2017年12月27日

英国のEU離脱協議、第二段階へ-英国・EUのスタンスの違いと英国内の分断

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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3――英国内の分断

協議の第一段階では、与党・保守党内の強硬派と穏健派の対立で英国側の交渉スタンスが定まらなかったことで、EUが想定したよりも時間を要する結果となった。

メイ政権の交渉スタンスが定まりにくい背景には英国内で国民投票後の離脱派と残留派の分断が続いていることがある。メディアによってもEU離脱関連の報道の重点は違う。離脱対応を迫られる経済界は危機意識が強い。世論の分断は解消する気配はなく、その一因は、EU離脱について、バランスの取れた情報を入手することが困難なことにあると思われる。
1|メディア
16年6月の国民投票時、英国の新聞は社説で離脱支持か残留支持かの立場を明確に示した。

離脱支持のメディアは、一般紙では「デイリー・テレグラフ」、タブロイド紙の「サン」、「デイリー・メール」などだ。残留支持の立場を採った新聞は「ガーディアン」、「タイムズ」、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」、タブロイド紙では「デイリー・ミラー」、週刊誌では「エコノミスト」などだ。発行部数では離脱支持の新聞の方が、残留支持を大きく上回っていた12

英国のメディアは、離脱支持か残留支持かを問わず基本的に離脱協議の進展を前向きに評価しているが、報道のトーンには違いがある。国民投票で離脱を支持したメディアは離脱の確実な実現と主権の回復、残留支持のメディアは協議の遅れやEUのスタンスとの温度差を懸念し、円滑な離脱の実現可能性に関心を寄せる。
 
12 田中(2016)を参考にした。
(1) 離脱支持のメディア
離脱支持のメディアは、第二段階への前進を離脱への重要な一歩と位置付け、基本的に評価は前向きだ。ボリス・ジョンソン外相、イアン・ダンカン・スミス元保守党党首など離脱派の政治家のコメントが紹介され、残留支持のメディアや残留派の政治家の悲観論に批判的でもある。

第一段階の協議の譲歩は、FTAで挽回可能というトーンで、将来の関係の協議で、有利な条件を得られなければ、離脱協議での約束の履行は必要ないとの論調だ。

3つの優先課題でのEU側の譲歩を強調する傾向も見られる。例えば、離脱に伴う清算金として想定される350億ポンドから390億ポンド(5.3兆円~5.9兆円)という金額は、EUの当初の要求額より低く抑えられたとする。その上で、EUに残留して、EU予算に継続的に拠出する分の負担は軽くなると強調する。

EU司法裁判所に関しても、EU側は市民の権利の監視を恒久的に行う要求を取り下げ、英国の裁判所が監視し、司法対話のメカニズムの活用も自発的で、期間限定となったことを英国側の成果とする。

アイルランド問題の結論の先送りで、離脱後の関係と並行協議する形となったことは英国側の主張が通ったもので、EU側が、離脱協議が決裂した場合の影響を懸念し、協議を急いだからと評価する。

離脱支持のメディアにとっては最大の懸念は離脱が実現しないことにある。移行期間の延長が繰り返されることや、EUに不利な条件で離脱し、主権の奪還が実現しないことも警戒する。
(2) 残留支持のメディア
残留支持のメディアは、産業、経済への悪影響を抑えるよう円滑な離脱を訴えており、協議の前進で、協定なしの無秩序な離脱のリスクが低下したことを歓迎している。他方、第一段階の協議に時間を要したことで、残された時間が少なくなったこと、より困難な第二段階で協議が再び暗礁に乗り上げるリスクを警戒する。

残留支持のメディアはEUのスタンスを現実的に捉え、市場アクセスによる経済的な利益を得る一方、規制や制度面ではEUから乖離するような「いいとこどり」を認めるムードはないと警鐘を鳴らす。デービス離脱担当相が掲げる「カナダ・プラス・プラス・プラス」は非現実的で、EU側は、明確な方針が示されない場合に備えて、サービス業のカバレッジが低いカナダ型のFTAを準備しているとの牽制報道もある13

17年12月20日には英中央銀行のイングランド銀行(BOE)傘下の健全性規制機構(PRC)と金融行為監督機構(FCA)が、EUとの将来関係協議を待たずに激変緩和措置を講じる方針を表明した14。こうした動きを、銀行等の負担軽減し、監督当局への過度の業務の集中を回避できると好意的に報じながらも、EU側の譲歩を引き出すことにはつながらないと釘を刺している15

強硬派が、第一段階の離脱協議の合意は撤回可能と示唆することを「リスク」と捉えている。英国とEUは、第二段階の協議と並行して第一段階の合意を「離脱協定」に成文化する作業を進める。EUは、第一段階の合意が履行されなければ第二段階の協議を進めないスタンスだ。他方で、英国の強硬派が、第二段階の協議で十分な成果がなければ、約束を履行する必要はないと主張している。協議が決裂し、無秩序な離脱となるリスクは消えていないと慎重な立場を採る。
 
13 Financial Times (2017a)
14 BOEは、EU離脱後も、英国とEUとの間で金融監督面での高度な協力関係が維持される前提の下で、単一市場圏内で免許を取得したホールセールの銀行等の英国での支店による業務の継続を認める方針に支店での業務の継続を認める方針を表明した。英国籍以外の中央清算機関(CCP)についても、離脱後も業務の継続を認める方針を示した。FCAは、移行期間中、単一パスポートは継続するとの見通しを示した上で、EU離脱で、突然、業務が継続できなることがないよう、金融機関やファンドの営業免許を暫定的に延長する方針を明らかにした。
15 Financial Times (2017b)
2|経済界
経済界は、円滑な離脱と共に、最大の貿易パートナーであるEUとの取引に障壁を設けることに基本的には反対の立場である。EU離脱という民意は尊重するが、ビジネスへの悪影響が抑えられるような協定の締結を望んでいる。働き手としてのEU市民への依存度も高いことから、必要な技能や労働力にアクセスできる移民管理制度の構築も求めている16

17年12月の首脳会議で、移行期間と将来の通商関係への協議への前進が決まったことを受けて、英国産業連盟(CBI)、英商工会議所(BCC)、英経営者協会(IOD)、英小企業連盟(FSB)、製造業連盟(EEF)の英国の5つの経済団体が歓迎の意を示す文書を連名で公表した。文書では、「移行期間については出来る限り早く合意すべき」との要望と「通商協議の遅れは、ビジネス投資や貿易に悪影響を及ぼしかねない」との懸念を盛り込んだ17。英国に住み、働くEU市民の権利がより明確になったことを評価する一方、将来の権利についてより明確な約束が不可欠と評価する。

英国の金融サービスのロビー団体・シティUKも第二段階への協議の前進を評価しつつ、時間切れが近づきつつあり、移行期間の明確化が最優先の課題として交渉の加速を求めている。英国、EUともにサービス産業が優位であるため、新たなFTAは財とサービスの双方をカバーし、「相互の承認」と「規制の協力」に基づくものとすることが重要と主張している。

金融サービスでは、EU離脱後も、既存の契約の継続を認めることが、顧客に対するサービスの継続性という観点から重要になっている。17年12月20日のPRCやFCAの決定は負担の軽減につながるとして歓迎している。
 
16 CBI (2016)
17 CBIが2017年7月から8月に271社の代表的な企業を対象に行った調査(CBI(2017))による。同調査では、69%が緊急時対応計画を準備ないし準備中で、63%は国外に拠点を移す計画はないが、27%は一部を移すことを検討している。
3|世論
世論は離脱への期待と警戒で割れたままだ。国民投票で離脱を支持した層は離脱支持のメディア、残留を支持した層は残留支持のメディアから主に情報を入手していることも影響しているだろう。

全体で見ると、EUとの協議は順調ではなく、離脱は英国経済に悪影響を及ぼすという意見がやや優勢だが、家計への影響は限定的と見ている。再度の国民投票を求める意見の高まりも見られない。
(1) 政党支持率と首相への信認
17年6月の総選後、ほぼすべての世論調査で、野党・労働党への支持率が、1~3%といった僅差でEU離脱協議を担う与党・保守党をリードしている。世論調査に共通して見られる傾向は、メイ首相の仕事ぶりに対する評価は高くないが、「首相として最も相応しい人物」ではメイ首相が労働党のコービン党首を上回る。EUとの交渉でも保守党の信認が勝る。保守党とメイ首相への支持は高年齢層ほど、労働党とコービン党首への支持は若年層ほど高い傾向も広く観察される。

EUとの協議の第二段階への前進が公表された12月8日以降の世論調査でも、政党支持率では労働党優位だが、首相としてはメイ首相、離脱交渉でも保守党がより信頼を得ている構図に変わりはない。
(2) EUとの協議の評価
EUとの協議については慎重な評価が大勢を占める。「順調ではない」と答えた割合が57%で、第二段階への前進の見通しが立つ前の12月4~5日調査の64%から低下したが、まだ過半を超えている18。協議が進展しても「英国がEUから有利な条件を得る能力」や、「EU離脱後の英国の将来」は「変わらない」と見ている割合がおよそ4割で、「確信が強くなった」よりも「確信が弱くなった」の割合が僅かに高い19。これまでの協議の展開について、「EUが交渉で優位に立っており、英国がEUの要求を概ね受け入れている」と答えた割合が50%を占め、一部の離脱支持のメディアが伝えるように英国が優位と答えた割合は僅か4%に留まっている20

離脱に伴う「清算金380億ポンド(約5.9兆円)」は、54%が「高すぎる」、26%が「適正」と答えている。「高すぎる」と答えた割合は、国民投票で離脱に票を投じた層で高い。仮に協定なしに離脱する場合でも、39%は「清算金を支払うべき」と考えており、「支払うべきでない」の21%を上回る21
 
18 YouGov (2017)
19 ICM (2017)
20 YouGov (2017)
21 ICM (2017)
(3) 移行期間について
移行期間の長さについては「わからない」が28%で最多で、政府方針の「2年」が18%、「必要ない」が17%、「1年」が16%と続く。

移行期間中、「世界中の国との通商交渉が認められるべきか」との問いには78%という圧倒的多数が「はい」と答え、「いいえ」は8%に留まる(19%が「わからない」)22
 
22 ICM (2017)
(4) 将来のEUと関係
EUとの将来の関係について、財・サービス・資本・ヒトの4つの自由を原則とする単一市場の残留が政治的に困難と見られるのは、「ヒトの移動の自由の権限の回復が民意だから」とされている。

しかし、国民投票時に比べると、移民への問題意識は低下している23。EU離脱交渉で「単一市場残留とヒトの移動の制限のどちらを優先すべきか」という問いでは、「単一市場残留」が39%で「ヒトの移動」の33%を上回る24。現実に、EU離脱が決まり、EU市民の流入が減少に転じたことで優先順位が変わった可能性がある。

ヒトの移動の優先順位が低下したとは言え、EUルールを一方的に受け入れる単一市場残留や通商交渉の自由が制限される関税同盟の残留は民意とは言い難い。EUとの協議の優先事項に関する設問では、10項目のうち、最も多く支持を集めたのは「欧州司法裁判所の管轄権から外れる(32%)」で、僅差で「英国在住のEU市民の権利の保護(31%)」、「テロ情報の共有(31%)」、その後に、「EUとの貿易・経済関係を保つための関税同盟・単一市場残留(27%)」、「EUの通商ルールが適用される関税同盟を離脱し、域外国との自由貿易交渉を行う(26%)が続く25
 
23 Ipsos MORI (2017) の「英国が直面する課題」に関する調査では、国民投票による離脱選択後、EUとEU離脱が国民医療サービス(NHS)を抑えて第1位となり、移民の優先順位が低下している。
24 Opinium(2017)
25 Opinium(2017)
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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