2018年05月29日

欧州 保険ストレステスト2018(1)-EIOPAが第4回目の EU全体の保険のストレステストの実施内容を公表-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)が、5月14日に「2018年におけるEU全体の保険のストレステストの実施内容」を公表1した。

今回はあくまでも実施内容の公表であり、その結果の公表については2019年1月に行われることが予定されている。

今回のストレステストにおいては、市場リスクと自然災害シナリオを含む保険リスクの組み合わせによる、「解約及び準備金不足ストレスと組み合わせたイールドカーブ上昇ショック」、「長寿ストレスと組み合わせた低利回りショック」及び「自然災害シナリオ」という3つのシナリオに基づいた場合の影響が評価される。さらには、サイバーリスクへのエクスポジャーに対するアンケートが含められ、これらのリスクに対処するベストプラクティスに関する情報も収集される。

なお、今回のストレステストについては、個別グループの結果の開示を充実することで、透明性を高めることを目指している。

このレポートでは、今回のストレステストの実施内容について、EIOPAの公表資料2に基づいて報告する。まずは、今回のレポートではその全体的な概要を報告し、次回のレポートでシナリオの具体的内容を報告する。なお、今回のレポートの図表は、全てEIOPAによる技術仕様書(Insurance Stress Test 2018 Technical Specifications)からの抜粋である。  

2―ストレステストの概要

2―ストレステストの概要

ストレステストは通常の監督ツールであり、その定期的な実施については、EIOPAの規制の中で規定されている。EIOPAは過去に3回(2011年、2014年、2016年)のストレステストを行っており、今回のストレステストは4回目となる。

今回のストレステストは、以下のモチベーションや背景に基づいて行われる。

(1) 現在のマクロ経済・市場の状況に関するフォローアップ
(a) 金利の急上昇に至るリスクプレミアの潜在的な再評価
(b) 持続する低金利環境のリスク

(2) 2016年のストレステストではテストされなかった保険セクターの関連する一連のリスクに関するフォローアップ

(3) グループの不利なシナリオの影響のテスト(2016年のストレステストは単体レベル)

そして、今回のストレステストの目的と概要は、以下の通りとなっている。
1|目的
保険会社の脆弱性を評価することを目的としており、「合否判定テスト(pass-or-fail test)」と解釈されるべきではない。そのため、この結果に基づいて、資本要件を課すことを意図してはいない。

EIOPAは、各ストレステストに対して、市場状況の変化及び保険会社に対する潜在的なマイナスの影響に応じて、範囲及びシナリオを調整している。2018年のシナリオには、自然災害シナリオを含む市場リスクと保険リスクの組み合わせが含まれている。

今回の4回目の保険ストレステストの目的は次の通りとしている。

・欧州の金融市場と実体経済に悪影響を及ぼす可能性のある特定の不利なシナリオに対する欧州の保険業界の脆弱性を評価する。
・欧州レベルで保険業界がもたらす金融安定性に対する脅威への意識を高める。
・参加グループによる個別の結果の自発的開示を要求することにより、透明性を高める。
2|概要
(1) シナリオ
2018年の保険ストレステストは、以下の3つのストレスシナリオで構成される。

1) 解約及び準備金不足ストレスと組み合わせたイールドカーブ上昇ショック(YCup
リスクフリーレートの上昇とインフレ圧力の大幅な上昇の両方によって引き起こされる急激で突然の金利上昇。このシナリオは、ESRB(欧州システミック・リスク理事会:European Systemic Risk Board)と協力して開発され、運用されている。

2) 長寿ストレスと結び付いた低利回りショック(YCdown)
長期にわたる非常に低い金利。このシナリオは、ESRBと協力して開発され、運用されている。

3) 自然災害シナリオ(Nat-Cat)
欧州で発生する一連の自然災害(例えば、暴風雨、地震、洪水)。
さらに、サイバーリスクへのエクスポジャーとサイバーリスクへの対応のベストプラクティスは、アンケートによる情報収集を通じて評価される。

(2) 参加会社(対象範囲)
今回のストレステストは42の欧州の保険グループを対象としている。

EIOPAは、各国の権限のある当局と連携して、規模、EU全体及び現地市場のカバレッジに加え、金融安定性に関連して会社を選定した。合計で、対象サンプルは、ソルベンシーIIの金融安定性報告に基づく連結グループ資産合計に基づくと、欧州市場の約78%をカバーしている。

参加しているグループの完全なリストは、以下の図表の通りである。
(参考)保険ストレステスト2018参加グループ会社
(3)スケジュール
結果をNCAs(National Competent Authorities:国家監督当局)に提出する締切りは2018年8月16日である。

EIOPAは定期的に参加グループからの質問に対処するQ&A(質問と回答)を発表する。

ストレステスト結果の公表は2019年1月に予定されている。

EIOPAのGabriel Bernardino会長は、今回のストレステストについて、次のように述べている。
 
「このシナリオは、保険に特有のショックを含む重大ではあるが妥当な外部ショックを反映している。さらに、サイバーリスクへのエクスポジャーとこれらのリスクに対処するベストプラクティスが評価される。したがって、このストレステストは、欧州の保険業界の耐性力にさらに価値のある洞察を提供する。透明性の向上は、ストレステストに参加しているグループ間での公平な競争条件を確保し、市場規律を強化するために重要である。」
 

3―ストレスシナリオ

3―ストレスシナリオ

ベースライン(Baseline)シナリオに加えて、以下の3つのストレスシナリオに基づいた数値が算出される。さらに、サイバーリスクに関するアンケートへの回答が求められる。

1|解約及び準備金不足ストレスと組み合わせたイールドカーブ上昇ショック(YCup
このシナリオは、リスクフリーレートの上昇とインフレ圧力の大幅な上昇の両方によって引き起こされる急激で突然の金利上昇から生じるものである。この急激な水準の変化による経済の不確実性は、債券市場に限らず、他の金融市場セグメントにも影響を与えると考えられる。

経済的な不確実性と市場のボラティリティの結果、保険契約者の大部分は直ちに生命保険契約を解約する。その結果、生命保険会社は急激な解約率の上昇に直面すると想定されている。

予想を上回るユーロ圏のインフレ圧力と請求インフレ率の上昇が相まって、損害保険(GI)セグメントの保険給付支払準備金が不足する。

2|長寿ストレスと組み合わせた低利回りショック(YCdown
このシナリオでは、長期の極めて低い金利の期間が想定される。技術的実施は、終局フォワードレート(UFR)の調整を含む、リスクフリーの金利期間構造の瞬間的な変化に基づいている。

また、医療業界における新技術の開発により、全人口における平均余命が大幅に増加することが予想されるため、死亡表の一般的な改訂の道を開くと推定されている。この文脈では、生命保険会社は、最善の推定死亡率の仮定を調整しなければならない。

3|自然災害(Nat-Cat)シナリオ
このシナリオは、欧州がさらされている様々な自然危機のいくつかに亘って一連の壊滅的な出来事が想定されている。全ての事象を通じての損害填補総額は、極端な年に欧州全体にわたって自然災害から予想される範囲内にあると想定される。暴風雨、地震、洪水の複数の壊滅的な出来事が、様々な欧州地域に影響を与えると想定されている。事象の足跡、トラック又は震源地は、特定リスクに対する地域エクスポジャーを反映している。

異なる壊滅的事象は、狭い時間枠内に発生すると想定される。突然かつ非常に強い請求コストの急増に加えて、損害保険会社は、再保険協約の復活条項の枯渇に苦しむ可能性がある。

4|サイバーリスクに関するアンケート
サイバーリスクは、機関、個人、市場の関心が高まる中、勢いを増している。現在のデジタル転換の文脈とそれが経済さらには保険分野に及ぼす影響を考慮すると、サイバーリスクは現在、5年以上にわたって、ビジネスのグローバルリスクのリストの中でトップ・ポジションを占めている。さらに、大規模なサイバー攻撃は、今後10年間に発生する可能性が最も高いリスクリストの第6位にランクされている。

金融安定性を守るEIOPAの義務に沿って、ミクロそしてマクロプルデンシャルレベルで、国境を越えたセクター間でのトレンド、潜在的なリスク及び脆弱性を早期に特定すること必要がある。このため、EIOPAは、2018年のストレステストに、サイバーリスクに関する特定のセクションを含めている。

このテストのために開発されたアンケートの目的は、現在の状況、既存のアプローチ及びサイバーリスクに対処するベストプラクティスに関する情報を収集することである。アンケートは、サイバーリスクを扱うための具体的なツール、方法、プロセスに関して、EIOPAの優先度に関する示唆を与えるものとして理解されるべきではない、としている。
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中村 亮一

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