2018年03月30日

取締役会を刷新する-米国の動向を参考として

江木 聡

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4――「スキルマトリックス」の活用

取締役会の実効性を上げる起点はメンバー構成にあるので、そのチーム編成を考えることが重要になる。米国をはじめとした海外企業では、自社の取締役に必要な素養や経験を識別し、これらと取締役会メンバーを両軸とした「スキルマトリックス」を実効性向上のツールに利用している。日本でも、経済産業省が策定した「コーポレートガバナンス・システム・ガイドライン」が、経営陣・取締役の指名プロセスの一方策として紹介している(図表1)。同ガイドラインでは、取締役の指名に際し、「取締役会に求める役割と、その実現のために必要な資質・メンバー 構成について、取締役の指名指針を策定する際に検討することが有益である」とされている。
図表1 スキルマトリックスのイメージ
取締役会に求める機能が何であれ、取締役会のメンバー構成がまず自社のビジネスに従うということに日本の経営トップも異論はないだろう。スキルマトリックスの作成が促すのは、足元だけではなくこれからの事業機会とリスクの抽出、これに沿った自社のビジネス戦略に必要な専門性、資格や経験の特定である。結果的に、現状のメンバーでは何が足らなくなるのかが浮き彫りになる。
 
実務上は、現任取締役の退任に際して、単発の補充として考えるのではなく、また外部招聘か内部昇格かを問わず、取締役会全体の将来像をイメージして組み立てることが重要となる。「全体と将来」を見据えたスキルマトリックスを準備しておけば、現任者の退任時期をにらんで周到に準備ができる。併せて(任意の)委員会がある場合は、その委員長にふさわしいスキルや経験も考慮しておくことが望ましい。
 
実際に、米国の小売大手ウォルマートの取締役会を見てみよう(図表2)。取締役会は11名の取締役からなる。CEO(Dug McMillon氏)以外にグループの会長(Greg Penner氏)や創業者Walton一族が入っているため、独立取締役は7名にとどまる。スキルマトリックスの構成を見ると、スキルや経験のカテゴリーとして「戦略(strategy)」に重きを置いているのがわかる。小売(retail)業界や海外向けビジネスの経験とともに、小売でも現在は事業展開に必須のITやe-コマースの資格や経験を有する取締役が半数近くを占めている。「規模の経済」を追求する当社のエブリデイ・ロープライス戦略(コスト戦略)はITあればこそであり、まさに戦略が取締役会構成に反映されている。
 
また、ウォルマート社は、このマトリックスを見れば、取締役会が経営陣に対する実効的な監督と戦略上のアドバイスに適した構成だとわかると説明する。実際に、上から4名はガバナンス要素を、それ以外の7名は戦略要素を主に取締役会にもたらしている。注目すべきは、ウォルマート社がこのスキルと経験のマトリックス軸を、取締役会のサクセションプランの一部でもあると主張している点である。取締役会構成を「全体と将来」の視点で考える姿勢が明確だ。CEOのサクセションプランをようやく真剣に検討し始めた日本で、取締役会のサクセションプランという発想を持っている会社が果たしてどれほどあるだろうか。
図表2:ウォルマート社のスキルマトリックス
CPUの世界トップメーカー、インテルの取締役会も、11名の取締役で構成される(図表3)。CEO(Krzanich氏)と内部昇進の取締役会議長(Bryant氏)以外は独立取締役である。同社はマトリックスの縦軸にあるスキルや経験が取締役会になぜ必要なのかについて開示している。例えば、中ほどにある、部品メーカーながらブランドマーケティングの素養を求める理由を、CPUのブランドと製品に対するユーザーの認知、更には評判を維持向上させるためであるとする。これはPCユーザーの購買行動に即して業績に直結する要素といえる。インテルのように、スキルマトリックスの提示に際して、求めるスキルや経験の合理性を一つひとつ丁寧に説明する姿勢は、投資家との対話という点でもプラスの効果を及ぼすだろう。
図表3:インテル社のスキルマトリックス
GEは、株主総会招集通知の中で「取締役会構成と刷新」をテーマに掲げて詳細を開示する19。GEは取締役会構成の基本方針を定めており、それは「GEに関連する事業領域の専門性を有する経験豊かな取締役会を作る」というものだ(図表4)。取締役会の刷新を、取締役の任期上限、引退年齢および年次の取締役会評価を通じて行っていることがわかる(図表5)。直近では、CEO交代の余波もありメンバーは大幅な入れ替えとなっているが、取締役会の刷新に対する高い課題意識の下、全体の考え方とここ数年の対応についてステークホルダーとも共有していることがわかる。
図表4:GEの「取締役会構成と刷新」①/図表5:GEの「取締役会構成と刷新」②
 
19 GEが米国でも突出して詳細な開示を行う理由を日本人OBに尋ねたところ、「世界一の会社は、開示も世界一になるという考え方なのだ」という回答であった。
 

5――日本の取締役会への示唆

5――日本の取締役会への示唆

ここまで、米国の取締役会の実効性について、取締役会構成の面から最近の動向と具体事例を確認し、日本企業の取締役会構成への示唆を探ってきた。米国の取締役会は監督が主体であり、日本の取締役会は会社法の要請もあって業務執行の決定に力点を置いている。その違いはあっても、両者は互いに世界で戦っており、いずれの取締役会にも相手に対して競争優位に立つための貢献が問われている。執行を軸とするならば、日本企業の取締役会には、なおさら事業戦略上の攻めと守りの貢献が求められるといえる。
 
コードに対する経営層の思いは別にして、少なくとも2名の社外取締役を入れて報酬を支払うのであれば、規範遵守や権威付けのためだけではなく、実利の観点から、事業戦略上の貢献を人選の要素として更に考慮すべきではないか。そうすることによって、取締役会が自然と「真剣に議論をする場」に変わっていき、結果として、本当の意味で取締役会の実効性を高めることができると思われる。日本企業もそろそろ取締役会の全体と将来を見渡し、競争優位の観点から取締役会の組織デザインに着手する時期ではないだろうか。
 
 

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江木 聡

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(2018年03月30日「基礎研レポート」)

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