- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 年金 >
- 企業年金 >
- 「スプレッド」(期待運用収益率‐割引率)の上昇の意味
企業年金の財政状態は、年金資産運用に関する期待収益率や年金債務計算上の割引率をはじめとして、様々な保険数理上の仮定に依存する。そして、この仮定をどのように置くかという点については、一定の制約のもと、経営者裁量の余地が存在する。そうであるならば、経営者が、DB年金の財務健全性や加入者・受給者保護の観点のみならず、それ以外の母体企業の経営上の利害の観点から、保険数理上の諸仮定の操作を通じて、裁量的に企業年金財政に影響を及ぼす行動をとる可能性は排除できない。
この点に関しては、Bergstresser et al. [2006] の論考が有益な示唆を提供している1。彼らは、保険数理上の諸仮定のうち、期待運用収益率の設定という経営者裁量の問題に注目した実証研究を行っている。そもそも、期首の年金資産残高に対して、期待運用収益率を乗じることにより計算される期待運用収益は、退職給付費用のマイナス(減少)項目となる。したがって、その金額が大きく見積もられた場合には、退職給付費用が小さくなり、企業損益を増加させる。Bergstresser et al. [2006] が行った米国企業を対象にした実証研究の結果によれば、経営者は、自社がM&Aの準備に入っているような場合に、年金資産運用に関する期待収益率を高く設定する傾向があることを実証的に示している。すなわち、母体企業の投資戦略が年金会計上の諸仮定を通じて企業年金財政の見積値に影響を与えることになる。
1 D. Bergstresser、 M. Desai、 and J. Rauh、 Earnings Manipulation、 Pension Assumptions、 and Managerial Investment Decisions、 Quarterly Journal of Economics 121(1)、 pp.157-198、 2006.
図表は、2001年3月期決算(2000年度)から2017年3月期決算(2016年度)までの17年間の「スプレッド」の平均値の推移を示している。これによれば、特に企業ごとに計算された「スプレッド」の年度ごとの平均値は、2012年度以降、急激に上昇していることが分かる。もちろん、これは、単純に、アベノミクスの影響を反映しているのかもしれない。つまり、低金利(ゼロ金利)環境下において割引率が低下傾向にあるなか、その一方で、アベノミクスによる国内株式相場の上昇により、期待運用収益率を高めに設定する企業が増えているのかもしれない。その結果、「期待運用収益率-割引率」で計算される「スプレッド」が大幅に上昇しているという解釈である。とはいえ、標準偏差も上昇していることから、企業間で期待運用収益率の設定方針の差異が拡大しているという解釈も可能である。もちろん、「スプレッド」が、母体企業の経営者による年金資産運用のリスクテイクの程度を素直にとらえているわけではないという可能性も十分にある。これらのことから、保険数理上の諸仮定の操作を通じて、裁量的に企業年金財政に影響を及ぼす行動がとられる可能性を排除できない以上、例えば、「スプレッド」のような指標の動きから、何らかの興味深い示唆を得ることができるかもしれない。
2 米澤康博、大野早苗ほか著、『マイナス金利と年金運用』金融財政事情研究会、2017年。なお、分析で用いたサンプルは、1.各年度3月決算企業、2.決算月数12か月、3.東証による業種33中分類のうち、「銀行、保険、証券等、その他金融、その他」を除く一般事業会社、という条件をみたす全ての日本の上場企業である。こうした条件をみたすサンプルから、各種の退職給付関連データが入手可能である企業をセレクションする。検証期間は最大2001年3月期決算(2000年度)から2017年3月期決算(2016年度)までの17年間である。
このレポートの関連カテゴリ
東京理科大学経営学部
柳瀬 典由
研究・専門分野
(2018年02月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年04月19日
しぶといドル高圧力、一体いつまで続くのか?~マーケット・カルテ5月号 -
2024年04月19日
年金将来見通しの経済前提は、内閣府3シナリオにゼロ成長を追加-2024年夏に公表される将来見通しへの影響 -
2024年04月19日
パワーカップル世帯の動向-2023年で40万世帯、10年で2倍へ増加、子育て世帯が6割 -
2024年04月19日
消費者物価(全国24年3月)-コアCPIは24年度半ばまで2%台後半の伸びが続く見通し -
2024年04月19日
ふるさと納税のデフォルト使途-ふるさと納税の使途は誰が選択しているのか?
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
-
2023年07月03日
News Release
【「スプレッド」(期待運用収益率‐割引率)の上昇の意味】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
「スプレッド」(期待運用収益率‐割引率)の上昇の意味のレポート Topへ