも多い。成長のアクセルを踏むために、ベンチャーキャピタル(以下、VC)や個人の有力エンジェル投資家等の外部から資金調達をする場合に、社外取締役が入るケースが見られるようになる。この際、社外取締役になるのは、外部の有識者というより、資金調達を主導したVCのベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家だ。社外取締役とならずとも、オブザーバーとして取締役会等に参画するケースもある。彼らは、株主の代表として、企業価値向上に向けた様々な支援をしつつ、経営のモニタリングを行う。上場会社と違って、そうした投資家と経営者の距離は近く、いわば「モノ言う株主」と経営陣が頻繁にコミュニケーションをとっていることが多い。経験豊かで実績あるキャピタリストやエンジェル投資家が参画していれば、ベンチャー業界において一目置かれる存在にもなる。更に成長して企業が大きくなると、上場を見据えて有識者や著名経営者等を社外取締役に迎えたり、監査役会を設置して社外監査役を迎えたりするようなケースも出てくる。著名な大物経営者等が参画して、「あの人が認めた会社・経営者」というような形で、結果として信用獲得や広告宣伝に繋がることもある。

ベンチャーの社外取締役やオブザーバーを務めるキャピタリストやエンジェル投資家は、ファイナンスや経営、事業戦略立案のプロフェッショナルとして、企業価値向上に向けたサポート・モニタリングを行う中で、牽制機能を発揮し、ガバナンスやリスク統制を利かせている。ヒト・モノ・カネが足りないベンチャー企業にとって、高い報酬を払ってコンプライアンスの専門家だけで社外取締役を固めるのもあまり現実的ではないという事情もある。上場企業で社外取締役の人材獲得競争も進んでいる中で、最新の技術やビジネスモデルに精通し、急成長過程にあるベンチャーの特性をよく理解して、経営者のメンターとしての役割を果たせる有識者を見つけるのは容易ではない。そして何よりも、有識者を社外取締役に招いたからといって、実効性のある体制が作れなければ機能しない。やはり、経営者に「モノ言える」キャピタリストやエンジェル投資家が、「目利き力」を活かして良き企業風土を作れる起業家や企業を見極めて投資し、成長を強力にサポートすべく経営に参画する中で、「ガバナンス」や「リスク統制」を利かせていくことが重要であり、そこにベンチャー投資ならではの難しさがある。ガバナンスというと「ブレーキ」というイメージがあるかもしれないが、「アクセル」全開で成長出来るようにサポート・牽制するのもベンチャーにとって重要であり、その「ハンドリング」がキャピタリストの腕の見せ所だろう。

とは言え、キャピタリストやエンジェル投資家が、必ずしも不祥事の未然防止やコンプライアンスに関するスペシャリストというわけではない。そして、全てのベンチャー企業に、キャピタリストが深くコミット出来ているわけでもない。新しいリスクマネーを獲得し、社会にインパクトを与えて経済を活性化させるようなベンチャーを創出・育成するという政府の成長戦略、その大きな目標を実行・達成する上では、「目利き」や「経営支援」、「ガバナンス」が高いレベルで出来るキャピタリストがまだまだ足りない。キャピタリストの育成が求められているのだ。更には、ベンチャー支援に詳しい弁護士等のスペシャリストが、これまで以上にベンチャー・エコシステムの輪に加わって、その厚みが増していくことにも期待したい。
 

3――上場ベンチャーの「ガバナンス」 

3――上場ベンチャーの「ガバナンス」 

成長して晴れて上場に至ったベンチャーの場合はどうだろう。上場時に、今までサポートしてくれた投資家がEXIT(株式売却)するケースも多く、ガバナンスの様相は変わってくる。ガバナンスに目を光らせる株主も、今まで近い距離で顔の見えていたVC 等の投資家から、上場株式を手掛ける機関投資家や、多くの個人投資家に入れ替わる。

上場会社になるとコーポレートガバナンス・コードの適用を受ける。2015年に取りまとめられたコードでは、上場会社は経営陣や支配株主から独立した立場の独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべき、と打ち出された。2018年6月に改訂されたコードでは、原則は2名以上としながらも、会社が必要と考える場合は3分の1以上の独立社外取締役を選任すべきという内容になっている(図表1)。
(図表1)コーポレートガバナンス・コード 社外取締役に関する記載
上場会社は、コード記載の原則について、実施するか、実施しない場合はその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」が求められる。同コードの導入以降、とりわけ東証1部上場企業では、複数名の独立社外取締役選任がかなり進んでいる(図表2)(図表3)。
(図表2)2名以上の独立社外取締役を選任する上場会社(東証第一部)の比率/(図表3)3分の1以上の独立社外取締役を選任する上場会社(東証第一部)の比率
(図表4)東証一部及びマザーズ上場企業における独立社外取締役の人数(2017年7月14日時点) ちなみに、東証一部、二部上場企業はコードの「基本原則」、「原則」、「補充原則」全てにコンプライ・オア・エクスプレインが求められるが、マザーズとJASDAQ上場企業は、「基本原則」についてのみコンプライ・オア・エクスプレインが求められている(複数名の独立社外取締役選任を求めているのは「原則」)ということもあってか、上場ベンチャー等で構成される新興市場のマザーズは、東証一部と比べると独立社外取締役を複数選任する動きは進んでいない(図表4)。
(図表5)議決権行使助言会社IS Sの助言基準〔監査役設置会社における取締役選任議案の例〕 上場株式の投資家側の動向も見ておきたい。外国人投資家中心に活用されている議決権行使助言会社ISSの助言基準1では、社外取締役に関する基準が設けられている(図表5)。これがクリア出来ない場合は、原則として投資家に対して議案への反対が推奨される。国内の機関投資家についても、水準の差はあれ同様の基準を設けているところが多い。こうした議決権行使会社や機関投資家のスタンスも、上場会社の社外取締役導入動向に大きく影響を与えている。また、生命保険協会の調査によれば、上場会社の社外取締役に対して「不祥事の未然防止に向けた体制の監督」を求める投資家が多いことが見てとれる(図表6)。ガバナンスの点では、上場ベンチャー企業側と投資家側の考えに開きがある。
(図表6)社外取締役に期待している役割の中で特に重要だと感じるもの(企業・投資家)/(図表7)社外取締役に期待している役割が現状果たされているかに対する評価(投資家)
また、同調査では、社外取締役に期待している役割が現状果たされているかについて、投資家の51.4%が「不十分であり、改善の余地がある」、3.6%が「全く果たされていない」と回答しており(図表7)、投資家の求めるハードルはより高いところにあるようだ。上場ベンチャーのガバナンス体制に対しても、今後投資家から厳しいチェックが向けられそうだ。まだまだ個人投資家が多い新興市場であるが、機関投資家の層を厚くして、更なる成長のための資金調達がしやすい環境を作る意味でも、機関投資家の目線に適うようなガバナンス体制の構築が求められる。
 
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中村 洋介

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