2018年03月13日

「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

文字サイズ

1――はじめに

2020年度末までに待機児童をゼロにするため、政府は現在開かれている通常国会に、子ども・子育て支援法改正案を提出した。改正の柱は、企業が負担している「子ども・子育て拠出金」の上限を従業員の標準報酬の0.25%から0.45%に引き上げ、企業主導型保育事業1や、認可保育施設における0~2歳児の保育費に充てることである。2018年4月に施行して段階的に拠出金率を引き上げ、最終的には企業の追加負担分は年3000億円となる2

しかし、多くの企業は賃金や社会保険料、拠出金など、労務に関するコストを総額人件費として管理し、経営計画に組み込んでいる。拠出金が増えれば、総額人件費のうち他の支出を削減して、結局、労働者に負担が跳ね返る可能性がある。結果的に、企業主導型保育事業等の恩恵を受けることがない労働者が負担を負わされ、給付と負担のバランスもとれなくなる恐れがある。

少子化対策は社会全体で取り組むべき課題だが、企業に真っ先に求めるべき役割は他にあるのではないだろうか。このことを、今後2回に分けて論じる。本論(上)では、企業負担の影響を巡る先行研究に基づき、拠出金が引き上げられると、賃金や雇用量の削減、正規雇用から非正規雇用への転換等につながる可能性があることを示す。(下)では、企業に最も期待すべきことは、男女問わず、労働者が育児と仕事を両立しやすい職場環境の整備であると示したい。
 
1 企業が従業員向けに開設する認可外保育施設に対し、国が助成する事業。従業員以外に地域の子どもを受け入れることもできる。認可保育施設並みに整備費や運営費の助成金が手厚く、5年間は税制優遇措置がある。政府が待機児童対策の切り札として2016年度から導入した結果、開設件数が急増している。
2 内閣府「子ども・子育て会議」(2018年1月17日)資料より。
 

2――子ども・子育て拠出金とは

2――子ども・子育て拠出金とは

社会保障の財源には主に、社会保険料、公費(税と公債)、拠出金、利用者負担の4種類がある(図表1)。中核は社会保険料だが、施策によって財源の構成は異なる。例えば育児休業給付は雇用保険と公費から支出されるし、認可保育所は、公費と、利用者負担である保育料で運営されている(図表2)。企業主導型保育事業は、企業が開設する認可外保育所に対する助成事業であり、設置者である企業と利用者が費用を負担するほか、子ども・子育て拠出金から助成金が支給される。

子ども・子育て拠出金は、企業主導型保育事業の他、児童手当や放課後児童クラブなどに充てる財源として、子ども・子育て支援法などで定められている3。現在の拠出金率の上限は、従業員の標準報酬の0.25%とされている。厚生年金保険料を支払っている企業の他、公務員の共済組合等が拠出金を納めなければならない。企業にとっては、雇用に伴って支出が発生するため、経営が赤字でも、子育て中の従業員がいなくても支払わなければならない。また、健康保険料や厚生年金保険料などは労使折半しているのに対し、拠出金は、企業のみが負担する点が特徴である。
図表1 社会保障の主な財源/図表2 子ども・子育て関連施策の財源構成の例
 
3 企業が児童手当の拠出金を出すようになった背景には、児童手当が従前の扶養手当に代わるものとする考えや、将来の労働力を確保するためという考えがある。
 

3――子ども・子育て拠出金引き上げの経過

3――子ども・子育て拠出金引き上げの経過

1|政策決定プロセス
待機児童対策や幼児教育無償化は安倍政権の看板政策であるが、財源にはもともと、拠出金とは別の方法が模索されていた。2017年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)は「財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用」を検討するとしていた4。「新たな社会保険方式」とは、当時、自民党の小泉進次郎衆院議員らが提唱していた「こども保険」を念頭に置いたものである5。こども保険は、労使が支払う厚生年金や、自営業者らが納める国民年金の保険料に上乗せして新たな保険料を徴収し、待機児童対策や幼児教育無償化に充てる、という案だ。子どもに特化した財源を確保できる一方で、負担が現役世代に限られることから批判もあった。

因みに日本経済団体連合会(経団連)は、こども保険に関して、負担が企業と現役世代に限られることなどを理由に「著しくバランスを欠いている」と厳しく批判し、子育て支援政策は税財源で実施すべきだと主張していた6

当時、自民党内には「教育国債」を発行する案もあったが7、将来世代への負担のつけ回しになるという慎重論が強く、骨太の方針には明記されなかった。その他、財務省からは児童手当の所得制限を超える高所得者に支払われている「特例給付」を廃止する案が出されていた8

同年秋、安倍首相は、消費増税による増収分の使途を予定より変更し、幼児教育無償化や待機児童対策を含む2兆円の経済政策に充てることを掲げて衆議院を解散し、総選挙で与党を圧勝に導いた。しかし、2兆円の経済政策のうち消費増税分で賄えるのは1.7兆円にとどまったため、不足分の3,000億円を企業が支払う拠出金に頼ることにしたのである。

投開票から5日後の同年10月27日、安倍首相は、首相官邸で開かれた「人生100年時代構想会議」の席上、議員を務めていた経団連の榊原定征会長を前に「産業界におかれても3,000億円程度の拠出をお願いしたく、具体的な検討を頂きたい」と述べ、子ども・子育て拠出金の引き上げを直接要請した9。榊原会長は会議終了後、早速、記者団に対して「従業員が活用できる保育所であれば応分の協力はすべきだろう」と述べ、前向きな姿勢を示した10。それまで、子ども・子育て支援法に関する重要事項を審議する「子ども・子育て会議」でも、この案が議論されたことはなかった。

この動きに対し、小泉衆院議員は「党でまったく議論していない」「経済界は政治の下請けか」と反発したが、同調意見は広がらず11、政府は12月8日、拠出金引き上げを盛り込んだ2兆円の経済政策パッケージを閣議決定した。この中で「社会全体で子育て世代を支援する方向性の中で、経済界にも応分の負担を求めることが適当」と明記された。

この急転直下の決定に異を唱えたのが中小企業側である。構想会議の議員に入っていなかった日本商工会議所(日商)の三村明夫会頭は、榊原会長が前向きな姿勢を示した約1週間後の11月2日の記者会見で「これまで教育国債やこども保険が議論されてきたが、事業者負担に統一されたのか」と疑問を呈した12。日商はその後の自民党によるヒアリングで、拠出金のうち6割弱は中小企業が負担していることを挙げて「中小企業の労働分配率は70%超、小規模企業は80%超であることから、支払余力は高くない」などと懸念を表明し、子育て支援は、安定的な財源確保のためにも税で賄うべきだと表明した13

全国商工会連合会など他の中小企業団体も、12月20日に開かれた内閣府との話し合いの場で「賃上げへの対応に加え、増え続ける社会保険料が経営上大きな負担となっている」などと訴えた14。しかし、すでに方針が閣議決定されていたこともあり、内閣府側は中小企業対策を講じる姿勢を示して理解を求めた。結局、企業がどこまで責任を持つべきか、という点に関する十分な議論がないまま、拠出金の引き上げが決まった。
 
4 2017年5月23日に、自民党の茂木敏充政調会長が委員長を務める「人生100年時代の制度設計特命委員会」が発表した中間とりまとめには、拠出金も財源確保の方策の一つとして挙げられていたが、政府の骨太の方針には盛り込まれなかった。
5 日本経済新聞 2017年6月10日朝刊など。
6 経団連「子育て支援策等の財源に関する基本的考え方」(2017年4月27日)
7 自民党教育再生実行本部「第八次提言」など。
8 財政制度等審議会財政制度分科会(2017年4月20日)資料より。
9「第2回 人生100年時代構想会議」(2017年10月27日)議事録より。
10 朝日新聞 2017年10月28日 朝刊。榊原会長は次の構想会議で、拠出金引き上げに協力する意向を正式に政府に伝え、その代わりに労働保険料率の引き下げなど負担軽減策を求めた。実際に政府は、労災保険の3年に1度の保険料率見直しで、今年4月から平均0.02%引き下げる方針を決めた。これにより、企業負担は年512億円軽減される見込みである。ただし、労災保険料は、労災保険事業の財政の均衡を保つことができるように決定するものであり、拠出金引き上げとは直接関係ない。
11 日本経済新聞 2017年11月2日朝刊、同12月4日朝刊
12 毎日新聞 2017年11月3日朝刊 
13 日本商工会議所「事業主拠出金の料率引き上げに対する日本商工会議所の考え方」より。
14 内閣府「12月20日(水)の会議」議事内容より。
2|政策決定プロセスに関する分析
上述の経過について、図表1でみた財源の選択肢に照らし合わせて再度、確認したい。主な財源である①社会保険料、②公費(税と公債)、③拠出金、④利用者負担のうち、2017年6月の骨太の方針の段階で挙がっていたのは①社会保険料と②公費、そして①~④以外の「財政の効率化」であった。①社会保険料は、こども保険を想定したもので、実施すれば企業や現役世代が新たな負担を負うことになる。②は消費税が考えられるが、国民全体が新たな負担を負うことになる。①~④以外の「財政の効率化」の一つは、財務省が検討していた特例給付の廃止であるが、高所得者の負担が増えることになる。

昨年10月の衆院選以降に政府が選択したのは、消費増税による増収分を活用することであった。見かけ上は②を選択したと言えるが、新たに税を引き上げるのではなく、既に決定していた消費増税のうち、借金返済に回す予定だった部分を使途変更して活用しているため、国民に対する負担増は避けられた。ただし、借金返済は将来世代に先送りされた。現役世代に新たな負担を負わせる①こども保険は回避された。幼児教育無償化を謳っているため、④利用者負担を引き上げるという方法は、終始、選択肢の外であった。以上の結果、不足分を埋めるために浮かんだのが、骨太の方針では挙がっていなかった③拠出金の引き上げだった。これによって財源のめどがついたため、財務省が廃止を検討していた特例給付は当面、存続することになった15。最終的に、待機児童対策を実行するために新たな負担を強いられるのは、現時点においては③拠出金を支払う企業だけのように見える。
 
15 2017年11月26日 産経新聞朝刊
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「子ども・子育て拠出金」引き上げによって負担が増えるのは誰か~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~のレポート Topへ