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国保の都道府県化で何が変わるのか(中)-制度改革の実情を考察する
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
4――都道府県は医療行政の地方分権化にどう臨んだのか
では、「見える化」と並ぶ意義である医療行政の地方分権化に向けて、どこまで都道府県に主体性が見られただろうか。策定要領は医療費適正化策として、保険料の適正な徴収、保険給付や診療報酬支払明細書(レセプト)点検、市町村による特定健診・特定保健指導(いわゆるメタボ健診)10、重複受診や重複投薬への訪問指導などを挙げており、こうした医療費適正化の施策について、全ての都道府県が運営方針で言及していた。
一方、医療費適正化に比べると、提供体制改革と関連付けようとする動きは弱かった。(上)でも述べた通り、昨年7月の「骨太方針2017」では国民健康保険の都道府県化だけでなく、都道府県を中心に医療提供体制改革を目指す「地域医療構想」11の推進や医療計画12の改定などを通じて、「都道府県の総合的なガバナンス」の強化を図ることで、「医療費・介護費の高齢化を上回る伸びを抑制しつつ、国民のニーズに適合した効果的なサービスを効率的に提供する」としていた。
そこで、各都道府県の運営方針を精査したところ、図6の通りに36道府県が医療計画との整合性に言及した13が、11都県は医療計画に触れていなかった。
この結果は国との温度差を示していると言えそうだ。国は地域医療構想と国民健康保険の都道府県化、医療費適正化計画を一体的に進めることを期待しているのに、都道府県の対応が追い付いていない可能性を示唆していると言える。
10 メタボ健診は40歳以上の人を対象に、肥満の度合いなどを調べるとともに、必要に応じて健康指導を行う制度。
11 地域医療構想は団塊の世代が75歳以上を迎える2025年に向けて、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の整備などの医療提供体制改革を目指す制度。人口20~30万人単位の「構想区域」ごとに、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の各病床機能について、20205年時点の病床数を推計し、これと現状を比較することで、構想区域単位の現状や課題を可視化した。2017年3月までに各都道府県が策定し、今後は関係者で構成する「地域医療構想調整会議」を中心に、医療機関関係者、介護従事者、市町村、住民などの関係者が対応策を協議・推進することが想定されている。詳細は拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(全4回)」を参照。第1回のリンク先は以下の通り。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57248
12 医療計画は6年に一度、都道府県が作成する計画(従来は5年に一度)。病床過剰地域における病床規制が中心であり、2018年度に改定された新しい計画で地域医療構想の内容を引き継ぐこととされた。
13 「県が策定する他の計画」といった曖昧な表記は「医療計画に言及」と見なさなかった。
実は、同様の傾向は地域医療構想の際も見られた。各都道府県が2017年3月までに策定した地域医療構想について文言を精査した際も、国民健康保険の都道府県化と地域医療構想を明確にリンクさせたのは僅かに奈良県と佐賀県だけであり、この時の都道府県の判断について、筆者は「提供体制改革について、地元医師会との連携を重視した証」とみなした14。具体的には、地域医療構想と国民健康保険の都道府県化を絡めて説明することで、地域医療構想を病床削減の手段と見なされ、地元医師会が提供体制改革のテーブルに乗ってくれない可能性があるため、両者のリンクを避けたと判断しており、今回の結果は同じ傾向が続いている可能性を示唆している。
もちろん、医療行政の大半は自治体の判断で決定できる「自治事務」であり、国の制度改正に向けた対応については、地域の実情に応じて都道府県が一義的に判断すべきことであり、国の制度改正に対応することだけが解決策とは言えない。
しかし、「都道府県の総合的なガバナンスの強化」という国の想定と、それを受け止める都道府県の間に依然としてミスマッチが続いている可能性には留意する必要がある。
14 詳細は拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(全4回)」の第1回を参照。リンク先は以下の通り。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57248
しかし、都道府県に求められるのは医療費適正化だけではない。(上)で述べた通り、保険料の統一化を進めるのであれば、都道府県における医療サービスの平準化が必要になる。例えば、表1のような事例の場合、C村における医療サービスのアクセスを考えなければ、「公平」とは言えないであろう。つまり、都道府県には医療費適正化だけでなく、医療提供体制の在り方を含めた給付と負担のバランスを取ることも求められることになる。
その際、過疎地に医療サービスを提供できるドクターヘリやドクターカーの導入、保健師などによる保健サービスの提供、医師確保、在宅ケアの充実に充てられる「地域医療介護総合確保基金」15を含めた医療機関の整備に向けた財政支援といった方策を考える必要がある。
さらに、国民健康保険が直営で運営する診療所や病院(いわゆる国保直診)の活用も一つの論点になる。国保直診は元々、国民健康保険制度を広く普及するために無医地区をなくす目的で創設された経緯があり、多職種連携や在宅医療、住民参加の健康づくりなど「地域包括ケア」と呼ばれる取り組みは1980年代頃から広島県尾道市(旧御調町)などで実践されてきた経緯がある16。
今回の都道府県化に関する国の策定要領では、都道府県を中心とした関係施策の連携を促すひとつの事例として、国保直診を拠点とした保健・介護部門の一体的事業の実施を挙げている。この観点では、香川県が観音寺市や小豆島(土庄町、小豆島町)の事例を引き合いに出しつつ、国保直診の活用に言及していた。都道府県としては、医療費適正化や病床機能再編だけでなく、こうした医療サービスの充実に向けた取り組みも別に検討する必要があるだろう。
15 地域医療介護総合確保基金とは、(1)地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設・設備の整備、(2)居宅等における医療の提供、(3)地域密着型サービスなど介護施設等の整備、(4)医療従事者の確保、(5)介護従事者の確保――に関する事業とされ、2018年度政府予算では事業費として医療分934億円、介護分724億円が計上された。増税した消費税の一部を充当する形で2014年度に創設され、負担割合は国3分の2、都道府県3分の1。
16 旧御調町の事例については、山口昇(1992)『寝たきり老人ゼロ作戦』家の光協会などを参照。
5――おわりに
その結果、(1)については、赤字解消の年限設定や基金の説明について、都道府県が必ずしも積極的ではない様子が見て取れた。今後、都道府県と市町村は「見える化」に向けて、住民への説明責任を今まで以上に意識する必要があるだろう。
(2)についても、医療計画とのリンク付けが弱い様子をうかがえた。今後、国と都道府県の緊密な連携が必要になるであろう。
国民健康保険の都道府県化を取り上げる3回シリーズの最終回となる次回では、都道府県化の歴史を振り返ることで、そこから得られる示唆や論点を考察することにしたい。
03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
(2018年04月13日「基礎研レポート」)
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