2018年03月20日

【アジア・新興国】インド医療事情と医療保険制度~モディケアとは何か

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―はじめに

2018年2月1日、ジャイトリー財務相が予算演説を発表し、政府が貧困層を対象とした国家健康保護計画(National Health Protection Scheme – NHPS、通称モディケア)を創設すると述べた。

NHPSを実施すると、これまでインドで存在しなかったユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)が実現することになるのだろうか。インドの医療事情と現行の医療保険制度を踏まえた上で、今回発表されたNHPSがどのような位置づけにあるのかを整理する。
 

2―インド保健医療の事情

2―インド保健医療の事情

(図表1)乳幼児と妊産婦の死亡率 (1)ミレニアム開発目標の達成状況
インドの保健医療はどの程度の水準にあるか、国際比較の観点から国連のミレニアム開発目標(MDGs)に取り入れられた目標4の「乳幼児死亡率」と目標5の「妊産婦死亡率」の推移を見てみよう。

まず(5歳未満の)乳幼児死亡率(出生1000対)を見ると、インドは47.7(2015年)と、日本の2.7(2015年)に比べて非常に高い(図表1)。しかしながら、インドはMDGsの基準年である1990年の125.9と比べると、大きく改善していることが分かる。これを国際比較してみると、後発の新興国であるインドの乳幼児死亡率は世界平均の42.5を上回っているが、同じ所得水準の国・地域(低中所得国1)のなかでは低めに位置している(図表2)。
次に妊産婦死亡率(出産10万対)を見ると、インドは174(2015年)と、やはり日本の5と比べて非常に高いが、1990年の556からは大幅に減少している(図表2)。乳幼児死亡率と同様に国際比較してみると、インドの妊産婦死亡率は世界平均の216を下回っており、また低中所得国のなかでも低めに位置している(図表3)。

これら2つの指標だけを見れば、インドの保健医療の水準は大きく変貌を遂げ、低中所得国のなかでは健闘していると言えよう。もっとも先進国レベルには程遠く、インドの保健医療の改善余地は依然として大きい様子も窺える。
(図表2)所得別にみる乳幼児死亡率(2015年)/(図表3)所得別にみる妊産婦死亡率(2015年)
 
1 世界銀行は国民一人当たりの国民所得(GNI)が1,005ドル以下の国・地域を低所得国、1,006~3,955ドルの国・地域を低中所得国、3,956~12,235ドルの国・地域を高中所得国、12,236以上の国・地域を高所得国と分類している。
(2)死亡要因
インドの保健医療が変貌を遂げるなか、死亡要因も大きく変化してきている。主な死亡要因を見ると、「伝染病や周産期等」の死亡が減少する一方、「非伝染病」による死亡が増加している(図表4)。これは政府による公衆衛生の向上や生活環境の改善に向けた取組みが奏功した一方で、経済発展に伴い生活習慣病が増加しているためである。また「外傷」による死亡が多いままであることも特徴だ。インドでは交通インフラの整備が遅れており、交通事故による死亡が絶えないことが分かる。
(図表4)インドにおける主な死因割合の推移
モディ政権下では、公衆衛生促進プログラム「スワッチ・バーラト(クリーン・インディア)」のキャンペーンを進めている。これは一般家庭などにトイレを設置して2019年までに屋外排泄ゼロを目指す取り組みであり、今後も公衆衛生の向上が期待される。また交通インフラの整備に向けては、財政余力が限られるために法整備を進めることで官民連携(PPP)方式の導入を加速させるなど、今後の進展が期待される。こうしたなかで「伝染病や周産期等」や「外傷」による死亡率はさらに低下していくものと予想され、中長期的には先進国同様に非伝染病を死因の中心とした構造になっていくものと考えられる。
(図表5)医療費財源の構成割合(2014) (3)医療制度の特徴
インドの医療制度の最大の特徴は、憲法で全ての国民に医療を保証し、公的医療機関では無料で受診することができる点であろう(ただし、医薬品や検査は有料)。つまり、全ての人々が公的医療機関で診療を受けることができれば、自己負担はほとんどなくなるはずである。しかしながら、公的医療機関の供給が限られており、医師や設備も不足しているため、不衛生な環境下で長時間の診察待ちを強いられることになる。従って、有料でも設備が整っており、アクセスの良い民間医療機関を選択する国民は多い。
(図表6)医療費の公的支出と自己負担率(2014年) 安心して民間医療機関を受診するには医療保険の有無が重要となるが、インドでは国民皆保険制度が存在しない。詳しくは後述するが、公的医療保険制度の対象は国民の一部に止まっており、それ以外の人々は個別に民間の医療保険に加入しなくてはならない。富裕層や中間層は民間の(個人)医療保険に加入するか、雇用主が福利厚生制度として導入する(団体)医療保険に入ることになる。しかし、低所得者は民間の医療保険に入ることができず、無保険になりがちだ。

実際、医療費負担の構成割合を見ると、公的支出と公的・民間保険等の支出を合わせても全体の3割に止まり、残りの約7割は家計・自己負担が占める。インドでは公的医療保険制度の整備が遅れ、民間医療保険の浸透も限定的であることが分かる(図表5)。

国際比較してみると、インドは世界的にみても公的医療支出(GDP比)は1%程度と低く、世界平均の6%を大きく下回っている一方、インドの自己負担率は6割超と高水準であり、世界平均の2割弱を大きく上回っている(図表6)。やはり公的医療支出(GDP比)が大きい国は、総医療支出に占める自己負担の割合も少ない傾向があるようだ。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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