2018年01月15日

中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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5――公的医療保険の収支状況・財政構造

中国の医療保険の財政(基金)は、管轄している各地域で、制度ごとに管理されている。しかし、‘地域’ごとの収支は公表されていないため、ここでは、‘制度’ごとの収支を確認する。加えて、中央(国)・地方財政による医療保険基金への支出から、財政負担の推移を確認する。

まず、制度ごとにみた医療保険の収支状況を確認する。都市職工基本医療保険の収入は、保険料、中央(国)・地方政府の財政補填、その他の収入によって構成されている。図表11は各地域で運営される医療保険基金の収入、支出及びその収支残高を全国で合計したものである。2016年の収入を見ると、保険料が全体の95.9%を占めている。保険給付など支出分を保険料でほぼ賄えている状態で、収支は黒字となっている。ただし、収支を全国ではなく、制度を運営する各市単位で見た場合、地域によっては赤字が発生している可能性が高く、財政補填も0.7%拠出されている。また、経済成長の減速、少子高齢化や医療コストの上昇によって、今後、財政補填の増加が見込まれる7

一方、都市・農村住民基本医療保険では、収入のおよそ8割が財政補填で支えられている。保険料収入のみでは制度を支えることができず、財政補填がなければ収支は大幅に赤字となる。保険料が相対的に少額で、給付内容も上掲の都市の就労者を対象とした制度よりも狭いため、基金の規模自体も小さい状態にある。しかし、加入者数は公的医療保険制度全体のおよそ8割にあたる11億人超と多く、財政へのインパクトのみならず、社会全体への影響も大きい。また、高額な医療費の給付をする大病医療保険の財源を兼ねていることからも、今後、中央・地方両方からの財政負担が高まる可能性は高い。

では、中央(国)・地方による財政負担はどのように推移しているのであろうか。中国では、社会保障に関する経費は、その多くが中央から地方への財政移転と、地方政府による管轄地域の経済状況に基づいた補填や財政支出によって運営されている。

医療保険は、農村住民、都市非就労者を対象とした制度において、中央から地方への国庫による財政支出(移転)で多くが占められている。加えて、2011年以降の5年間でもおよそ2倍に膨らんでいる(図表12)。その大きな要因として考えられるのは、2007年以降、都市の非就労者を対象とした医療保険制度の導入地域が順次拡大している点であろう。加えて、その負担額は医療コストの上昇に伴って見直され、増額の一途をたどっている。今後は、これに少子高齢化の影響が加わり、財政への圧力はより一層高まるであろう。
図表11 医療保険ごとの収支状況(2016年)/図表12 地方財政における各社会保険基金・保険への財政支出(国からの財政移転を含む)
 
7 2013~2015年の医療保険制度の収支状況については、拙著「国防費の3倍?-急増する中国の社会保障関係費」(「基礎研レポート」2016年11月24日発行)をご参照ください。
 

6――中国の公的医療保険制度が抱える3つの課題

6――中国の公的医療保険制度が抱える3つの課題

レポートを締めくくるにあたり、以下では筆者が制度の構造や財源等について、課題と考える点につき概要を述べておきたい。

1|高齢化の影響―25%の高齢者が給付の6割を占める
2016年、中国における65歳以上人口の割合(高齢化率)は10.8%である8。中国の高齢化のスピードは日本よりも速い。現在の高齢化社会(高齢化率7%超)から高齢社会(高齢化率14%超)への移行は24年(日本は25年)で達し、2025年あたりには高齢社会に突入すると予測されている。

都市の就労者を対象とした都市職工基本医療保険の被保険者について、在職者と定年退職者に分類してみると、定年退職者の割合は年々増加し、2016年は26.5%を占めた。政府はこれまで自営業者や出稼労働者の加入も認め、加入の増加を政策的に図ってきたが、結果としては、高齢者の増加のスピードが在職者の増加を上回る状態で推移している(図表13)。

重大な影響を及ぼす可能性があるのは、上掲の定年退職者は、基本医療保険の保険料負担がない上、通院・入院時には自己負担割合が在職者よりも大幅に軽減されている点にある9。定年退職者は退職時点で、規定された期間分の保険料を納付している場合、または、不足分がある場合はその保険料を一括納付すれば、現役時代と同様の制度で医療給付を保険料負担なしで受けることができる10。定年退職者の保険料については企業が負担し、企業負担分の保険料についても、基金ではなく、定年退職者の個人口座に積み立てられる仕組みとなっている。

図表14は2013年時点での医療保険基金からの給付について在職者、定年退職者別に示したものである。2013年の都市職工基本医療保険において、被保険者全体の25.3%を占める定年退職者が、医療保険基金からの給付の59.1%を占めている。日本では、退職時点で国民健康保険に移行し、75歳到達後は財源の異なる後期高齢者医療保険制度に移行するシステムとなっている。中国では、このような移行システムが存在しないため、今後、高齢化が更に進めば、現役層と企業が積み立てた医療保険基金への負担が更に増すことになる。
図表13 都市職工基本医療保険における定年退職者の構成比/図表14 都市職工基本医療保険における定年退職者向け給付割合(2013年)
 
8 民生部「2016年社会服務発展統計公報」
9 北京市の定年退職者の場合、自己負担割合は入院・重大疾病などについては在職者の6割程度に設定されている。
10 北京市の場合は、男性は保険料を25年以上、女性は20年以上納付した場合、都市職工基本医療保険で引き続き給付を受けることができる。
2|大病医療保険における支払いリスクの高まり
都市の非就労者・農村住民を対象とし、高額な医療費の給付を目的とした大病医療保険は、2012年以降、全国で順次導入が進んだ。3年後の2015年末時点で加入者数は10億5,000万人に達し、全国31の省・地域で導入されている。引受は大手の保険会社を中心に16社であった(2015年末時点での生保総数は74社)。国はその成果として、導入された大病医療保険のうち、およそ半数が給付限度額を設けておらず、自己負担が平均して従前よりも13.9%軽減されたこと、更に、ノーロス・ノープロフィットの原則に基づいて、収支は赤字となっていない点を挙げている。

大病医療保険の特徴は、保険者と財源にある。制度運営には、地方政府が制度設計に携わるものの、給付といった運営は地方政府と契約した民間の保険会社が行う。また、財源は基本的に都市の非就労者と農村住民の医療保険を積み立てた基金から拠出されることになっている。

このように、大病医療保険は、民間保険会社を保険者とする保険でありながら、公的医療保険制度にも属すという属性もあわせもっており、それゆえ、諸課題も抱えている。大病医療保険は、公的医療保険でもあるため、保険会社は加入対象者の既往症や健康状態にかかわらず、全ての保険契約を引き受けなければならない。更に、導入された大病医療保険のうち、およそ半数が給付限度額を設けていないことからも、一般的な民間で販売される医療保険商品よりも支払リスクが高い点が挙げられる。2015年の大病医療保険の管理基金の保険料収入は、259億元、給付が247億元であり、全体としては赤字にはなっていない。給付額247億元は同年の民間保険の給付額全体のおよそ5%にあたり、事業運営全体に与えるインパクトはまだ小さいといえよう。しかし、今後待ち構える高齢者への給付の増加、投薬や治療の高額化、医療改革にともなう給付範囲の拡大によって、支払いリスクは更に高まる可能性がある。
3|制度間、地域間の受給格差の是正
中国では、2020年の皆保険の実現に向けて、強制加入・任意加入の是非を問わず、まず、全ての国民が加入できる制度の枠組を整えることを第一義としている。その次の課題が、皆保険を目指す過程で発生した制度間、地域間の受給格差の是正である。高齢化や所得など地域間、地域内(都市・農村間)で格差がまだ大きい状況下においては、制度の運営主体の財源もその影響を受けやすい状態にあるからである。

しかし、これまででも、都市・農村間での受給格差の是正に向けた動きは見られる。例えば、全国的な取組みとしては、2016年に発表された都市の非就労者と農村住民の制度統合の発表、また、都市職工基本医療保険との受給格差是正に向けた大病医療保険の導入がある。基本的には、早くから制度整備が進んだ都市職工基本医療保険の給付基準に、都市・農村住民基本医療保険の給付内容を収斂させていくという手法をとっている。運営地域の経済状況や財政状況を勘案しながら、都市・農村住民基本医療保険での給付限度額を引き上げたり、自己負担割合を軽減する策は多くの地域で見られる現象である。都市化の進んだ地域にでは、制度を統合し、都市の就労者、都市の非就労者、農村住民とも同一の制度とする地域も出現しており、格差の是正に向けた歩みは着実に進んでいる。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2018年01月15日「基礎研レポート」)

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【中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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