2018年03月29日

雇用の不安定化が続く日韓-非正規職の問題をどう解決すればいいだろうか-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――はじめに

日韓両国ともに、非正規労働者の増加が長期のトレンドとして観察できる。 日本では97 年に派遣労働の自由化を盛りこんだ規制緩和推進計画が閣議決定され、99 年には派遣が原則自由化された。その結果、 非正規労働者の増加に拍車がかかり、雇用形態の多様化がさらに進んでいる。一方、韓国では97 年の IMF経済危機以降、非正規労働者が増加することになった。日韓両国で雇用の不安定化が続いている。

韓国政府は非正規労働者の増加が急速にすすむなかで、2007年から「非正規職保護法」を施行した。法律の目的は「雇用形態の多様化を認めて、期間制や短時間労働者の雇用期間を制限し、非正規職の乱用を抑制するとともに非正規職に対する不合理的な差別を是正する」ためであり、非正規労働者が同一事業所で2年を超過して勤務すると、無期契約労働者として見なされることになった。

一方、日本では、2013年4月に改正労働契約法が施行されることにより、今年の4月から、契約社員やパート・アルバイト、そして派遣社員のような有期契約労働者を対象に、「無期転換ルール」がスタートする。改正労働契約法が施行されると、多くの労働者が無期雇用に転換できる権利を手にすることになる。問題はないだろうか。

本稿では日韓における非正規労働者の現状や両国政府の対策について述べたい。まず、統一されていない日本と韓国における非正規労働者の定義を両国で実施されているいくつかの調査に基づいて比較・分析する。そして、非正規労働者に対する両国の対策を考察する。特に、日本に先立って無期転換ルールを施行した韓国における非正規職保護法の施行前後の問題点を分析することにより日本が今後推進していくべき無期転換ルールの在り方について述べたい。
 

2――日韓における非正規労働者の定義

2――日韓における非正規労働者の定義1

非正規労働者の実態を国際比較する際に重要になるのがその定義である。しかしながら、それぞれの国で労働市場の構造や発展の形態、程度、さらには労使関係に違いがあるために、名称が同じであってもその実態はかならずしも同じではない。また、非正規労働者に対する明確な定義はないのが現状である。但し、日本と韓国では非正規労働者の実態を把握するためにいくつかの調査で非正規労働者を定義している。両国において非正規労働者の定義はどのように異なるだろうか。
 

1 金 明中(2016)「日韓比較(15):非正規雇用-その5 韓国は多く、日本は少ない?非正規雇用の定義に見る、数字のワナ」ニッセイ基礎研究所、基礎研レター 2016年7月19日から引用。
(1) 日本における非正規労働者の定義

まず、日本の労働力調査では、非正規労働者を「労働契約期間、(以下、従業上の地位)」と「勤め先での呼称、(以下、雇用形態)」により区分している。従業上の地位による分類では雇用者のうち、1か月以上1年以内の期間を定めて雇われている者である「臨時雇」と日々又は1か月未満の契約で雇われている者である「日雇」が非正規職として扱われている。一方、雇用形態による分類では、会社,団体等の役員を除く雇用者について勤め先での呼称により、「正規の職員・従業員」、「パ-ト」、「アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「契約社員」、「嘱託」、「その他」の7つに区分しており、このうち「正規の職員・従業員」以外の6区分をまとめて「非正規の職員・従業員」として表章している。

しかしながら、2つの定義による非正規労働者の割合は大きな差を見せている。2017年現在従業上の地位による非正規労働者の割合は7.1%で、雇用形態による非正規労働者の割合37.3%を大きく下回っている。従業上の地位による非正規労働者の割合は2013年から大きく低下(2012年13.8%→2013年8.5%)しているが、その理由としては2013年1月から労働力調査の調査事項等が変更されたことが挙げられる。つまり、労働力調査では「従業上の地位」について「常雇(無期の契約)」と「常雇(有期の契約)」の区分を新たに設けており、今までは「臨時雇」と回答していた者(同じ勤務先で1年以上働いていた臨時雇)が、新たな調査票では「常雇(有期の契約)」に回答したことにより、「臨時雇」の数は減り、「常雇」の数は増えることになったと考えられる。 従事上の地位による非正規労働者の割合は80年代から90年代半ばまでには大きな変化がなかったものの、その後14%弱まで上昇した。そして、2013年以降その割合は低下傾向にある。

図表1 日本の労働力調査における二つの定義による非正規労働者の推移
一方、雇用形態による非正規労働者の割合は80年代から上昇し始め、現在までも上昇傾向にある。神林(2013)は、このように非正規労働者の増加の時系列的趨勢が異なる点に注目し、「非正規労働者の定義の違いは、単なる統計的計測の問題や講学上の文などではなく、労働市場において非正規労働者が担う役割と密接にかかわる重要な論点だと考える必要がある。」と主張している。

大沢・金(2010)は、一般的に「正規雇用労働者」ではないすべての労働者が非正規労働者としてとらえていると説明している。つまり、正規雇用労働者とは、特定の企業に、(1)フルタイムで、(2)正社員または正規雇用労働者という呼称で、(3)期間の定めのない、(4)労働契約により、(5)企業と直接雇用される労働者、のことをいう。そして、非正規労働者とは、以上の(1)~(5)の属性のいずれかを欠く労働者がふくまれる。

図表2は、日本における調査別非正規労働者の定義と割合を整理したものであるが、各調査によって非正規労働者の定義と割合に多少の違いがあることが分かる
図表 2 日本における調査別非正規労働者の概要と割合
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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