2018年03月13日

「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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3|負担が転嫁される労働者は不特定
次に、企業から負担が及ぶのは誰であろうか。はじめにで述べたように、企業は社会保険や拠出金などを総額人件費として管理しているため、拠出金を引き上げれば、賃金など他の支出を抑えて全体を調整しようとする可能性がある。先行研究がその点を示している。

経済産業省は2009年度委託事業で企業へのアンケートを行い(三菱総合研究所が実施)、法人税や社会保険料等が過去5年間に上昇した時の対応と、将来上昇した場合の対応について実証分析を行った。アンケートは郵送で実施し、有効回収件数は3,986件だった27

まず社会保障制度・社会保険料に対する不満を尋ねると、「保険料がたびたび上がり、先どまり感がない」との回答が7割を超えた。「社会保険料が高い」「事業環境が悪化したときも負担が生じる」もそれぞれ5割前後に上り、多くの企業が負担感を抱えていることが分かった(図表8)。
図表8 社会保障制度・社会保険料に対して企業が不満に思うこと
次に、過去5年間に社会保険料が上昇した際の対応を、年金と医療で別々に尋ねたところ(複数回答)、いずれにおいても「利益を減らした」と回答した企業が5割を超えたが、「雇用量を減らした」「従業員の賃金を削減した」も3割超に上り、賃金や雇用量が、企業の負担増への調整手段になっていることを示していた(図表9)。「製品・商品サービスの価格を値上げした」も1割近くあった。

将来、保険料率が上昇した際の対応について、保険料の上積みを「単年度で0.5%」「5年で2.5%」「5年で5%」の3段階に分けて尋ねたところ、いずれにおいても同様の傾向が見られたが、「単年度で0.5%」よりも「5年で2.5%」「5年で5%」の方が、賃金や雇用を削減するという回答割合や、製品・商品サービスの価格を値上げするという回答割合が増加していた。これは、賃金や雇用、商品価格への転嫁は、短期的よりも中期的に、より進むことを示している。

「雇用量を削減」と回答した企業に具体的な手段について尋ねたところ、「正規雇用から非正規雇用への代替」との回答が約2割あった。この背景には、非正規雇用で働く人は、正規雇用に比べて社会保険の加入条件を満たさない人が多く、企業にとっては保険料負担を軽減させられることがあると思われる28
図表9 社会保険料が上昇した(する)場合の企業の対応
労働者への負担転嫁の方法として、長時間労働につながることを指摘した研究もある。KODAMA and YOKOYAMA (2017) は、大企業などで社会保険料の負担が増えた2003年度の「総報酬制」29導入に着目し、導入前後の賃金や労働時間の変化を厚生労働省「賃金構造基本統計調査」のデータを用いて分析した。その結果、総報酬制導入後に保険料負担が増えた事業所では、雇用量を減らして人件費を調整していることが分かった。また、総報酬制導入後は、労働者一人当たりの平均労働時間が長くなったが、労働者の総労働時間にはほぼ変わりないことが分かった。つまり、総報酬制導入後に雇用量を削減した分、従前から働き続けている労働者の労働時間が延びていた。

以上のように、先行研究は、社会保険の負担が上昇すれば、少なくとも部分的に、賃金や雇用量、就業形態、労働時間などに影響を及ぼすことを示している。拠出金に特定した分析は見られないが、拠出金は社会保険と同様に、雇用に伴って企業から徴収されることから、同じ影響があると考えられる。中でも大きな影響が懸念されるのが、中小企業である。拠出金は、従業員総数が多い中小企業が大部分を負担すると見られるが、3-1|でみた中小企業団体の反発からも分かるように、体力が弱い中小企業にとっては、拠出金の引き上げは大きな負担になる。政府は今年の春闘で、企業に対して3%以上の賃上げを求めているが、拠出金引き上げによる負担の拡大を懸念し、賃上げを抑制する可能性もある。

以上の議論を整理すると、今国会の法改正によって子ども・子育て拠出金が引き上げられれば、恩恵を受けるのは、新たに企業主導型保育事業や認可保育施設を利用する人であり、金額に換算すると0歳児で年平均200万円前後、1~2歳児で年平均100万円超と試算される。これを一次的に負担するのが、子ども・子育て拠出金を支払う企業である。自ら企業主導型保育事業を開設できる一部の企業にはメリットもあるが、それができない地方の小規模企業等は負担が増えるだけである。その重い負担は、やがて労働者や消費者らに跳ね返ってくる。
 
 
27 企業規模別の内訳は明らかではないが、市場における優位度を尋ねると「価格、品質ともに市場をリードするリーディングカンパニーである」が10.1%、「市場をリードする企業群には入っているが、トップ企業ではない」32.5%、「市場をリードする企業にはなれておらず、熾烈な競争を強いられる」55.4%だった。
28 厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(2014年)によると、就業形態別の各種社会保険の適用割合は、厚生年金が正社員99.1%、非正規52%、健康保険が正社員99.3%、非正規54.7%などと正規雇用と非正規雇用では差がある。
29 社会保険の保険料徴収の対象を、月給だけでなく、ボーナスを含めた年収とする制度。
 

5―むすびにかえて

5―むすびにかえて

待機児童対策には、大きな財源が必要となる。今回の子ども・子育て拠出金の引き上げは、2017年の衆議院選挙で与党が大勝した勢いに押されるように、短期間で決まった。政府は「経済界にも応分の負担を求める」と説明しているため、国民には新たな負担は生じないかのような印象を受けるかもしれない。しかしこれまで見てきたように、実際には賃金や雇用量の削減、非正規雇用への転換、商品価格値上げ等の方法で、労働者や消費者に転嫁される可能性がある。企業主導型保育事業や認可保育施設を利用する人が年平均100~200万円前後の恩恵を受けるのに対し、利用する機会がない労働者や消費者が、それらの形で負担を負う可能性がある。しかも、一次的に負担増を引き受ける企業の間でも、子育て中の従業員数や不動産の有無、地域の待機児童の状況等によって便益に差が生じる。これでは、社会保障のサービスとして給付と負担のバランスが取れなくなるのではないだろうか。

今後、企業主導型保育事業等の財源のあり方について議論するためには、地域ごとに、実際の利用者の人数や属性を調査し、子ども一人の保育に投じられる拠出金と利用者負担、設置企業の費用負担について、サンプルを公表する必要があるだろう。拠出金が労働者や消費者に帰着する可能性があることを前提にすれば、その負担割合について国民が納得する必要がある。もし納得を得られないなら、他の認可外保育所の保育料等とのバランスも考えて、利用者の負担を増やすなどの検討が必要である。

また、拠出金率については、都市部と地方で差を設けることも考えられる。待機児童が多い都市部に立地する企業の方が企業主導型保育事業を設置するのに有利であり、企業の都市部への集中が待機児童を発生させている要因でもあるからだ。

急増する待機児童に対し、認可保育所は土地や保育士の確保が難しいため、整備が追いついていない。そのような中で導入された企業主導型保育事業は、企業の力や土地建物を活用することで開設を促進してきた。事業自体は待機児童解消に力を発揮してきたと言える。しかし、社会全体で子育てを支援するという観点から言えば、利用者負担だけでは賄えない分の財源については、本来、拠出金ではなく、国民が広く負担する税で措置することがふさわしいと考える。経団連や日商も従来、税負担を主張してきた。

本稿に続く(下)では、少子化を改善するために企業にしかできない取り組みと、それを推進する政策について考えたい。
参考文献
  • KODAMA Naomi, YOKOYAMA Izumi(2017)‘Labour Market Impact of Labour Cost Increase without Productivity Gain: A natural experiment from the 2003 social insurance premium reform in Japan’ ”RIETI Discussion Paper Series 17-E-093”
     
  • 経済産業省(2010)「平成21年度総合調査研究「企業負担の転嫁と帰着に係る調査研究」」(三菱総合研究所受託)
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2018年03月13日「基礎研レポート」)

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