2018年02月27日

“QOD”高める在宅医療を!-幸せな最期を迎えるための「看取り図」 

土堤内 昭雄

文字サイズ

3―保健医療のパラダイムシフト

1|「キュア」から「ケア」へ
戦後、日本人の平均寿命が大きく延びた背景には、医療の進歩と保健衛生状態の改善がある。それにより乳幼児の死亡率が大幅に低下し、成人の病気・ケガによる死亡率も低減した。また、日本は医療の国民皆保険制度を導入し、多くの人が良質の医療サービスを享受してきた結果、世界有数の長寿国になった。2000年には高齢化の進展に伴い、40歳以上を被保険者とする公的介護保険制度も導入された。高齢化による介護ニーズは一部の高齢者の問題ではなく、日本社会の普遍的な課題になったからだ。

高齢社会において求められる医療の役割も変化し、急性期医療の需要に対して慢性期医療の比重が高まっている。高齢社会では、高度医療を担う大学病院等の特定機能病院などの大病院だけではなく、高齢者の慢性疾患にきめ細かく対処する「かかりつけ医」や在宅診療などを行う地域医療機関の役割が非常に重要だ。最近では、高度医療機関が地域医療機関と適切な役割分担をし、円滑に本来の機能を果たすために、大病院の受診には「かかりつけ医」の紹介状が必要になっている。

平成27年6月、厚生労働省は『保健医療2035提言書』を出し、2035年までに必要な保健医療のパラダイムシフトのひとつとして、『キュア中心からケア中心へ』を挙げている。そこには『疾病の治癒と生命維持を主目的とする「キュア中心」の時代から、慢性疾患や一定の支障を抱えても生活の質を維持・向上させ、身体的のみならず精神的・社会的な意味も含めた健康を保つことを目指す「ケア中心」の時代への転換』を図ることが掲げられている。
2|求められる在宅医療の充実
高齢社会をだれもが幸せに過ごし、望むような最期を迎えるためには、在宅医療の充実が重要だ。ただ、在宅医療は最期を看取るためだけのものではない。例えば手術後に退院して自宅で療養を続けるためには在宅医療が不可欠だ。高齢者の場合は、若い人の急性期医療とは異なり、手術後の体力の衰えから他の部位の機能低下が著しく進行することもある。急性期医療の対応だけに留まらず、術後の「看護と介護」の体制を一人ひとりの状況に合わせて構築する必要があるのだ。

加齢に伴い通院が困難になる高齢者も多い。在宅医療は高齢者自身はもちろん家族など介護者の負担を大きく軽減できる。高齢者は複数の疾患を抱えていることも多く、在宅医療と通院を組み合わせることも有効だ。しかし、在宅医療の拠点となる24時間体制で訪問診療を行う「在宅療養支援診療所」は全国に約1万4千か所あるものの、存在はあまり知られていない。チーム医療である在宅医療は、医療と看護、介護の連携が重要だが、中心となる訪問看護師は看護師全体の3%程度に過ぎない。

在宅医療は長寿時代のQODの向上とともに医療費の削減にもつながる。高齢者医療費の削減は、ふくらみ続ける社会保障費の抑制のために避けて通れない課題だが、それが高齢者のQODの低下を招いたり、人生の「逝き方」の選択肢を狭めたりしてはならない。終末期医療には高齢者自身や家族の幸せな最期を支援するという視点が欠かせない。人生の最終段階には、病気やケガを「治す医療」だけでなく、緩和ケアなども含めたQOLの回復を図る「支える医療」が何よりも重要だ。
 

おわりに~幸せな最期を迎えるための「看取り図」

おわりに~幸せな最期を迎えるための「看取り図」

平均寿命が延びる一方、健康寿命との差は広がり、長寿化時代の高齢者の要介護期間は長くなり、高齢者にとって「死」に至る介護のプロセスはより切実な問題になった。高齢社会では老々介護も増え、身近な家族の死に遭遇する機会もある。高齢者が現実感の強い死に直面することで、長寿時代の人生の幸せな「逝き方」を考えることにつながる。

特に終末期医療のあり方は、どのように死を迎えるのかというQOD(死の質)を規定し、人生最期のQOL(生活の質)に大きな影響を与える。最期を迎える場所を医療機関、介護施設、在宅のいずれにするのか、延命治療をどこまで行うのかなど、一人ひとりの選択肢は異なる。認知症患者が増加し、どのように自らの死を迎えたいかという意思をどのように伝えるのかも大きな課題だ。

医療の目的は、人間を総体としてより良い状態に回復させることであり、個別の検査結果に基づき対症療法を重ねることではない。医療が発展した現在、終末期医療は人工呼吸器の装着など延命治療である場合も多い。人生の看取りに大切なことは、本人や家族が望む最期をサポートすることであり、すべての医療行為を受け容れることが、本人や家族にとって常に最善の選択とは限らない。

厚生労働省の『人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書』(平成26年3月)によると、「認知症が進行し、身の回りの手助けが必要で、かなり衰弱が進んできた場合」の希望する治療方針は、7割以上の人が「経鼻栄養」、「胃ろう」、「人工呼吸器」、「心肺蘇生装置」を望まないと回答している。

また、同報告書には、『医療技術の進歩に合わせて人生の最終段階における医療の選択肢も多様化し、自然な死を迎えることを希望する人も多い。医療行為のみに注目するのではなく、最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目し、幅広く医療及びケアの提供について検討していくことに重点を置く』と書かれている。多死社会のQODは、「死」を一時点で捉えるのではなく、どのように自らの「死」に至るのか、そのプロセスが重要であることを意味している。

私たちは単に長く生きたいのではない。幸せに生きて、幸せに逝きたいのだ。そのためには自らのリビングウィル(生前の意思)を明確に示すことが必要だ。寿命が延びて、長い老年期を生きるようになった現在、穏やかで心安らかな人間らしい「最期」とはどのようなことかを考えることが必要だろう。自分らしい「逝き方」であるQODは、自分らしい「生き方」であるQOLと重なる。今、一人ひとりに長寿時代の幸せな最期を迎えるための「看取り図」が求められている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

土堤内 昭雄

研究・専門分野

(2018年02月27日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【“QOD”高める在宅医療を!-幸せな最期を迎えるための「看取り図」 】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

“QOD”高める在宅医療を!-幸せな最期を迎えるための「看取り図」 のレポート Topへ