2018年06月26日

Brexit(英国のEU離脱)に伴う14のソルベンシーリスク-EIOPAが保険会社のソルベンシー・ポジションに関する意見書を公表-

中村 亮一

文字サイズ

1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)が、5月18日に、「英国のEU(欧州連合)からの離脱を踏まえた保険及び再保険会社のソルベンシー・ポジションに関する意見(Opinion on the solvency position of insurance and reinsurance undertakings in light of the withdrawal of the United Kingdom from the European Union)」を公表1した。

EIOPAは、これにより、各国監督当局が、Brexit(英国のEU離脱)に伴う、保険及び再保険会社のソルベンシー・ポジションに対するリスクに適切に対処することを確実にすることを目指している。

今回のレポートでは、この意見書の内容について報告する。  

2―今回の意見書の全体概要

2―今回の意見書の全体概要

1|意見書の位置付け-法的根拠-
今回のEIOPAの意見書については、規則(EU)第1094/2010号の第29条(1)(a)に基づいている。この規定によれば、EIOPAは、管轄当局に意見を提供することで、共通のEU監督文化と一貫した監督慣行を構築し、統一された手続きと整合的なアプローチを確保する上で、積極的な役割を果たすことが求められている。さらに、今回の意見は、指令2009/138 / EC(ソルベンシーII)及び委員会委任規則(EU)2015/35(委任規則)に基づいている。
2|Brexitを巡る状況
2017年3月29日、英国は、欧州理事会にEUからの離脱の意思を通知した。離脱は、離脱合意の発効日又は通知から2年後の2019年3月30日(「離脱日」)に行われる。

EUから離脱するという英国の決定は、欧州単一市場を離れることが含まれている。英国は、離脱日後にソルベンシーIIの枠組みを適用する目的では第三国になる。それまでは、EUの立法枠組みは英国内で引き続き有効である。EUと英国の間で、離脱協定に関して、引き続き交渉が行われている。これらの政治交渉の結果は、この意見書の公表段階では明確になっておらず、それについてはEIOPAの権限外である。したがって、この意見書は、英国が欧州単一市場の一部となり、EU法が英国に適用される可能性のある移行期間の結果を考慮していない、としている。

技術的準備金、自己資本、資本要件の決定のいくつかの領域において、ソルベンシーIIは、EU内外のエクスポージャーを区別する。また、指令2013/36 / EU(資本要件指令)、規則(EC)No 1060/2009(CRA規制)、指令2014/65 / ECに含まれる保険及び再保険会社のソルベンシー・ポジションに関連するその他の規定も、EU(MiFID II)2及び規制(EU)No 600/2014(MiFIR)3には、EU内外の活動の区別が含まれている。したがって、英国以外の加盟国(EU 27)における保険及び再保険会社の技術的準備金、自己資本及び資本要件は、英国が第三国になると変更される可能性がある。これらの変更の影響は、例えば、英国のエクスポージャー又は英国の信用格付機関がEU27加盟国に移転した場合などに緩和することができる。これらの緩和措置は、通常、影響を受ける保険及び再保険会社の支配範囲外であるため、この意見書では考慮されていない。

また、ソルベンシーIIは、英国の保険及び再保険会社に、もはや適用されないため、これらの会社の技術的準備金、自己資本及び資本要件は離脱により変更される可能性がある。これらの会社に対する将来の健全性の枠組みは現在のところ不明である。したがって、この意見の焦点は、EU27加盟国における会社のソルベンシー・ポジションにある。
 
 
2 MiFID IIは、欧州の金融・資本市場にかかわる包括的な規制で2007年に施行したMiFID(Markets in financial instruments directive:金融商品市場指令)の改正版である。
Directive 2014/65/EU of the European Parliament and of the Council of 15 May 2014 on markets in financial instruments and amending Directive 2002/92/EC and Directive 2011/61/EU (OJ L 173, 12.6.2014, p. 349)
3 MiFIR(Markets in financial instruments regulation:金融商品市場規則)
Regulation (EU) No 600/2014 of the European Parliament and of the Council of 15 May 2014 on markets in financial instruments and amending Regulation (EU) No 648/2012 (OJ L 173, 12.6.2014, p. 84)
3|目的
この意見書の目的は、国家監督当局に、英国が第三国になることから生じる会社のソルベンシー・ポジションのリスクが、適切に特定、測定、監視、管理、報告されることを確実にするように要請することである。
4|意見書のポイント
意見書のポイントは、以下の通りである。

(1) 国家監督当局は、国内市場で生じるリスクを評価すべきである。
(2) 意見書は、保険会社のソルベンシー・ポジションの決定に変化を与える14の領域を示している。
(3) EIOPAは、その性質、規模、複雑性を考慮して、リスクを厳密に監視する。
5|EIOPA会長のコメント
EIOPAのGabriel Bernardino会長は、「リスク管理において、保険会社は、特に英国が第三国になり、内部市場を離れるというシナリオに備えるべきである。国家監督当局が国内市場のリスクを監視し、評価し、タイムリーかつ効果的な監督措置を講ずることが重要である。」と述べた。
 

3―Brexitに伴う14のソルベンシーリスクについて

3―Brexitに伴う14のソルベンシーリスクについて

リスク管理の一環として、保険及び再保険会社は、さらされている又はさらされる可能性のあるリスクを特定し、測定し、監視し、管理し、報告することが求められている。特に、リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)の一部として、会社はソルベンシーIIの資本要件及び技術的準備金に関する要件に関するコンプライアンスを継続的に評価することが求められる。リスク管理においては、会社は特に、離脱日に英国が第三国となり、内部市場を離れるシナリオに対して準備する必要がある。

国家監督当局は、監督下の保険及び再保険会社が、確実に、英国が第三国になることから生じるリスクを特定し、測定し、監視し、管理し、報告し、それらをリスクとソルベンシーの自己評価に含めるようにすべきである。さらに、国家監督当局は、各国市場で発生するリスクを評価し、必要に応じて監督行為を緩和すべきである。

英国が第三国になり、内部市場を離れると、特にEU 27加盟国における保険及び再保険会社の技術的準備金、自己資本及び資本要件の決定が次のように変更される。なお、以下の14の全ての変更が各保険及び再保険会社に関連するわけではない、としている。
1|デリバティブのリスク軽減効果
デリバティブのリスク軽減効果は、一定の定性的条件を満たしていれば、ソルベンシー資本要件(SCR)の標準式計算で認識することができる。条件の1つは、リスクの移転が、全ての関連する管轄区域において法的に有効であり、実施可能であることである。離脱日後、英国の銀行及び投資会社は、EUにおいてデリバティブサービスを提供するためのMiFIDパスポートを失う。これは、離脱日後に英国の銀行及び投資会社がリスクを移転するために提供するデリバティブの能力に影響を与える可能性がある。どのデリバティブ商品が影響を受け、どのような影響があるかは、特に国内の法的枠組みに左右される。今後12ヶ月間で定性的条件を満たさないリスク軽減手法は、部分的にしか認識されないため、保険及び再保険会社のSCRは、離脱日よりも1年前に既に影響を受ける可能性がある。
2|スプレッドリスク、市場リスク集中及びカウンターパーティのデフォルトリスク
スプレッドリスク、市場リスク集中及びカウンターパーティのデフォルトリスクに対する標準式SCRの計算は、保険及び再保険会社の資産の格付に基づいている。さらに、SCR計算におけるリスク軽減手法の認識は、カウンターパーティの格付けに依存する可能性がある。会社は、外部信用格付機関(ECAI)によって発行されたか、又はCRA規則に従って承認されている場合にのみ、外部信用格付けを使用することができる。英国の信用格付機関は、離脱日後に登録抹消され、もはやECAIsの資格を持たない。したがって、登録抹消されたECAIの格付けは、少なくとも1つの他の登録された信用格付機関によって格付けされている場合には10日の期間中、又は他の登録された信用格付け機関によって格付けされていない場合は3ヵ月、規制目的のために引き続き使用することができる。欧州証券市場局(ESMA)は、欧州証券監督局(EBA)又はEIOPAの要請に従い、市場の混乱又は金融不安の可能性に関する例外的な状況において、3ヶ月間をさらに3ヶ月間延長することができる。
3|サービスの継続性を確保するための措置
保険及び再保険会社は、必要に応じて、設立の自由とサービスの提供の自由をもって、英国で締結された保険契約に関するサービスの継続性を確保するための措置を講じることが求められる。措置が取られない場合、又は措置が無効となった場合、会社は、これらの契約は離脱日後に原則として有効であるにも関わらず、離脱日にもはやこれらの契約にサービスを提供することが認められないかもしれない。結果として、これらの契約の技術的準備金は、特に、これらの契約の期待利益がもはや得られないか又は遅れてしか得られないため、変更される必要があるかもしれない。
4|再保険
再保険活動に関する国の法的枠組みによっては、英国の保険及び再保険会社は、市場アクセスを確保するための措置を講じない限り、離脱日後に一部のEU27加盟国で再保険サービスを提供することができなくなる可能性がある。保険及び再保険会社が、現在英国の保険又は再保険会社からの再保険回収見込額を計上しており、英国の会社が離脱日後に管轄区域の再保険活動についてもはや認められない場合、英国の会社から想定されている支払いがもはや行われないか又は遅れてのみ行われることがあるため、再保険回収見込額を引き下げる必要があるかもしれない。
5|国債の基本的なスプレッド
リスクフリー金利に対するマッチング調整及びボラティリティ調整の計算は、資産の基本スプレッドに依存する。加盟国の国債の基本スプレッドは、他国の国債のそれとは異なる。加盟国にとって、基本スプレッドは国債の長期平均スプレッドの30%だが、他の国では長期平均スプレッドの35%である。英国国債の長期平均スプレッドは現在ゼロである。長期平均スプレッドがプラスになる場合には、離脱日以降に基本スプレッドが増加し、特にポンド・スターリングに関するマッチング調整及びボラティリティ調整が減少する可能性がある。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【Brexit(英国のEU離脱)に伴う14のソルベンシーリスク-EIOPAが保険会社のソルベンシー・ポジションに関する意見書を公表-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

Brexit(英国のEU離脱)に伴う14のソルベンシーリスク-EIOPAが保険会社のソルベンシー・ポジションに関する意見書を公表-のレポート Topへ