2018年02月27日

税制改正がもたらす国保財政の悪化-税制と社会保険料の整合的な議論を

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

関西学院大学経済学部 教授 上村 敏之

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1――はじめに~税制改正がもたらす国保財政の悪化~

政府・与党が昨年末に決定した税制改正が今後、農林水産業従事者や自営業者を主な対象として想定している国民健康保険制度1の財政悪化をもたらす可能性がある。具体的には、個人所得課税改革の一環として、個人住民税の基礎控除を引き上げることが盛り込まれたが、これによって国民健康保険に加入する農林水産業従事者や自営業者の保険料を算定する際のベースとなる所得が減り、市町村から見ると、国民健康保険の保険料の減収に繋がる可能性がある。

被保険者の立場からは、保険料の負担減少は一種の「福音」かもしれない。しかしながら、国民健康保険財政が恒常的な赤字であることを考えると、財源対策としての減収補てんが必要であり、税制改正が実施される2021年度までの間に、国や自治体は対応策を検討する必要がある。

本レポートでは、個人住民税の基礎控除の引き上げが国民健康保険料の減収に繋がる経路を解説するとともに、市町村にとっての大まかな減収の試算、この減収を補てんする際の方法論として4つの可能性を提示する。

さらに、今回の一件は税制と社会保険料が整合的、統合的に議論されていない構造的な問題が顕在化したという見方も可能である。税制と社会保険料は相互に絡み合っており、本来は一体的な見直しが必要だが、現在は政策形成プロセスでバラバラに論じられているため、今回の制度改正のように相互に調整が取れないケースが生まれやすい。

そこで、本レポートでは税制と社会保障の議論を調整・統合しつつ、国民負担の在り方を整合的に話し合う重要性も指摘する。
 
1 国民健康保険制度については、都道府県や市町村が運営する制度に加えて、医師や弁護士などを対象とした特別国民健康保険組合があるが、ここでは前者について論じる。
 

2――税制改正が国民健康保険料の減収に繋がる経路

2――税制改正が国民健康保険料の減収に繋がる経路

1|税制改正に盛り込まれた基礎控除の引き上げ
まず、2018年度税制改正の内容を見る。給与所得者(一般的なサラリーマン)の場合、通常は以下のプロセスを経て所得税の税額が算出される。

(1) 給与収入から給与所得控除を差し引き、給与所得を計算。
(2) (1)から基礎控除、各種の所得控除を差し引いた課税所得を計算。
(3) (2)に累進税率を適用することで、所得税の算出税額を計算。

所得税の基礎控除は38万円だが、今年の通常国会に提出されている法律が通ると、高額所得者でなければ10万円の引き上げとなり、48万円となる2。農林水産業従事者や自営業者など事業所得者の場合、給与所得控除が適用されないため、10万円の基礎控除の引き上げによって減税となる。

基礎控除の引き上げは国税の所得税だけではなく、地方税の個人住民税も対象になる。個人住民税の基礎控除は33万円だが、所得税と同様に10万円の引き上げとなり、43万円となる。

なお、今年の通常国会に提出されている法律が通ると、この制度改正は所得税で2020年度、個人住民税で2021年度から適用される。
 
2 ただし、給与所得者や年金所得者については、給与所得控除や公的年金等控除が10万円だけ減額となるため、差し引きゼロで税負担は増えない。しかし、こちらも高額所得者は除く。
2|税制改正の理由
では、こうした税制改正はなぜ行われたのであろうか。与党が昨年末に公表した「税制改正大綱」では、その目的として雇用形態の多様化への対応を挙げている。具体的には、フリーランスなど働き方が多様化している点を引き合いに出しつつ、「様々な形で働く人をあまねく応援し、『働き方改革』を後押しする観点から、特定の収入にのみ適用される給与所得控除や公的年金等控除から、どのような所得にでも適用される基礎控除に、負担調整の比率を移していくことが必要」と指摘している。

少し補足すると、いわゆるサラリーマンの場合、実際にどれだけの経費がかかったのか関係なく給与所得控除が差し引かれるが、フリーランス的に働いている人は給与所得控除を受けられず、平等な取り扱いとは言えない。そこで、雇用形態や働き方などで不平等さが発生しないように、個人所得課税に関する控除が見直されたわけだ。

こうして考えると、今回の税制改正は雇用形態の多様化に対応するための改革と言えるが、社会保険財政にもたらす影響を考慮していない側面がある。
3|基礎控除の引き上げがもたらす国保の保険料負担の減少
問題は個人住民税の基礎控除の引き上げが国民健康保険の財政に与える影響である。国民健康保険の保険料3は所得の水準に課す「所得割」、固定資産に応じた「資産割」、世帯ごとの「均等割」、世帯の被保険者数に応じた「平等割」の4つの方式があり、4つを組み合わせる「4方式」、資産割を除く3つを用いる「3方式」、所得割と均等割を用いる「2方式」を市町村の判断で選択できる。今回の税制改正は所得割の保険料負担に影響する。

具体的には、所得割を課す所得の算定に際して、収入額から個人住民税の基礎控除を差し引いた「旧ただし書き所得」4をほとんど全ての市町村が採用しており、基礎控除が10万円引き上げられると、旧ただし書き所得が減り、国民健康保険の保険料負担が減ることになる(市町村にとっては保険料収入の減少)。
図1:税制改正が国民健康保険の保険料賦課に与える影響
その際、国民健康保険に加入する全ての被保険者の保険料負担が減るわけではない。図1の通り、給与所得者、年金所得者については、給与所得控除と公的年金等控除が10万円引き下げられるため、基礎控除10万円引き上げの影響を打ち消す格好となり、旧ただし書き所得は変わらない。

これに対し、事業所得を得ている農林水産業従事者や自営業者らの場合、給与所得控除引き下げの影響を受けないため、基礎控除が10万円引き上げられた分、旧ただし書き所得がそのまま減少し、市町村にとっての保険料収入が減る。

こうした保険料負担の軽減は被保険者にとって「福音」かもしれないが、毎年3,500~4,000億円程度の赤字を計上している国民健康保険の厳しい財政状況を考えると、その影響は看過できない。以下、市町村にとって保険料収入がどれだけ減るか試算してみよう。
 
 
3 国民健康保険の場合、「保険税」として徴収することが認められており、9割近くの市町村が保険税を採用している。保険料の場合、市町村は滞納から2年経つと徴収できなくなるが、保険税の場合は5年も時効期間が続くなどの違いがあるため、市町村から見ると「保険税」の方が有利な面がある。しかし、ここでは原則として「保険料」の表記で統一する。
4 「旧ただし書き所得」とは、旧地方税法における個人住民税の課税方式に関する条文のただし書きに規定されていた所得である。現在の個人住民税では、旧ただし書き所得による課税方式は採用されていないが、国民健康保険の保険料の所得割額を計算するため広く使われている。
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

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