2018年06月22日

【アジア・新興国】東南アジアの経済見通し~景気は内需を中心に堅調維持も、資金流出と貿易摩擦のリスクに注意

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は国際原油価格の上昇を受けて堅調に拡大しており、昨年の成長率は+5.9%と3年ぶりの高水準を記録した。1-3月期の成長率は前年同期比5.4%増と、投資の鈍化によって景気は減速傾向にあるが、依然として高めの成長を続けている(図表6)。世界経済の回復と半導体需要の拡大を背景に、主力の電気電子機器や石油製品の輸出が拡大しており、このことが投資や雇用環境の改善に波及している。実際、雇用者数は前年同期比2.3%増と拡大、民間給与も同6.6%増と昨年から高い伸びを続けており、民間消費は+7%前後の高成長を維持している。

先行きのマレーシア経済は、当面5%台の堅調な伸びを維持するものの、半導体サイクルのピークアウトと中国経済の減速を受けて輸出の増勢が鈍化していくことから、19年末にかけて成長ペースが徐々に減速すると予想する。

今後の経済の牽引役は内需となり、民間部門は減速しつつも堅調を維持すると予想する。輸出の増加傾向とコモディティ価格上昇を背景に企業業績が回復し、労働市場も改善することから民間消費は高めの成長を維持しよう。一方、民間投資は内需関連・資源関連企業の投資が拡大するものの、輸出関連企業の投資が鈍化して全体では伸び悩むだろう。

政府部門は、マハティール首相率いる新政権の経済政策によるところが大きく先行き不透明であるが、総じて大きな政府であった前政権とは異なり、透明性の高い小さな政府に切り替わるものと予想される。現在、新政権は選挙選で掲げた公約を矢継ぎ早に実行に移しており、物品サービス税(GST)の廃止と大型インフラプロジェクトの見直し、ガソリン価格の安定化および補助金の再導入に着手した。政府主導の投資の拡大よりも民間消費の拡大に繋がる政策が実施されている。また新政権は前政権下の隠れ債務を明らかにした。今後、更なる歳出抑制策が打ち出されるものと予想され、先行きの政府支出は伸び悩み、景気の重石となりそうだ。

金融政策は、今年1月に経済の好調を背景に中央銀行が前倒しの利上げを実施し、緩和的な政策スタンスからの正常化に舵を切った(図表7)。足元では米国の金利上昇による新興国からの資金流出の動きは落ち着きを取り戻しておらず、マレーシアの通貨リンギットは緩やかに下落している。しかし、足元のインフレ率は昨年のガソリン価格の値上げの影響が剥落して+1%台の低水準で推移しており、年内は現行の金融政策を維持するものと予想する。

実質GDP成長率は18年が5.2%と、高成長となった17年の5.9%から鈍化するが、堅調な伸びを維持する。19年度はさらに成長ペースがダウンして4.9%を予想する。
(図表6)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表6)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は、1-3月期の成長率が前年同期比4.8%増(前期:同4.0%増)と一段と上昇し、5年ぶりの高水準を記録した(図表8)。輸出と民間消費が引き続き成長ドライバーとなり、これまで低調だった投資も持ち直してきており、景気の好調が鮮明になっている。輸出は訪タイ外国人観光客数が二桁成長となるなどサービス輸出を中心に高成長を続けており、民間消費も非農業部門の所得向上や低インフレ環境、自動車買い替え需要の増加、低所得者支援策などにより堅調に拡大している。こうした輸出と消費の需要拡大を背景に、これまで低調だった設備投資が拡大し、民間投資は持ち直しつつある。

先行きのタイ経済は、内需の好調で4%前後の高めの成長が続くが、輸出の増勢鈍化により19年末にかけて3%台後半まで成長ペースが減速すると予想する。

まず財貨輸出は増加傾向を維持するものの、ITサイクルのピークアウトと中国経済の減速、バーツ高による輸出競争力の低下等を受けて徐々に増勢が鈍化すると予想する。一方、訪タイ外国人観光客数が今後も堅調に拡大するものと見込まれ、サービス輸出は引き続き経済の成長ドライバーとなるだろう。

民間消費は緩やかな伸びが続きそうだ。景気回復に伴う先行きの物価上昇は家計の実質所得を目減りさせるものの、輸出産業の生産拡大や最低賃金の上昇1などから雇用・所得環境が改善するほか、自動車の買い替え需要や低所得者支援策も引き続き消費をサポートすると予想する。

投資は復調するが本格回復には至らないだろう。政府と公営企業の2018年度投資予算は、それぞれ前年比17.5%増、同33.7%増と大幅に拡充されている。従って、経済特区「東部経済回廊(EEC)」等の開発プロジェクトの実施に昨年インフラプロジェクトが停滞していた反動も重なり、公共投資は加速しよう。民間投資は足元の製造業の設備稼働率の上昇や公共投資の呼び水効果によって上向くが、最低賃金引上げに伴う企業の労務コストの増加や輸出の増勢鈍化が投資の重石になると見込む。

金融政策は15年4月に政策金利が引き下げられて以降、据え置かれている(図表9)。足元では米国の金利上昇による新興国からの資金流出の動きは落ち着きを取り戻しておらず、タイの通貨バーツは下落傾向に転じている。今後、インフレ率は資源高や最低賃金引上げなどを背景に上向くが、中銀目標圏内(2.5%±1.5%)で推移すると見込まれ、年内は現行の金融政策を据え置くと予想する。

実質GDP成長率は、輸出の好調が続いた17年の3.9%に対し、18年が内需の回復によって4.3%まで上昇するが、19年は輸出の鈍化を受けて3.7%までペースダウンすると予想する。
(図表8)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表9)タイのインフレ率と政策金利
 
1 今年4月1日、最低賃金が改定された。都県別に日額2~22バーツ引き上げられ、最も高い県で330バーツ、最も低い県で308バーツとなった。
2-3.インドネシア
インドネシア経済は+5%成長から浮揚できない状況が続いている。昨年後半は企業の投資意欲の向上と政府消費の拡大を受けて2013年以来で最も高い成長となったが、1-3月期の成長率は前年同期比5.06%増と、前期の5.19%増から小幅に鈍化した(図表10)。投資拡大が経済を牽引する構図に変化は見られないものの、民間消費は政府の税収拡大策によって回復が遅れ、純輸出も輸入拡大で悪化したことが景気を下押しした。インドネシア政府は今年の成長目標を5.4%としているが、1-3月期は期待はずれの成長鈍化となり、早くも政府目標の達成が不透明になっている。

先行きのインドネシア経済は小幅に加速するが、5%台前半の横ばい圏で推移すると予想する。まず投資は堅調に推移しよう。政府が1バレル当たり48ドルとしていた18年度の想定原油価格は足元では70ドルまで上昇し、想定を大きく上回っている。資源関連収入の上振れによって政府の財政余力が増すことから、政府のインフラ整備計画が進展して建設投資は堅調に拡大するだろう。インドネシア政府は2015~19年の5年間で総額5,500兆ルピアのインフラ開発を計画しており、2018年度のインフラ予算を前年比6%増の重点配分をしている。またコモディティ価格の上昇によって業績が回復する資源関連産業の投資拡大も見込まれる。もっとも5月の通貨防衛策としての利上げは、先々の投資の抑制要因となるだろう。

民間消費は、徐々に上向くだろう。先行きの物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、企業活動の活発化によって雇用者数は第二次産業を中心に増加、継続的な賃金上昇も見込まれる。また今年と来年に予定される大型選挙も一時的に消費を押し上げるだろう。政府消費は、政府の徴税強化の取組みや資源関連収入の増加によって安定して推移し、成長をサポートするだろう。

外需は、世界経済の回復によって石炭やパーム油、天然ゴムなどの資源関連の輸出が拡大するだろうが、主要輸出先の中国が緩やかな景気減速に向かうなかで前年比では輸出の増勢は鈍化しよう。一方、輸入は内需拡大によって堅調に推移するため、純輸出のマイナス寄与は続くだろう。

金融政策は、昨夏に2ヵ月連続の利下げを実施するなど緩和的な政策スタンスを続けてきたが、欧米の金融政策正常化を背景に資本流出圧力が強まったことから、5月に2度の利上げ(計+0.50%)を実施した(図表11)。足元のルピアは持ち直しているが、為替市場における新興国売りの傾向は落ち着きを取り戻しておらず、先行きは不透明な状況である。当面は通貨防衛のための追加利上げが実施される可能性が高そうだ。一方、インフレ率は原油価格上昇と内需拡大を背景に上向くだろうが、足元の利上げによって緩やかな伸びに止まるだろう。

実質GDP成長率は、資源関連産業の持ち直しとインフラ投資の拡大など内需主導で成長ペースが加速して18年が5.3%と、17年の5.1%から上昇し、19年は選挙関連支出が拡大して5.4%まで小幅に上昇すると予想する。
(図表10)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表11)インドネシアのインフレ率と政策金利
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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