2018年05月15日

消費者契約法改正案を読み解く-生命保険と消費者契約法改正案

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――消費者契約法の概要

1消費者契約法とは
我々が取引を行うとき、たとえばスーパーで商品を買うことを法律的に言えば、動産の売買契約が締結され、履行されたということになる。そして、この際の規律として適用されるのが民法である。さらにこの契約が消費者契約である場合には消費者契約法が適用されることになっている。

ここで消費者契約とは事業者と消費者の間で交わされる契約のことである。一例を挙げれば、商店を営む個人が取扱商品を顧客に販売するとき、この個人は事業として取引をしているので事業者となる。一方、同じ個人が自分の夕食を作るために食品を購入するときには、この個人は消費者となる。このように個人の場合で言えば、どのような立場で取引をするのか、という点から事業者にも消費者にもなりうるという面がある。一方、消費者は個人のみを指すので、法人の場合は消費者になることはない(消費者契約法第2条第1項)。

民法と消費者契約法の関係であるが、一般法と特別法の関係に立つ。すなわち、消費者契約については民法に優先して消費者契約法が適用されることになっている。

保険契約について言えば、保険取引にかかる民事法的規定として保険法と保険業法1がある。これら保険法等と消費者契約法とは特別法と一般法の関係に立つ。したがって保険法等が消費者契約法に優先して適用される。しかし、保険法等に規定のない保険販売行為や保険約款条項については消費者契約法がダイレクトに適用されるのでその解釈が問題となる。

その消費者契約法であるが、現在改正案が国会に上程されている。国会の審議動向が流動的な中で今国会中に成立するかどうかは不明確であるものの、消費生活に重要な影響を与えるものであるため、その内容を見てみたい。
 
1 保険業法にはクーリングオフなどの民事法的な規定がある。
2消費者契約法の規定
まずは現行消費者契約法の概要を見てみよう。大きくは実体法的な規定と手続法的な規定がある。実体法的な規定とは、たとえば不当な契約条項を無効とするような、取引を規律する規定のことである。もうひとつの手続法的な規定とは、適格消費者団体が不当な契約条項を使用する事業者に対して、その不当な契約条項を使用しないよう差止を行うといった手続を規定したものであるが、今回の改正の射程範囲外であるので、本稿では取り扱わない。

さて、消費者契約法(以下、単に法という)の実体法的規定の部分であるが、大きくは三つの規律からなっている。それは(1)事業者に対し、消費者契約の内容を明確平易にすること、および必要な情報を消費者に提供するという努力義務規定(法第3条第1項)2、(2)事業者の不当な勧誘により契約をしたときに、消費者がその契約を取り消すことが出来るとする規定(法第4条)、(3)契約条項に不当な条項が含まれていたとき、その不当な条項を無効とする規定(法第8条~第10条)である。

このうち、(2)と(3)について、不当な勧誘とは何か、不当な条項とは何か、が法で定められているので以下概観する。
 
まず、(2)の不当な勧誘であるが、以下のような勧誘がなされた結果、消費者が誤認または困惑して締結した契約は取消が可能となる。
 
  • 重要事項について事実と異なることを告げること(法第4条第1項第1号、不実告知)。ここで重要事項とは、物やサービスの質、取引条件といったもののほか、その物やサービスを必要とする理由(損害や危険を回避する必要性など)である(法第4条第5項)。具体例では「シロアリに家が侵食されていてシロアリ駆除のため一定作業が必要」といった勧誘行為で、作業がシロアリを除去するレベルのものでなかった場合(サービスの質)や、そもそもシロアリがいなかった場合(サービスを必要とする理由)などが該当する。
     
  • 将来における変動が不確実な事項について確実であると告げること(法第4条第1項第2号、断定的判断の提供)。価格の変動する金融商品の勧誘に当たって「値上がりは確実だ」と告げるような場合が該当する。
     
  • 消費者の利益になる旨を告げながら、重要事項について不利益となる事実を故意に告げないこと(法第4条第2項、不利益事実の不告知)。重要事項は上述の通り。具体例ではマンションの眺望をうたい文句にして販売したが、目の前に大きなビルが建設予定であることを知りながら告げなかった場合などが該当する。
     
  • 消費者の自宅で事業者が消費者から帰ってくれといわれたにもかかわらず退去しないこと、また事業者の事務所から消費者が帰らせてくれといったにもかかわらず退去させないこと(法第4条第3項、不退去・退去妨害)。
     
  • 販売する分量がその消費者にとって著しく過分であることを知っていて勧誘すること(法第4条第4項、過量販売)。具体例では、高齢者に数十着の着物を販売した場合などがある。
 
次に、(3)の不当な契約条項であるが、以下のような契約条項は無効とされる。
 
  • 債務不履行や不法行為、瑕疵担保責任があった場合に事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項や、事業者の故意または重過失による債務不履行・不法行為の場合に損害賠償責任の一部を免除する条項(法第8条)。具体例としてソフトウェアの利用に関し、プログラムミス等による責任を一切負わないとする条項が考えられる。
     
  • 事業者の債務不履行や隠れた瑕疵があった場合でも消費者の解除権を放棄させる条項(法第8条の2)。具体例として、通信販売で購入した商品が動作不良であっても解除できないとする条項が考えられる。
     
  • 消費者の損害賠償責任を定める条項のうち、消費者から契約の解除があった場合に、契約の解除に伴う平均的な損害額を超える部分や、遅延損害金に付き年利14.6%を超える部分(法第9条)。具体例として、ホテル宿泊のキャンセルに関し、それが一ヶ月前でも宿泊料全額をキャンセル料として徴収するといった条項が考えられる。
     
  • 民法などの任意規定の適用による場合と比べ消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項であって信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項(法第10条)。これには条文自体に事例が挙げられており、それによると勝手に商品を送りつけて拒否がなければ契約成立を主張するといった消費者の不作為をもってあらたな契約が成立するといった条項が該当するとされる3
次項では、今回の改正要綱案の主要改正点について検討するとともに、保険実務に及ぼす影響についても考察する。
 
2 一方で消費者にも契約内容を理解するよう努める義務が課せられている(法第3条第2項)。
3 なお、この点について、賃貸借等で見られる契約の自動更新条項は不当条項に該当しない場合が多いとの解釈が消費者庁から示されている。http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/pdf/annotation_171208_0015.pdf
 

2――消費者契約法改正要綱案の主要改正点

2――消費者契約法改正要綱案の主要改正点

1契約内容の平易・明確化、情報提供に係る改正
まず法第3条(契約内容の平易・明確化と情報提供の努力義務)にかかる改正がある(上記①に係る改正)。

具体的には2点あり、1点目は契約内容を明確化するにあたって「その解釈について疑義の生じない」ようにするという文言が加わったことである。この改正の背景には「条項使用者不利の原則」を明文化するかどうかの議論があった。条項使用者不利の原則とは、契約の条項について、解釈を尽くしてもなお複数の解釈の可能性が残る場合には、条項の使用者(作成者)に不利な解釈を採用すべきであるという考え方である。

この点、実業界等から、解釈にあたって条項が二義的であれば、他の事情はともかく、とにかく条項を作成した側に不利に解釈すべきというように解釈されるおそれがある等の問題提起がなされた結果、「条項使用者不利の原則の理由となった部分を明確化することについてはコンセンサスがあった」4として「その解釈について疑義の生じない」という文言を付加することになったという経緯がある。

この点に関しては、消費者契約で「条項使用者不利の原則」に明確に触れた判例がまだ存在しないこと、また「条項使用者不利の原則」も含め解釈のプロセス(契約者間の理解、表現の意味などにかかる解釈手順)についていまだ固まったものがないということがある。また、保険契約に関して言えば、たとえば災害入院医療特約などでは不慮の事故で入院した場合を給付対象としている。不慮の事故とは「急激かつ偶発的な外来の事故」とされているが、この解釈がしばしば裁判でも問題となる。しかし、起こりうるすべてのケースを規定することはとうてい不可能であることから、「条項使用者不利の原則」が規定されれば、疑義の生じたケースはすべて不慮の事故とされてしまうことにもなりかねず、「条項使用者不利の原則」の条文化は現状のままでは不適当と考えられ、今回の改正案でも条文化はなされなかった5
 
2点目は事業者の勧誘に当たって、「物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識および経験を考慮した上で」情報提供することに努めるとされたことである。情報提供義務については以前より、どの水準の情報を提供すべきかの議論がある。具体的には、相手が一般人としての理解能力を持っており、そのことを前提とした情報提供をすればよいのか、相手の個々事情まで配慮したうえで情報提供すべきか、ということである。一般論としては、情報提供義務は一般人が理解できる程度の情報提供を行えばよいと通常、解されており、それに加え、たとえば金融商品では金融商品販売法で、説明は「顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によるものでなければならない。」とされているように個別に定められる(金融商品の販売に関する法律第3条第2項)。また、ワラントなど金融商品について顧客属性を踏まえて説明すべきとする裁判例もある。

この点、努力義務とはいえ、知識・経験を考慮した上で情報提供を努めるべきとしたことには、法が消費者契約すべてを対象にしていることを考えると、保険募集においても一定のインパクトがあろう6

なお、本改正については、消費者委員会の「成年年齢引き下げ対応ワーキンググループ」からの要請を受けて改正を行った側面があるものの、「知識及び経験」と「年齢」は重なるものとして、考慮要件として「年齢」は明文化されなかった7
 
4 消費者委員会 消費者契約法専門委員会「消費者契約法専門調査会報告書(以下「報告書」)」(平成29年8月)13ページ参照
5 この点について一般社団法人日本損害保険協会が詳細な問題提起をしている。同協会の第37回消費者契約法専門委員会ヒアリング資料参照。
6 ただし、「消費者契約の目的となるものの性質に応じ」との限定があることに注意。
7 前掲注4「報告書」14ページ参照。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

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