2018年06月07日

日銀の出口戦略に関する考察-ETFの含み益で個人の資産形成を

基礎研REPORT(冊子版)6月号

金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任   井出 真吾

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1―はじめに

日本銀行が大規模な金融緩和策を導入して5年が経過した。緩和策の効果について様々な見方がある一方、いわゆる“出口戦略”に関しては議論が進んでいるとはいえない。

しかし、過去に例をみない大規模な“社会実験”を実施している以上、出口に関する積極的な議論が欠かせない。国債には満期があるので時間を掛ければ正常化可能という考え方もある(減額ペースや市場への伝え方など課題は山ほどあるが・・・)。

一方、ETF(上場投資信託)には満期が無いので、正常化するには“売る”というアクションを起こさなければならない。株式市場への影響は計り知れず、早くから議論しておくことが重要だ。そこで本稿ではETFに焦点を絞って具体的な出口戦略を提案する。

2―日銀によるETF買入策の変遷

日銀がETF買入を始めたのは白川総裁時代の2010年だ。当初は年間4,500億円に過ぎなかったが、2013年の黒田総裁就任以降は増額を繰り返し、2016年7月には年間6兆円とした[図表1]。
[図表1]日銀のETF買入枠は拡大の一途
筆者は従前から日銀のETF購入に批判的な立場だったが、さすがにこのときは何人かのエコノミストが疑問を呈したほか、複数の投資家は「日銀のせいで買えない」 と不満を漏らしていた。投資家は株価が下がって“お買い得”なときに買いたいのに、日銀のETF購入で株価が下支えされてしまうというのだ。

実際に、日銀は2017年度に6.2兆円分のETFを購入した。年間の買入回数は81回なので、ほぼ3営業日に1回買ったことになる[図表2]。
[図表2]買い入れ額は6兆円を突破
これまでに日銀がETFを買い入れた累計額19.3兆円に対して、時価ベースの保有額は24.4兆円に及ぶ(2018年3月末時点の試算)。差額の5.1兆円は含み益で保有額の21%にのぼる[図表3]。
[図表3]含み損は5兆円を超える

3―日銀が世界一の 日本株投資家になる日

ところで、日銀はいつまでETFを買い続けるのだろうか。日銀の政策変更を予見するのは難しいが、物価などの経済情勢が黒田総裁の国会発言どおりに進むと仮定すれば、19年度までは現状維持、20年度以降に買入額を縮小するのが素直なシナリオだろう。この場合のETF保有残高を試算したのが図表4だ。
[図表4]日銀の保有額がGPIFを超える!? 試算の前提(1)2020年3月まで現在の買い入れペース(年間6兆円)を続け、前提、(2)2020年4月以降は買い入れ額を毎月200億円ずつ減らす場合、4年後の2022年3月に買入額がゼロになる。

このとき保有額はピークを迎え、約42.5兆円と試算される。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が保有する日本株約42.3兆円(2017年12月末)を超える規模だ。名実ともに日銀が世界一の日本株投資家となる日は、そう遠くない。

買入終了後はETF保有残高を減らす段階に移行する。市場で売却するのが最もシ ンプルだが、一度に売却すると株価の急落を招くので、前提(3)のとおり売却額は月間 2,000億円とする。

この場合、日銀の保有残高がゼロになるのは2039年12月で、今から22年近くを要することになる。

4―複数の出口戦略で早期の解決を

前述のシナリオでは売却完了まで20年以上を要する。20年以上かけて処分すること自体“出口戦略”と呼べるだろうか。そこで、他の方法を検討する。
1|新たな機関を設立して移管する
最初の選択肢は、新たな機関を作って日銀からETFを移管するものだ。この手法については既に論じられているので多くを述べることは避けるが、2002年に設立した「銀行等保有株式取得機構」が参考になるだろう。
2|企業に買い取ってもらう
自社株買いの活用も考えられる。日銀が保有するETFを現物株に交換して、企業に自社株を買い取ってもらう方法だ。ただ、この方法にもいくつか問題がある。そもそも自社株買いは企業が自主的に行うものだ。

また、買い取り要請に応じることができない企業も存在する。図表5のように、日銀の保有額と比べて手元流動性(現預金と短期有価証券の合計額)が少ない企業がある。これらの企業は仮に手元流動性を全て使っても要請に応じきれない。残った株はどうするのか。
[図表5]自社株買い不能な企業も

3|割引価格で個人に譲渡する
他にも方法はある。約20%の含み益を活用する方法だ。具体的には、日銀が保有するETFを割引価格で売却する方法だ。規定改正等が必要となるが、実質的に日銀は損失を被らない。

譲渡先は購入を希望する個人に限定すべきだろう。その狙いは2つある。ひとつは資産形成を促すこと、もうひとつは低金利政策への“お礼”だ。
[図表6]個人へのETF譲渡プログラムの概要(私案) 仮に20%オフで購入できるなら希望者が殺到するだろう。不公平をできるだけ無くすために抽選ではなく希望者全員を対象とすること、購入者の年齢に応じて購入可能口数に差をつける(若い世代ほど多くする)こと、制度が利用可能な人は、つみたてNISAや個人型確定拠出年金(iDeCo)で購入してもらう等の工夫が考えられる。

また、購入した人がすぐに売却すると株価に悪影響を及ぼすので、1年以内に売却可能な口数に制限を設けたり、何年間か保有し続けた人には追加で1口プレゼントするなどのボーナス措置を講じる方策も考えられよう。

この方法の利点は、日本政府が推進する“貯蓄から資産形成へ”を推進できるだけでなく、投資家の裾野拡大にも寄与する。それでも、この手の話には“金持ち優遇”という批判が必ず出てくるので、所得制限も検討に値しよう。
[図表7]低迷が続く家計の利子所得 一方、割引価格によるETFの譲渡は、長年の低金利政策へのお礼という意味を込めることもできる。図7のとおり、日本の家計が受け取った利子所得は5兆円程度で低迷している。1994年と比べて20兆円以上減った。

給与や年金収入の実質的な減少に加えて、利子所得の減少が家計を圧迫してきたことは間違いない。責任の全てが日銀にあるわけではないが、「なぜ、こんなにも低金利が続くのか」という不満を和らげる効果が期待できる。

この私案は突飛に思われるかもしれないが、実は類似の前例がある。1998年8月、香港行政府がヘッジファンドの売り仕掛けに対抗して香港株式を大量に買入れた。この株式でETFを組成して一般国民に割引価格で譲渡した。

5―おわりに

現在のペースでETF買入を続ければ近い将来、日銀は“世界一の日本株投資家”となる。世界に例を見ない中央銀行による株式大量購入という“禁断の果実”に手を出した以上、いつまでも「出口の議論は時期尚早」では通らない。
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金融研究部   チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資

(2018年06月07日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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