2018年03月09日

欧州経済見通し-裾野広がるユーロ圏の景気拡大/英国EU離脱まで1年-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2.英国EU離脱まで1年

( 低成長と高インフレ基調変わらず、BOEは5月にも追加利上げへ )
19年3月にEU離脱を控える英国はマイルドな成長鈍化と高インフレに直面している。

10~12月期の実質GDPは前期比0.4%、前期比年率1.6%で、7~9月期の同0.5%、同2.0%から減速した。17年年間では前年比1.7%で、14年の3.1%をピークに3年連続で成長率が前年を下回った。個人消費の伸びは弱く、固定資本投資の伸びも盛り上がりに欠ける(図表1)。

個人消費の伸びは、離脱決定のショックが引き起こした高インフレ(図表2)、固定資本投資は、EU離脱を控えた不透明感によって、抑えられている。インフレ率は、中央銀行のイングランド銀行(BOE)が目標とする2%を上回る水準での推移が続いており、18年1月も前年同月比3.0%だった。インフレ高進の引き金となったポンド相場は、EU離脱関連の材料に反応し難くなっており、足もとは利上げ観測から、対ドルでのポンド高基調に転じているが(図表3)、コスト上昇の価格転嫁の動きは続いている。

離脱を控えて、内需の動きが鈍い状況は変わり難い。18年の実質GDPは前年比1.4%、インフレ率は同2.8%と予測する。
図表1 英国実質GDP/図表2 英国のインフレ率と賃金上昇率
図表3 ポンドの対ドル相場の推移/図表4 BOE「インフレ報告」のインフレ予測
BOEは11月の金融政策委員会(MPC)でおよそ10年ぶりの利上げを決めた(0.25%→0.5%)。目標を上回るインフレが長期化するとの見通しに加えて、世界金融危機以降の生産性の伸び悩みで潜在成長率が1.5%程度まで低下し、新たな、より低い「スピードリミット(制限速度)」に達しているとの認識に基づく判断である。BOEは、2月のMPCの判断の叩き台となった「インフレ報告」で、2020年までに追加で2回の利上げが必要との認識を示した(図表4)。インフレ目標の早期達成のために、次の「インフレ報告」の発行が予定される5月にも追加利上げを実施する見通しだ。
( 離脱関連では3月22~23日のEU首脳会議が当面の山場 )
英国の離脱の期日となる英国時間19年3月29日23時であり、EU離脱まで残すところ1年余りとなった。

英国のEUは、離脱による激変を緩和するために、一定期間(EU側のガイドラインでは2020年末まで)の移行期間を設ける方向で大枠は一致しているが、決定は3月22日~23日の首脳会議となる見通しだ。

移行期間については、3月の首脳会議での合意は、金融業などが離脱対応計画の一部を実行に移すかどうかのデッドラインと言われており、秩序立った離脱実現の当面の山場となる。
( 将来の関係でも双方の立場に隔たり、協議も難航が予想 )
移行期間終了後のEUとの将来の関係について、メイ首相は3月2日の演説で、EUの単一市場からも関税同盟からも、欧州司法裁判所(ECJ)の管轄権からも離脱し、新たなFTAを締結する方針を改めて表明した。

財については「可能な限り摩擦のない取引」の継続、つまり、関税や数量割り当てを導入しない、基準を相互承認し、監視のための独立機関を作るなどの方針を示し、化学や医薬品、航空産業などは「EU機関の準加盟国として参加し、一定の金銭的拠出も行う」として、規制の調和を継続する方針にも踏み込んだ。

メイ政権は、サービス取引についても幅広く新たに締結するFTAに盛り込みたいとの意向を示した。英国の主力産業であり、離脱の影響が大きいとされる金融業は、EUの規制に一方的に従わざるを得なくなることから、圏内で自由にサービス提供できる「単一パスポート」は求めず、相互の合意に基づく枠組みを構築することを要望した。

メイ首相の演説に先立つ2月26日、最大野党・労働党のコービン党首が演説を行い、離脱後の関係として「関税同盟」が望ましいとの立場を表明したが、メイ首相は、対外関税の決定や通商政策の交渉の権限を取り戻せないという理由から「関税同盟」を否定した。替わりに「関税協定」を締結し、IT技術も活用して物流の円滑化を図ることや中小企業を例外扱いとすることで、北アイルランドとアイルランドの間に厳格な国境を設けないことは可能との見方を示した。

EU首脳会議のトゥスク議長は、3月7日、22日~23日の首脳会議での採択するための英国とEUの将来の関係の協議に関するガイドラインの案をEU27カ国に送付した。メイ政権が要望する部分的な単一市場残留や、FTAにサービス業を盛り込むことには否定的である。

英国政府とEUの立場の隔たりは大きく、将来関係の協議も難航が予想される。
( 政権基盤の弱さも加わり、想定されるシナリオは様々 )
2月末に筆者がヒアリングしたロンドンの専門家も、英国のEU離脱については、様々なシナリオが想定でき、極めて不確実という見方だった。

メイ政権の基盤が弱く、何とか戦略を纏め上げたとしても、実行しきれないと見られることも、先行きを著しく不透明にしている。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2018年03月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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