2018年03月27日

欧州の職域年金の現状-第11回定例報告の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――欧州各国の職域年金市場調査とは

2018年1月、欧州保険年金監督当局(EIOPA)が、EEA(欧州経済領域)の職域年金市場の現状に関する報告書1を公表した。

これは、「IORP」(Institutions for Occupational Retirement Provision:年金基金)と「リングフェンス・ファンド」(保険会社で引き受けている、資産・負債を分離管理している年金ファンド。日本の保険会社で言えば、特別勘定のようなものか。)の現状を示した報告書で、ほぼ1年に一度公表されてきており、今回で11回めとなる。前回(第10回)は2017年3月、前々回(第9回)は2015年7月に公表されており、この公表時期をみてもわかる通り、厳密に定期的なものではなさそうである。また、国により提供データがあったりなかったり、あるいは後の報告書で修正されたり、という状況もあるようなので、同じベースでデータを追っていこうとするとわかりにくいのだが、それでも欧州全体、あるいは各国の年金基金の現状を知るには、貴重な情報だと思われる。
 
1 2017 Market development report on occupational pensions and cross-border  IORP’s
https://eiopa.europa.eu/Publications/Reports/EIOPA-BOS-18-013-2017%20Market%20Development%20Report.pdf
 

2――年金基金の市場規模に関する調査結果

2――年金基金の市場規模に関する調査結果

1|年金基金の規模等に関する動向
20歳~64歳までの人口のうち、年金基金(IORPに加えて、保険会社のリングフェンス・ファンドを含む。以下同様)のカバーする部分は上昇傾向にあり、今や労働人口の15%となっているとの報告がなされている。対応する資産の金額は2016年末時点で3.8兆ユーロとなり、前年末よりわずかに減少しているのだがこれもポンドとユーロの為替レートの変動によるものに過ぎず、その影響を除けば微増であった。
 
基金数は増加しており、2015年末の11.2万件から、2016年末には15.5万件と大きく伸びているが、これはアイルランドの確定拠出年金の基金数に、以前は含めていなかった「新規加入者を受け入れていない基金」や、「準備中の基金」を、新たに含めた事情によるものである。それを除くと逆に、主にイギリスにおける小規模の基金の減少により、減少している。

規模別にみると、大規模(資産500百万ユーロ以上)な基金数は微増である一方、中小規模の基金が減少している。
 
加入者数と受給者(既に年金を受け取っている人数)は、それら合計で4600万人となり、これは過去3年間に(すなわち2013年末から)10%増加している。基金の掛金収入は790億ユーロで、近年安定的に推移している。逆に年金・給付金支払いの方は 630億ユーロと対前年5%の増加となっている。
 
なお、国別にみた場合、資産ベースでのシェアは、イギリスが42%、オランダが34%と圧倒的に大きな構成比をもち、残りの国々を合わせても24%である。
 
規模等に関しては全体としてこうした状況で、国毎の統計の取り方が異なっていたり、毎年のとり方が変わったりするために、金額・件数などを単純に時系列比較するのは難しいのだが、職域年金の位置づけが重要度を増していることはみてとれる。
2|確定給付年金から確定拠出年金への移行が進んでいる
基金の取り扱う制度としては、確定給付年金、確定拠出年金、そして今のところわずかではあるが、その両方の特徴を取り入れたハイブリッド年金がある。個々の基金がそのうちどれかを、あるいは複数を同時に取り扱っている。
 
基金数でみると、全体で15.5万件の基金のうち14.7万件、約95%が確定拠出年金のみを扱う基金で、2015年末の91%からさらに増えており、確定拠出年金へのシフトはさらに進んでいる。しかしこれも国によって異なる事情を幾分考慮しなければならない。キプロス、アイルランド、イギリスにおいては、小規模かつ確定拠出年金を扱う基金が非常に多く、この3国だけで確定拠出年金件数の99%を占めてしまう。これら3国を除くと、確定拠出年金は54%を占めるにすぎない。

さらに資産ベースでみると、(2016年末のデータが記載されていないので、)2015年末でみると確定拠出年金の占める割合は9%でしかない。あとは確定給付年金が54%、ハイブリッド年金が34%を占める。また国別にみると、それぞれの国の制度・規制の歴史的な経緯もあって、EEAのうちデータのある23か国の中で13か国は確定給付年金資産のほうが今はまだ多い。資産額ベースで大きな規模のあるイギリス、オランダ、件数の多いアイルランドすらそうである。

件数ベースでは、引き続き、確定給付年金から確定拠出年金へのシフトが進んでいるとはいうものの、資産ベースではまだ確定給付年金の影響のほうが大きいようである。
 
とはいえ、確定給付年金から確定拠出年金へとシフトしていく結果、個々の加入者の年金資産の変動リスクや運営コストの一部は、雇用者や基金から、加入者自身に移転していることになり、加入者の将来退職時の給付水準の増減に直接影響を与えている。

従って、確定拠出年金に関わるリスクとコストについて、その投資のリスクとリターンの特性(例えばハイリスク・ハイリターンであるか、など)や、投資に関わる手数料や費用などについて、基金等から加入者への充分な説明が必要である、とされている。既にそのことは、年金基金運営の規則を定めたIORP指令の中でも詳細に要求されているので、そうした適切なサービスがなされるよう、監督していくということになるだろう。
 

3――国をまたがる年金基金の状況に関する調査結果

3――国をまたがる年金基金の状況に関する調査結果

1|国をまたがる年金基金~全体では基金数は頭打ち~
例えば一つの企業が複数の国で活動し、その従業員のための年金基金を設立しようとする場合、以前は、それぞれの国において別々に年金基金を設立するという非効率なやり方しかなかったので、非常にコストがかさむという状態にあったようだ。2005年のIORP指令により、国をまたぐ年金基金(Cross-border IORPs)の設立が可能になった。

それ以来、国をまたがる年金基金の数は徐々に増加してきた。2016年末には行政上の設立手続きがなされた年金基金数が83(対前年 1減少)、うち実際に資産・負債を保有して活動しているのが73基金(対前年 7減少)という状況となっている。

国をまたぐこうした年金基金を設立することには、一貫したリスク管理・コスト管理が行われることによって、効率性が高まるメリットがある。また従業員が国を超えて移動した場合でも、一元的な年金制度を提供できる点で利便性が高まるというメリットもある。さらには、ICT革新によって、多国間の制度管理、資産管理などが効率化し管理が容易になる面もある。

実際、そうした効果を求めて、これまでは国を超えた年金基金が一定程度増加してきたわけだが、先に見たとおり、2016年には減少となっており、基金の関係者や学会など関係者の間でも、このままでは今後さらに普及することには期待できないとの指摘がなされているとのことである。

その要因として、
  • 企業による年金の一元管理といっても、その進展度合いはまちまちであること、
  • 各国を移動する労働者といってもその規模(人数)はまだ小さく、費用のみがかさむこと、
  • 行政手続きに時間がかかること
  • そしてなによりも、各国の年金に関する法令に従う必要があり、年金基金業務の一元管理を妨げること
などが挙げられている。この点を改善するため、年金基金関係者は、IORP指令の中で、国をまたぐ年金基金に対する行政手続きや監督について改正されること自体は歓迎するものの、最も大きな課題、すなわち、それぞれ異なる国の規制に従うことの煩雑さは、すぐに解消されないだろうと感じているようである。
2|うち、複数事業者による年金基金、多国間(3国以上)にまたがる年金基金は増加
その一方で、国をまたがる基金のうち、複数事業主型の年金基金は増加している。新しく稼動を始めた国をまたがる年金基金は、2016年には2件あったが、いずれも複数事業主型の年金基金であった。

また、自国のほかに2国以上にまたがる年金基金数は、数は少ないが増加しており、これまでも国をまたがって運営されていて、2016年にさらに受入国を増やした基金は6件あった。

複数事業主型の年金や、多くの国で事業を展開している企業など、大規模な年金基金では、一元管理のメリットのほうが、国ごとの法令に従う煩雑さなどを超えて、有用であるということだろうか。
 

4――おわりに

4――おわりに

欧州では職域年金に関しては、低金利状況下での資産運用状況も気になるところではある。また健全性評価の方法(年金版ソルベンシーII)の検討も継続しているところでもある。冒頭にのべたように、各国の事情もあって必ずしもベースの揃ったデータが得られるとは限らないようではあるが、こうした報告書がほぼ年一回公表されているので、今後とも継続してみていくこととしたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年03月27日「保険・年金フォーカス」)

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