2018年05月22日

職域年金のデータ収集(欧州)-EIOPAが方針・具体的項目を決定

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

文字サイズ

1――年金基金の情報収集の経緯

2018年4月、EIOPA(欧州保険・年金監督局)は、職域年金に関する定期的な情報収集項目と提出期限などを決定し、今後実際に運用していくことを公表した1。具体的には「職域年金の情報提供に関する定例報告事項の決定(EIOPAから各国監督者への要求)」と題する文書2に記載されている。

この決定によって、EIOPAは、まさにその役割として期待される通り、各国監督当局から職域年金に関する必要な情報を定期的に入手できる。しかもそれは、各国共通に、毎回統一された、定例の様式に従ったものであることによって、職域年金セクターを、さらに効果的にモニターあるいは評価することが容易になる。特に、財務の安定性に関する、環境変化の影響や諸政策の効果に、焦点をあてたものとなるようである。
 
1 EIOPA is significantly enhancing European pensions statistics (25/04/2018)
https://eiopa.europa.eu/Pages/News/EIOPA-is-significantly-enhancing-European-pensions-statistics.aspx
2 Decision of the Board of Supervisors on EIOPA's regular information requests towards NCAs regarding provision of occupational pensions information
https://eiopa.europa.eu/Publications/Protocols/Decision%20on%20Consultation%20Paper_EIOPA-CP-17-005.pdf

 

2――収集されるデータ項目について

2――収集されるデータ項目について

1基本的な考え方
もともと、EU指令には、年金基金の状況を、各国の監督当局から定期的に、指定された形式で、EIOPAが要求できる権限が定められている。そういう点では今回の決定はこの規定を、報告事項と様式、あるいはより細かな定義を、明確化したところに意義があると思われる。今後、こうして統一された形式で、あらかじめ決められた情報を、EIOPAが系統的に入手できるようになることによって、様々な項目についての、各基金の基本的な情報、あるいは国ごとに集計された状況の比較、時系列比較によるトレンドの把握が容易になるということだろう。

各国がEIOPAに報告すべき対象となる基金・会社は、大きく言えば「職域年金基金」なのだが、この中には生命保険会社の取り扱う退職給付年金も含まれる。なお、個人年金保険を同時に扱っている会社や、国の社会保障政策としての公的年金制度を、民間会社が同時に扱うような制度を持つ国もあるようだが、それらは今回の職域年金基金としての報告対象にはなっていない。
2報告項目について
今回、EIOPAが提出を要請する情報は、以下のように大きく3つの観点から要請されるものとなっているとのことである。それは以下のようなものである。

(1) 貸借対照表の情報
年金基金の財務状態やソルベンシーの状況を評価できるようにするためのものである。
 
(2) 評価に使用されるインプットと前提
職域年金という特殊な市場の特徴を理解するため、この大変複雑でかつ多様性のある市場における比較可能な情報を収集する。

評価の方法については、各国ごとの会計制度や評価方法に従って行われることになっている。しかし一方で、資産の評価方法はいわゆる時価ベース、すなわち市場がある資産については実際の市場価格で、またそうした価格が存在しない場合には、類似の市場における価格を基準に適切な調整(該当する資産の状況、位置づけ、比較できる資産との関係、市場規模などに基づく)を施した価格で評価するものとされている。また資産・負債の評価はゴーイングコンサーンを前提として継続的に評価することが求められている。国の会計制度によっては、これら二つの考え方は矛盾あるいは、2通りの資産評価が必要となることがありそうだが、実態としては、国際会計基準が適用されている加盟国がほとんどであるようなので、こうした矛盾は生じないのであろう。

また四半期の報告については、(略式な部分があるために?)EIOPAは各国当局に、専門家としての所見に基づく見積もりを期待している。

損益や資産の金額の報告事項は、「DC、DB、その合計」という具合に分けて記載すべきものが普通である。通常の資産は分離して管理しているのが当然のはずだが、一部そうでない場合は、なんらかのみなしで割り当てていく必要がある項目もありうる(例えば、その年金基金や保険会社全体で保有する資本、はそれにあたるのだろう。)。その場合は欧州共通の規定のない現在のところは、各国ごとに合理的な分離・みなし評価をするための指針があることが「望ましい」とされている。
 
(3) 各期のフローデータ
市場あるいは個々の年金基金のトレンドを検出し、前年との比較において何が起こっているかを分析できるようにする。
 
このような観点のもと、主に(多岐にわたるので全部紹介することはできないが)以下のような項目について、個々の基金ごとに、あるいは国ごとの集計値で、報告されることとなる。
  • 貸借対照表、資産項目一覧、
  • 投資収益、責任準備金の変動、拠出金収入、給付金支出、制度移管金、事業経費
 
国ごとに集計された情報としては以下のようなものを報告することが要求されている。
  • 年金基金の数(単一または複数スポンサーをもつもの、保険会社の退職給付年金、総資産規模毎の基金数など)
  • 年金基金の加入者数など(加入人数、年金受給人数ごと)
  • 多国にまたがる活動に関する活動国数、基金数など(国ごとの集計値のみ)
3報告期限について
今回の決定による報告の開始時期は、四半期報告については2019年の第3四半期から、また年次報告については2019年末データの報告から適用される。

それぞれの時期の報告期限についても規定されている。四半期末については、期末から10週間+10営業日とされているが、徐々に早期化され、2022年には7週間+10営業日にまで短縮される。年次報告のほうは、24週間+20営業日から始まり、毎年2週間ずつ短縮して2024年には14週間+20営業日となる。相当に細部にわたる報告書であることもあり、開始当初は、年金基金や保険会社の事務負荷に対し時間的余裕をもって始められるが、いずれはむしろEIOPAにおける比較・分析や各国への提言もふくめた意見作成のほうに、多くの時間を割くようにするため、と思われる。
 

3――おわりに

3――おわりに

一つ一つの項目だけ見ると、貸借対照表、損益計算書の項目や、加入人員の規模など基本的な情報がほとんどのようでもあり、今まで報告・把握されてなかったのだろうか、と思わないでもない。これまでは各国の監督にそういう情報把握は任せられていたものを、EIOPAが一律に情報を取りまとめて、各国毎の状況という横の比較、損益項目などを追っていく時系列比較を、両方とも行えるようになることに大きな意味があるものと推察される。また、用語の定義などときによって、国によって違うかもしれないものを改めて統一して、比較可能なデータを得るということも、効果的であろう。

これまでにも、ここでのレポートで追ってきているように、現在の欧州の年金基金においては、低金利などによる運用難への対応が必須の状況であり、またその状況をも踏まえた将来の財務健全性の評価の統一の検討(年金版ソルベンシーIIとでもいうべき評価基準の検討)が進められているところである。

そうした目的のため、これまでもストレステストや、その場その場でアンケートによる情報収集が行われてきた。それは今後も続けられるとしても、今回のこうした年金基金データの統計整備によって、いずれは、常に検討に必要なデータが監督者サイドで使える状況となり、正確かつ効率的な状況把握と、政策の立案などが可能になることに、大きな意味があると考えられる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2018年05月22日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【職域年金のデータ収集(欧州)-EIOPAが方針・具体的項目を決定】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

職域年金のデータ収集(欧州)-EIOPAが方針・具体的項目を決定のレポート Topへ