2018年03月20日

ドイツの民間医療保険及び民間医療保険会社の状況(2)-2016年結果-

保険研究部 研究理事 気候変動リサーチセンター兼任 中村 亮一

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4|その他の重要指標
民間医療保険連盟の資料によれば、上記に加えて、例えば、以下の比率が重要指標として掲げられている。ここに、RfB(Rückstellung für Beitragsrückerstattung:Provision for bonuses and rebates)は、将来の保険料軽減等に使用されるための準備金である。

「リファイナンス比率(Refinancing[RfB] ratio)」は、RfBを総収入(earned gross revenues)で除して得られる比率であり、会社が将来において保険料水準の軽減を提供するための追加ファンドの余地を示している。

「リファイナンス充当比率(Refinancing[RfB] appropriation ratio)」は、RfBの特別ファンドを総収入で除して得られる比率で、リファイナンス充当金のうちのどの程度が、将来において、保険料水準の軽減や現金償還を提供するための手段のファイナンスに使用されるのかを示している。

「リファイナンス解約比率 (Refinancing[RfB] withdrawal ratios)」は、現金償還と一時金償還の2つの指標に区分され、それぞれRfBからの全体の償還のうちの現金及び一時金での償還の割合を示している。

「準備金比率(Provision ratio)」は、総収入のうちのどの程度が老齢化のための準備金(老齢化準備金、保険料払戻準備金、保険監督法第150条第4項に従う保険料への使用)に繰り入れられているのかの割合を示している。

これらの重要指標の過去からの推移は、以下の通りとなっている。 
民間医療保険のその他重要指標の推移

4―民間医療保険会社の状況(3)-財務面-

4―民間医療保険会社の状況(3)-財務面-

この章では、ドイツの保険監督当局のBaFinのAnnual Report 2016等に基づいて、民間医療保険会社の財務面の状況について報告する。

1|老齢化積立金の積立状況
民間医療保険連盟全社の総負債・資本265,727百万ユーロのうち、老齢化積立金が232,719百万ユーロで87.6%を占めている。

その他では、支払備金が6,612百万ユーロ(2.5%)、保険料返還等のための準備金(RfB)が16,242百万ユーロ(6.1%)となっており、資本は6,535百万ユーロ(2.5%)となっている。
民間医療保険会社の総負債・資本構成(2016年末)
このうち、老齢化積立金の積立額及びその給付額に対する比率の推移は、以下の通りとなっている。

高齢化を反映する形で、毎年比率が上昇してきている。2016年末では、8.75年分の給付金額に相当する老齢化積立金が積み立てられている状況にある。
民間医療保険会社の老齢化積立金の積立状況の推移
2|ソルベンシーの状況
全ての民間医療保険会社は、2016年12月31日時点において、ソルベンシー資本要件を遵守していた。

46の民間医療保険会社のうち40社はソルベンシーIIに従い、残りの6社はソルベンシーIに基づいている。SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)算出のために大多数の会社は標準式を使用したが、38%の市場シェアを有する4社が部分又は完全内部モデルを使用した。USP(Undertakings Specific Parameter:会社固有のパラメータ)を使用した会社は無かった。

40の民間医療保険会社のうち、3社がVA(Volatility Adjustment:ボラティリティ調整)とTTP(Transitional on the Technical Provision:技術的準備金に関する移行措置)を適用し、4社がVAのみを適用し、2社がTTPのみを適用した。TRFR(Transitional on the Risk- Free Rate:リスクフリー金利の移行措置)を適用した会社はなかった。また、移行措置の適用無しではSCRを満たせない会社は改善計画の提出が求められるが、そのような会社は無かった。

2016年末の民間医療保険会社全体のSCR比率は419%であった。SCRの2016年年初のDay1において標準式を使用した会社の保険料によって加重された資本要件の約84%が市場リスクであった。また、Day1における資本要件の約35%が医療保険引受けリスクに関連するものであった。

これにより、医療保険会社は、基本的に良好なレベルの自己資本を持ち続けている、とされている。また、生命保険会社に比べて、SCR比率は2016年間を通じて安定的に推移していた。
(参考)医療保険会社のSCR 比率の推移(Day1(2016年1月1日)及び2016 年各四半期末)
3|将来収支予測
老齢化積立金を設定する必要がない短期商品のみを提供している8社を除く39の医療保険会社が、2016年9月30日の基準日時点で将来収支予測を行っている。これは、医療保険会社の低金利による中期的影響を調べることに焦点を当てて行われた。この目的のために、BaFinは、異なる不利な資本市場のシナリオの下で、2016年と引き続く4年間において予測される収支状況に関するデータを収集した。 1つのシナリオでは、新規投資及び再投資は0.9%の金利を有する10年の固定金利債券に対してのみ行われると仮定した。 2つめのシナリオでは、個々の医療保険会社の計画に基づいて、新規投資や再投資をシミュレーションしている。

当然のことながら、低金利シナリオは、新規投資や再投資のリスクの実現により、投資リターンのさらなる減少をもたらすことを示していたが、全体的な結論としては、低金利環境の継続に、経済的な観点からは、医療保険会社は耐えられるだろう、ということだった。

ただし、将来予測の結果は、保険料調整スキームによって、段階的に数理計算上の割引率を低下させていく必要性を示した。保険料調整メカニズムは現在の低金利環境が持続する中で、医療保険会社に対して重要な便益を与えることになる。
4|ACIRPAUZ-Verfahrens)について
ACIRP(actuarial corporate interest rate process)は、BaFinによる、「保険会社の数理計算上の割引率水準の妥当性をチェックするための、フォワード・ルッキングな予防的な監視ツール」である。保険会社は、毎年BaFinに数理計算上の割引率を提出しなければならない。これに基づいて、保険会社は、保険料を調整する時に、既存のタリフの割引率を引き下げる必要があるかどうかを決定することになる5

このプロセスでは、次の2会計年において達成可能なリターンを予測する。資産ポートフォリオを既契約、新規投資、再投資に区分し、リスクも考慮して、それぞれから得られる投資収益を予測する。これによって得られるACIR(actuarial corporate interest rate)が3.5%より低い場合には、それがその会社の新しい最高割引率になる6

各社のアクチュアリーが、ACIRガイドラインの中で明示的に触れられていないリスク等も考慮に入れるかどうかも検討して、割引率を決定する。どのようなアプローチに基づいて割引率を決定しているのかについて、計算を支える技術文書に分かりやすい方法で記載されなければならない。アクチュアリーは、「高齢の保険契約者に対する民間医療保険会社の保険料を、より安定的に維持するために、十分な超過利回りが確保される必要がある。」と述べられている前提等が遵守されていることを確認する必要がある。
 
5 医療保険の場合、(既契約も含めた)保険料の調整が行われる際には、割引率だけでなく、保険事故発生率や事業費率等の要素も含めて勘案されて、決定されることになる。
6 この方式の採用により、2004年に生命保険の責任準備金評価用の最高予定利率が2.75%に引き下げられたにも関わらず、医療保険においては、2012年まで3.5%の水準が維持された。
5|2016年のACIRPの結果
2016 年のACIRPでは、2017年のACIR数値が初めて法律に規定されている3.5%の最高割引率を下回ることとなった。いくつかのケースでは、低金利環境の増大する影響の結果として、前年におけるよりもはるかに急速に低下した。そのため、保険料算出目的のために使用される割引率は殆どのケースでさらに引き下げられなければならない。

2017年の完全医療保険の保険料調整によって、約70%の被保険者が影響を受ける。平均保険料調整は約8%に達する。そのうち、数理計算上の割引率の引き下げによる影響が3%ポイントで、残りは請求の増加によるものである。医療保険会社は保険料の増加を抑制するために、約28億ユーロの配当準備金を使用した。
 

5―まとめ

5―まとめ

以上、2016年数値に基づいて、2回のレポートで、ドイツにおける民間医療保険及び民間医療保険会社の状況について報告してきた。

ドイツの生命保険会社は、長期の貯蓄性商品を保証利率付で販売してきたことから、低金利環境の継続で、販売面でも財務面でもかなり厳しい運営を迫られている状況にある。それに比べると、民間医療保険会社の状況は、これまで相対的に大きな問題として捉えられている状況にはなかった。

これは、医療保険会社の場合には、保険事故発生率による影響が大きな意味合いを有していることが関係している。ただし、代替医療保険等は終身保障で提供されていることから、金利環境に基づく割引率の影響が、特に昨今の低金利環境の継続によって、かなり大きなものとなってきている。従って、これを見直す場合には、保険料率、特に高齢者の保険料率への影響が無視できないものとなってきていることが懸念されている。

こうした状況を踏まえて、BaFinも「高齢者の保険料率の安定性」を確保するための各種の方策等について、(1)既存の措置の有効性やその発展的な見直し、(2)これまでも議論されてきた手法の将来における実現可能性、を検討してきている。これにより、民間医療保険会社への影響も想定されてくることになる。これについて、1年前のレポートでも報告したように、BaFinのAnnual Report 2015には、以下のように記載されている。
 

高齢者の保険料の安定性
民間医療保険会社の加入員に対する安定した保険料は、特に高齢の保険契約者にとって重要なトピックである。現在の低金利環境と、この環境が発生して以来より一般的になってきた技術的金利の調整により、高齢の被保険者の保険料が直接的に増加している。2015年に、BaFinは集団的消費者保護を確実にするという任務に沿って、医療保険会社を調査した。この調査は、その前にある課題の範囲を確認するために行われた。既に検討されているのは、既存ツールの有効性、それをさらに洗練するための選択肢、および既に議論されている、または将来実施される必要のある措置の妥当性である。

この調査では、現在の法的枠組みを踏まえれば、中期的には、高齢の保険契約者に対する民間医療保険料の相対的な安定化が、業界全体で一般的に予想されることが判明した。しかし、長期的な予測は、一般的な経済状況が変わらない場合、少なくとも個々のケースでは対策が必要な進展がある可能性があることを明らかにしている。得られた洞察は定期的に更新する必要がある。

このように、民間医療保険が、公的な医療保険制度の代替機能を有し、さらには公的医療保険の保険者との競争環境の中で補完・補足機能を果たしている場合には、その社会的性格から、状況に応じて、監督当局主導での各種の規制や仕組みを強制されていくことにもなっている。

民間医療保険会社は、こうした点も考慮に入れながら、将来の経営戦略を構築していく必要があることになる。

今後のドイツにおける民間医療保険及び民間医療保険会社の状況については、公的医療保険制度の改定等の動向と併せて、引き続き注視していくこととしたい。
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保険研究部   研究理事 気候変動リサーチセンター兼任

中村 亮一 (なかむら りょういち)

研究・専門分野
保険会計・計理

(2018年03月20日「保険・年金フォーカス」)

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