医療・ヘルスケア
2019年01月11日

遺伝子検査って何?どう役にたつの?-急激に下がった解析コスト ゲノムの全容解明が進行中-

松岡 博司

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1――はじめに

2013年に米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーさんが、遺伝子検査の結果、乳ガンを発症する可能性が高いと判定され、発症のリスクを避けるために両方の乳腺を切除したことは、世界中に大きな衝撃をもたらしました。

その後、急速に遺伝子検査が身近なものになってきました。テレビや雑誌で「遺伝子検査」の広告を見る機会もあります。遺伝子検査とはどんなもので、これからの医療にどのような影響を与えるのでしょうか。

なお「遺伝子検査」という用語は専門的には、「遺伝学的検査」と「遺伝子検査」という用語が使い分けられていますが、本レポートでは「遺伝子検査」という用語で一本化して使用します。

2――遺伝、DNA、遺伝子、ゲノム  まず、関連用語を確認しておきましょう。

○遺伝
顔がそっくり、目や髪の色がいっしょなど、姿形、体質その他の形質が親から子へと引き継がれることを遺伝と呼びます。大まかに言うと、遺伝は細胞の中にある遺伝情報が親から子へ受け継がれることによって起こります。遺伝情報を媒介しているのが遺伝子です。
 
○DNA
人間の体は37兆とも言われる膨大な数の細胞でできています。その1つ1つに核があり、核の中に染色体があります。染色体は細かく複雑に折り畳まれたDNAとたんぱく質でできています。DNAは、リン酸のひも2本がそれぞれの節々から出した塩基の手をつないで縄ばしごのようになりながら、らせん状の形態をなしているものです。塩基には、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という4 種類があり、AにはTがつながり、GにはCがつながる、という2通りの組みあわせでしか結合しません(これを対と言います)。ヒトのDNAにはこの塩基対が全部で約30億個あります。

○遺伝子
DNA上の塩基の配列のところどころに「遺伝情報」が書かれています。「遺伝情報」とは「背を伸ばす」とか「二重まぶた」等、そのヒトをつくる設計図のような情報のことです。対になった塩基の並び方によって「遺伝情報」が表現されます。その「遺伝情報」の 1 つ1つの基本単位を「遺伝子」と呼んでいます。ヒトのDNAの中には遺伝子が約2万数千種あると推定されていますが、遺伝子ごとに、構成する塩基配列の長さは、数百塩基~数十万塩基と、かなり異なっています。
 
○ゲノム
ある生物の「遺伝情報の全体」をゲノムと呼びます。ゲノムは「生物を形成・維持するのに必要な最小限の遺伝情報」です。ゲノムは、生まれてから成長し子孫を残して死ぬまでの様々な状況に必要な生命の設計図、仕様書です。遺伝子は特定の機能を持つ部品とその指令書と言えます。

3――ゲノムの解析が進んでいます

ヒトのゲノムの全てを解析しようという「ヒトゲノム計画」は、1990年に開始され、2003年に完了しました。これにより、ゲノムのどこにどのような遺伝子があるかを示す大まかな地図が作成されました。ただし解析したと言っても、まだDNA上の4種類の塩基の並び方(配列)を読み取ったにすぎません。現在、その配列が意味する情報の内容を読み解こうとする研究が続けられています。

ある特定の遺伝子に異常がある場合にある特定の病気を発症しやすいといったことが判明した事例も少なからず出てきました。
図表1 文部科学省「一家に1枚ヒトゲノムマップ」より

4――遺伝子検査の概要

以前はゲノムを調べるには莫大なコストがかかったものでしたが、テクノロジーが進歩し、今ではかつての100万分の1程度にまで遺伝子検査のコストが下がったといわれます。ゲノム、遺伝子の構造を低コストで解析することが可能となり、「私のゲノムを解析してもらう」といったようなことが自然に行われ身近なものとなる時代が近づいてきています。
図表2 ゲノム解析コストは低下の一途
遺伝子検査は、ゲノム・遺伝子の構成(DNAの塩基対の順序)を解析して、特定の遺伝子に何らかの変異が起こっていないかを確かめたり、その人の体質や特定の病気(遺伝性疾患等)へのかかりやすさ(発症リスク)を解析したりする検査です。

遺伝子検査では血液を使用することが一般的です。しかし、体の全ての細胞は共通の遺伝子の構成を持っていますので、口腔粘膜(綿棒で頬の内側を軽くこすって採取)、皮膚、髪の毛の毛根、爪、唾液(に含まれる口腔上皮細胞)などでも検査は可能です。

後述しますが、がん細胞などで、後天的に起こった、次世代に受け継がれることのない遺伝子変異の検査は、手術などの際に採取された組織を用いて行われます。

また近年、医療とは関係なくインターネットや郵便を通してサービス事業者に体質、能力等についての評価を依頼する、いわゆる「遺伝子検査ビジネス」が登場してきていますが、そのような検査では、唾液の採取や口の中の粘膜を少しこすって採取するといった簡単な方法を用いて自分で採取を行う形が取られています。

なお医療現場では、網羅的に全遺伝子を調べるということはあまりなく、発症した症状に応じて、どの遺伝子に異常があるのではないかとの推測をした上で、特定の1つないし複数の遺伝子のみについて狙いを定めた解析が行われることが通例のようです。

5――現状、医療現場で行われている遺伝子検査の分類

1|実施例が多いのは、病原体の遺伝子検査と変異を起こした体細胞の遺伝子検査
 図表3のグラフは、櫻井晃洋著『そうなんだ!遺伝子検査と病気の疑問』から抜粋して掲載させていただいています。これは2010年の衛生検査所における遺伝子検査の実施件数を、その目的別に見て、構成比をまとめたものです。2010年と、時点は古いですが、遺伝子検査の現状がよくわかります。

これによると、実施件数が圧倒的に多いのは感染症の細菌等の病原体を対象とする遺伝子検査で、全体件数の94%を占めていることがわかります。次が白血病やがんを発症した患者の病変部の遺伝子検査で、診断を確定するために行われるものです。白血病とがんをあわせて5%を占めています。

前項までに説明してきたような、ゲノム・遺伝子の構造解析を通じて将来の病気発症リスクの予測等を行うような遺伝子検査は現在の所、医療現場ではほとんど行われていないようです。
図表3 日本における遺伝子検査実施数の構成比(2010年)
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松岡 博司

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