2018年04月20日

世界貿易が直面するリスク-保護主義よりも労働市場の再構築を

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――世界貿易の現状

1|世界貿易は17年に回復が鮮明に
世界貿易機関(WTO)が4月12日に公表した貿易統計によると、17年の世界貿易量1の伸び率は前年比+4.7%と16年の同+1.8%から大きく回復した(図表1)。背景にあるのは、世界的な景気回復と資源価格の回復だ。主要先進国地域の製造業PMIは、好不況の分かれ目となる50を大きく上回る水準で推移し(図表2)、石油や鉄鉱石といった資源価格も一時期の落ち込みから回復しつつある(図表3)。ここ数年続いた世界貿易量の伸び率が世界実質GDP成長率を下回るスロートレードの状況も解消した。足元の主要港湾のコンテナ処理数も増加基調を強めており、世界経済が堅調に推移する中で物流が活発化している(図表4)。
(図表1) 世界貿易量と世界実質GDP成長率/(図表2) 製造業PMI
(図表3) 資源価格の推移/(図表4) 主要港湾のコンテナ処理数と世界貿易量
 
1 貿易量は、輸出量と輸入量の平均。
2|商品貿易はアジア地域が牽引
世界貿易の拡大による恩恵は、先進国より途上国で大きい。途上国における輸入量は、16年の前年比+1.9%から17年には同+7.2%に拡大し、輸出量も同+2.3%から同+5.7%に拡大した。地域別には、アジア地域が最も活発で、世界貿易量の伸び率に対して半分近い貢献をしている。また、北米および欧州地域では輸出入が停滞を脱したほか、中南米地域でも輸入量が大きな回復を見せた。中南米地域の回復は、3年ぶりにプラス成長に回帰したブラジルの影響が大きい。

貿易額2では中国が米国を上回って最大となった。17年の中国経済は、政府の成長目標を上回って好調に推移し、国際的な生産ネットワークを形成するアジア諸国に恩恵が伝播した。主要経済国における貿易額は、英国を除いた全ての国・地域において前年同期比プラスでの推移となった(図表5)。英国におけるBrexitを巡る不透明感は17年後半にやや和らいだものの、中長期的には貿易取引に影を落としたままである。また、原油価格の上昇を追い風として回復が続くロシアも、欧米諸国との関係悪化が懸念される。なお、貿易額は為替や資源価格の影響を強く受けるため、必ずしも貿易量と貿易額の動きが一致しないことには注意が必要である。
(図表5) 国・地域別の商品貿易額の伸び率
 
2 貿易額は、ドル建てベースの輸出額と輸入額の平均。
3|商業サービス貿易も回復基調に
商業サービス貿易は17年を通じて拡大した。特に16年に落ち込んだ欧州地域では、全ての商業サービス貿易で大きな改善となった。北米地域については、旅行サービスと商品関連サービスが年央と年後半にそれぞれ前年同期比マイナスとなり、他地域と比較して伸び悩んだ(図表6)。
(図表6) 地域別の商業サービス貿易額の伸び率
4世界貿易は18年も好調を維持
WTOは18年の世界貿易量を前年比+4.4%と予測する。今後も世界経済の好調を背景として、貿易取引が活発な状況は続くと見る。貿易量の伸び率の予測範囲は+3.1%から+5.5%の間にあるが、この予測には不確実性の高いリスクは織り込まれていない。WTOは主要なリスクとして、欧米における金融政策の変更と世界的な保護主義の広がりを挙げている。なお、このリスクが顕在化した場合には、予測範囲を超えた貿易取引の縮小が見込まれる。

足元では、米国が保護主義に傾斜することで、自由貿易体制が揺らいでいる。11月の米国中間選挙を意識した動きとの指摘もあり、不安定な状況が長引くリスクもある。今のところ保護主義的な行動がエスカレートして、破局的な展開に至るとの声は少ない。しかし、不透明な状況が長引き、世界経済を減速させてしまうリスクには、十分な注意を払う必要があるだろう。
 

2――保護主義というリスク

2――保護主義というリスク、保護主義に駆り立てるもの

世界の自由貿易取引を巡る環境は大きく揺れている。発端は米国のトランプ大統領による保護主義的な貿易政策の発表だ。18年1月、トランプ大統領は洗濯機と太陽光パネルに対するセーフガードの発動を発表した。同年3月には、鉄鋼とアルミニウムの輸入品に対する追加関税を発表、中国の知財侵害に対する制裁関税も発表した。これに対して中国も対抗措置を打ち出して争う構えを見せており、米中貿易戦争が世界の貿易取引を減速させるリスクとなりつつある。トランプ大統領は、なぜ保護主義に傾斜しているのであろうか。その理由を、大統領の支持基盤となる人々の属性を明らかにすることで理解する。

大統領の支持基盤は、米クイニピアック大学の世論調査(18年4月6日~9日実施)から把握することができる(図表7)。同世論調査によると、大統領の仕事を評価すると答えた人の割合は、大学の学位を持たない白人労働者階級で58%となっており、全体の41%と比較して高い。また、大統領就任の翌週における世論調査(17年1月20日~25日実施)からは、この層が安定して大統領を支持してきたことが分かる。この層にある人々の属性は、大統領選挙時に実施された公共宗教研究所(PRRI)と米誌アトランティックの世論調査(16年9月22日~10月9日実施)を見ると分かりやすい(図表8)。同調査によると、この層の人々は現状に対する不満が強く、外国に対して排外的な性質を有するようだ。全体の支持が不支持を下回る中、トランプ大統領にとって自らを支持してくれる白人労働者階級は貴重な存在である。そのため白人労働者階級の期待に応えることは、大統領の優先事項に成り得る。従って、トランプ大統領が保護主義に傾斜する背景には、大統領を支持する白人労働者階級の現状に対する不満や外国に対する排外的な性質が反映されている可能性がある。
(図表7) トランプ大統領の仕事を評価する割合/(図表8) 白人労働者階級の求めるもの
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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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