2018年01月23日

病床削減に向けて県の権限は強まるか?-非稼働病床を中心に今後の方向性を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――非稼働病床を巡る動向

1|非稼働病床を見直す意味合い
しかし、いくら財政当局のプレッシャーが強まったとしても、民間医療機関に対する都道府県の強制力は限定的である上、都道府県主導の病床削減に対する医師会の警戒心も強く、都道府県が権限を行使するのは極めて難しい。

さらに、医療機関の存廃問題や病床削減は地域の政治問題になりやすい。例えば、地域における医師不足が顕在化した2007~2009年頃、地域住民、地方議会も加わり、病床の閉鎖問題が全国各地で政治問題となり、地域の分断を招いた経緯がある。

こうした状況では、都道府県が権限を行使できる公的医療機関の場合であっても、医療機関の経営や雇用、患者の行動地域、住民の感情などに影響を与えるリスクを考えると、都道府県として及び腰になるのは当然であり、都道府県の権限行使は一種の「劇薬」と言える。

しかし、非稼働病床の場合、都道府県が権限を行使したとしても、医療機関の経営や入院患者の動向に与える影響は軽微にとどまる可能性が高く、手を付けやすいという判断が生まれる可能性がある。

実際、非稼動病床を放置することは問題である。例えば、都道府県から病床開設の許可を取っているのに、病床を長期間稼働させていないのであれば、それは非効率な病床が維持されていることを意味する。しかも地域で病床数に上限規制がかかっている中で、非稼動病床が多くなると、その分だけ病床の新設・増設を希望する医療機関が参入する可能性を制限していることになり、資源分配を損ねる。

さらに、医師や看護師などを確保して非稼動病床を再び動かした場合、地域における病床機能の分布が変化し、場合によっては過剰とされている病床機能の過剰感が増す危険性もあり、地域医療構想に基づく調整や合意形成のプロセスに影響が出かねない。このため、非稼働病床に対して都道府県が権限を行使することに一定の合理性はあると言える。
2|非稼働病床に関する都道府県の対応
実は、地域医療構想の策定時点で、ごく少数の県が権限行使の一例として非稼働病床の対策を挙げていた。主な中身は表3の通りであり、このうち青森県は2014年度現在の非稼働病床数を1,086床とした上で、その解消に乗り出す考えを示していた。

さらに、三重県は県独自の取り組みとして、県内病院における未稼働病床の対策を進めると定めた。具体的には、ヒアリングなどを通じて実態調査を図るとともに、(1)未稼働病床数を病棟単位で把握する、(2)病床利用率が70%を下回っている病棟は整理の対象とする、(3)構想区域で不足している医療機能へ転換するなど、具体的な再稼働の予定がある場合、調整会議の検討対象とする、(4)(3)に該当しない場合、一定の計算式に基づき整理する病床数を算出―といった方針を地域医療構想に盛り込んでおり、整理対象となる未稼働病床数を547床と試算していた。
表3:地域医療構想における非稼動病床に関する言及
先に触れた通り、全体的な傾向としては権限行使に消極的だったが、三重県が「稼働している病床に極力手をつけず、2025年における病床数に近づけることが期待できる」と指摘していることから考えると、影響度が小さい非稼働病床は議論しやすいという判断があったのだろう。実際、昨年9月末時点での厚生労働省の集計によると、全国341構想区域のうち、非稼動病床は299区域にあり、そのうち34区域で非稼動病床の取り扱いを議論したという13

こうした国、都道府県の動向から考えると、非稼働病床の取り扱いから都道府県の権限行使が浮上する可能性があり、今後の動向が注目される。
 
13 2017年12月13日第10回地域医療構想に関するワーキンググループ資料。
 

5――おわりに~合意形成の優先を~

5――おわりに~合意形成の優先を~

医療法の勧告に従わなかったからという理由で、健康保険法で不利益に扱う制度は江戸のかたきを長崎で討つ仕組みだ―。これは医療法改正に関する国会審議に際して、行政法の専門家である阿部泰隆神戸大学教授(当時)が述べた発言である14。つまり、医療計画の策定を医療法で策定するよう都道府県に義務付けているのに、その実効性は健康保険法で担保している様子について、「江戸(医療法)のかたきを長崎(健康保険法)で討っている」と皮肉ったのである。

もちろん、これは当時の政策立案者にとって百も承知の指摘であっただろう15。言い換えると、それだけ医療提供体制に対する都道府県の権限は弱く、いくら財政的な理由で病床を削る必要があったとしても、都道府県が一方的に権限を行使することは制度的に難しいと言わざるを得ない。

この点は地域医療構想も同様である。だからこそ合意形成をベースとした地域医療構想が制度化されたわけであり、たとえ非稼働病床だったとしても、都道府県の権限行使は慎重であるべきである。非稼動病床を放置するのは地域の資源分配をゆがめる危険性があり、是正する必要があるが、「劇薬」と言うべき都道府県の権限行使は最小限にしつつ、まずは医療機関などの関係者を含めた合意形成を重視することに期待したい。
 
14 1998年4月14日第142回国会衆議院厚生委員会。
15 医療計画制度が導入された当初、規制の根拠は法律ではなく、通知だった。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年01月23日「基礎研レポート」)

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