2018年06月25日

190兆円の社会保障費をどのようにとらえるか-「2025年問題」の虚像と実像

上智大学 経済学部 中里 透

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6――大増税は不可避なのか?:歳出と税収の推移

ここまでみてきたように、2025年にかけて社会保障費の「急増」が生じるということはなく、公費負担の増加額も現在の価額に引きなおすと年間9千億円程度の緩やかなペースにとどまることになる。とはいえ、年間1兆円近い支出増が生じることは事実であり、その財源確保のためにさらなる税負担を求める必要がないのかは、あらかじめ確認しておく必要がある。ここでは内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(中長期試算)のベースラインケースと18年5月試算のうちベースラインケースに即して行われた試算の推計値を利用して、このことを確認しておくこととしよう。

18年5月試算によれば、18年度から25年度にかけての社会保障給付にかかる公的負担は年間46.9兆円から57.8兆円へと11兆円程度増加する。一方、中長期試算によれば、国と地方を合わせた税収は101.9兆円から120.0兆円へと18兆円の増加が見込まれている。このように、この間の公費負担の増加は税収の自然増の範囲内に収まることになる。だが、この間には社会保障以外の支出についても増加が見込まれるから、このことをもって追加の増収措置は必要ないとただちに結論づけることはできない。
図表6 歳出(PB対象経費)と税収の推移 そこで、社会保障費だけでなく公共事業費や地方交付税交付金なども含めた政策経費(基礎的財政収支対象経費)を国・地方合わせた計数でみると、19年度から27年度までの期間における政策経費の増加額は税収の増加額を上回っており、25年度については両者の差額が4兆円ほどに達している。

もっとも、この4兆円はあくまで歳出を自然体で増加させることとした場合の「要対応額」であることに留意が必要である。これまでの歳出と歳入の経過をみると(図表6)、10年度から17年度にかけて税収が増加基調にある一方、政策経費(基礎的財政収支対象経費)はほぼ横ばい(増加額が基調的にはほぼ0)で推移している12。これに対し、19年度以降の政策経費は均してみると毎年3兆円程度のペースで増加が生じる見通しとなっているが(図表7)、これまでの実績に即してみるとこの歳出の伸びは過大であり、25年度において見込まれている4兆円の収支差の相当程度は歳出抑制によって調整できる可能性が高い。
 図表7 基礎的財政収支対象経費と税収の推移(実績値と試算値)
このことを踏まえると、財政収支に現に生じている収支差を解消するために歳出抑制と併せて一定の増税を実施することは必要だとしても、それに加えて今後の社会保障費などの増加に対応するための新たな増収措置を追加する必要性は現時点では低いものと見込まれる。
 
 
12 中長期試算では2017年度の国税収入について57.7兆円という計数が用いられているが、税収の好調な推移を反映して、税収実績(決算額)は58兆円台半ばとなるものと見込まれている。
 

7――「2025年問題」の実像:医療・介護サービスの供給制約と現役世代の負担増

7――「2025年問題」の実像:医療・介護サービスの供給制約と現役世代の負担増

ここまでみてきたように、2020年代半ばにかけて社会保障費の「急増」が生じるおそれはなく、この間の公費負担の増加分は、社会保障費以外の政策経費の増加を考慮したとしてもなお税収の自然増の範囲内に収まるものと見込まれる。だが、このことは「2025年問題」がまったく存在しないということを意味するものではない。
1医療・介護サービスの供給制約
2025年にかけて、あるいはそれ以降も大きな問題となり得るのは医療・介護サービスの人材確保の問題である。18年5月試算では医療・介護分野における就業者数(医療・介護サービスの需要増に応じて就業者数が変化すると仮定して算定された計数)について、2025年度に931~933万人、40年度に1065~1068万人という試算結果が示されている。これらの数値を18年度の823万人と比較すると、25年度に110万人程度、40年度に245万人程度に相当する需要増がそれぞれ生じるとの見通しとなっているが、この間に生産年齢人口については25年度に346万人の減少(18年度の7516万人から25年度の7170万人に)、40年度に1538万人の減少(18年度の7516万人から40年度の5978万人に)がそれぞれ生じるものと予測されている。

これらの動きを、足元における介護職の有効求人倍率が3倍以上に達しているという状況などと併せて考えると、医療・介護分野における人手不足はこれまで以上に大きな問題となっていく可能性がある。この点を踏まえると、「2025年問題」は医療・介護サービスの提供体制にかかわる問題であるとの認識のもとで、それに応じた適切な対応策を講じていくことが必要ということになる。
2現役世代の負担増
生産年齢人口のなお一層の減少により、社会保障の給付と負担のあり方も見直しを迫られることになる。経済規模対比でみた負担増は緩やかなものにとどまるとしても、その負担増が現役世代に偏る形でなされるならば、現役世代の負担感は大きく増していくことになるからだ。このことを踏まえると、社会保障の給付だけでなく費用負担の面においても「全世代型の社会保障」を実現していくことが必要ということになる。

このためには公的年金におけるマクロ経済スライドの完全実施(物価上昇率・賃金上昇率のいかんによらず、毎年度の年金給付額の決定においてスライド調整分を自動的に給付額の改定に反映させる仕組みの導入)や公的年金の受給に対する適切な税負担の確保(所得税における公的年金等控除のうち、公的年金にかかる控除の大幅な縮減)などの対応を早急に進めていくことが必要となる13
 

ここまでみてきたように、「190兆円の社会保障費」と「2025年問題」については、その意味するところをきちんと把握したうえで、方向感を間違えることのないよう適切に対処していくことが必要ということになる。落ち着いた環境のもとで冷静な議論が積み重ねられていくことが望まれる。
 
 
13 「消費税はすべての世代が負担するのに対し、所得税は現役世代のみに負担を求めるものであることから、増税による財源確保は消費税によることが望ましい」との指摘が一部の有識者からなされることがあるが、「所得税は現役世代のみに負担を求めるものである」という認識は税制の基本的な事項についての誤解によるものである。所得税の課税対象となる所得には雑所得という区分があり、この区分に分類される主な所得のひとつは公的年金の受給による年金収入となっている。したがって、低年金者・低所得者に負担が生じることのないよう配慮しつつ、公的年金等控除を適切な形で見直していけば、所得税においても公的年金を受給する世代に応分の負担を求めることが可能である。
 
 

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上智大学 経済学部

中里 透

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(2018年06月25日「基礎研レポート」)

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