2017年12月27日

英国のEU離脱協議、第二段階へ-英国・EUのスタンスの違いと英国内の分断

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1――はじめに

英国の欧州連合(EU)離脱協議は18年初から離脱後の関係を協議する第二段階に進む。
17年6月19日に始まった第一段階では、市民の権利、清算金、アイルランド国境問題という離脱に関わる3つの優先事項を協議した。

第二段階ではEU離脱による激変を緩和するための「移行期間」と「将来の関係」を協議する(図表1)。
図表1 英国のEU離脱手続きのこれまでの流れと今後のスケジュール
英国のEU離脱は19年3月29日23時(英国時間、ブリュッセル時間では30日午前0時)だが、円滑な離脱に必要な協定の批准手続きのため1、18年秋には協定案をまとめる必要がある。第一段階の協議の終了は、清算金についての英国政府の方針表明が遅れたことで、当初の目標の10月首脳会議から12月首脳会議にずれ込んだ。清算金では英国側が譲歩したこともあり、3つの優先課題のうち、アイルランド国境問題は事実上棚上げした形で前進を決めた23

第二段階は移行期間の協議から始まり、将来の関係の協議は英国の明確な方針の表明を待って、3月以降に開始する。残された時間は10カ月余り。時間との戦いの様相を呈してきた。英国のスタンスには曖昧な面がある上に、EUのスタンスとの隔たりもあり、この先も難路が予想される。

以下では、本稿執筆までに公表された文書などを基に英国政府とEUの第二段階の協議へのスタンスの違い、メイ政権の交渉スタンスの曖昧さの背景にある英国内の分断を概観し、今後の展開について考察する。
 
1 交渉終了後、EU側の交渉官がEU理事会と欧州議会に協定案を提出する。欧州議会で英国出身の議員を含めた単純多数決による同意を得た後、EU理事会が強化された特定多数決((英国を除く27カ国の72%、27カ国の総人口の65%を代表する20カ国)で締結する。英国は議会で協定の批准を行う。詳細は駐日欧州連合代表部(2017)をご参照下さい。
2 離脱協議の優先課題の概要については伊藤(2017b)、優先課題の協議の結果については伊藤(2017c)をご参照下さい。
3 アイルランド国境問題では、EUとの離脱協議結果をまとめた報告書(European Union and the United Kingdom Government(2017))の公表と併せて、首相名で「北アイルランドへの6つの約束」という文書で「北アイルランドの英国での地位を支持する」、「英国市場における地位を保証する」、「英国内に境界を設けない」、「北アイルランドも含めて英国はEUの関税同盟からもEUの単一市場からも離脱する」、「ベルファスト合意を尊重する」、「北アイルランドも含めて英国はEU司法裁判所の管轄権から外れる」という原則に沿って公表する方針を表明し、アイルランド国境問題が関税同盟や単一市場からの離脱を阻害するとの懸念を払拭しようとしている。
 

2――第二段階の協議への英国・EUのスタンス

2――第二段階の協議への英国・EUのスタンス

1|移行期間
(1) 英国の要望
英国は移行期間をimplementation periodと称している。新たな関係に向けた導入の期間の位置付けだ。メイ政権が、将来的に、EUとは包括的なFTAに基づく関係に移行すること、つまり、財・サービス・資本・ヒトの移動の自由を原則とする「単一市場」からも、域内関税ゼロ、共通域外関税、共通通商政策からなる「関税同盟」からも離脱する「ハードな離脱」を進めようとしているために必要となる。

メイ首相は、移行期間を求める方針を17年1月のロンドンのランカスター・ハウスでの演説の時点で表明していたが、17年9月22日にフィレンツェで行った講演4で、「現在と同じ条件での相互の市場アクセスを継続する」として「単一市場」と「関税同盟」への残留を示唆し、期間についても「およそ2年間」と明言した。移行期間中、EU市民は、英国を自由に訪れ、住み、働くことができるが、移行期間終了後の新たな入国管理制度の導入準備として、登録制度を設ける方針も表明している。

メイ首相は、12月11日、下院で離脱に伴う清算金についてEUとの間で、2020年に終了するEU中期予算への約束額は支払うことで合意しており、その間は現在と同じ条件での取引が可能という見方を示している5

英国は、「関税同盟」から離脱した段階でEUとして締結したFTAから離脱することになるため、移行期間中に、後述のEUとのFTA交渉と並行して、EU域外国とも通商交渉を行うことを望んでいると思われる。
 
4 GOV.UK(2017c)
5 GOV.UK(2017e)
(2) EUの交渉指針
EU側は、移行期間をtransition periodとしている。新たな関係に向けた架け橋となる期間との位置づけである。移行期間は、秩序立った離脱に必要との認識は英国と一致している。

移行期間の協議のため、17年12月20日、欧州委員会は、12月首脳会議で合意した交渉指針6に基づいて作成した指令案を加盟国政府の閣僚で構成するEU理事会に提案した7。18年1月29日に予定される総務理事会で指令を採択した後、移行期間の協議が始まる。

指令案では、移行期間を離脱協定の発効日から2020年末までの期間限定とするスタンスを示した。英国の「およそ2年」よりもやや短い期間としたことについて、バルニエ交渉官は、現在執行中のEUの中期予算の終了期限(2014年~2020年)と併せることが論理的であると説明した。

移行期間の基本原則は、(ⅰ)権利と義務のバランスを取り、競争条件を公平化すること、(ⅱ)単一市場の一体性を確保するため、セクター毎の参加は認めないこと、(ⅲ)加盟国と同じベネフィットは得られないこと、(ⅳ)財・サービス・資本・ヒトの4つの移動の自由のいいとこどりは認めないこと、(ⅴ)EUの意思決定とEU司法裁判所の管轄権を受け入れることである。

移行期間中の英国には、単一市場と関税同盟への残留にあたって、すべてのEUルールを移行期間中の変更も含めて受け入れること、EU予算への拠出、欧州委員会とEU司法裁判所の監視を受ける「義務」を果たすことを求める。他方、EU機関やEUの意思決定に加わる「権利」は失う。

移行期間の協議は、離脱によって加盟国としての権利を喪失する英国が、EUが設定した義務を受け入れることができるかが焦点となる。移行期間中の新たなEUルールの受け入れとEU司法裁判所の監視は、離脱派のボリス・ジョンソン外相が、メイ首相のフィレンツェ演説の直後に行われたタブロイド紙・サンのインタビューで移行期間のレッド・ライン(超えてはならない一線)とした4項目のうち1つである8。保守党内の強硬離脱派の反発が協議の進展を妨げるおそれがある。

通商交渉の権限については、指令案には言及がないが、交渉は容認し、発効は関税同盟離脱後という取扱いになると思われる。
 
6 European Council (2017)
7 European Commission(2017b)
8 Sun(2017a)。他に、移行期間は最低2年とし延長はしない、移行期間後の単一市場アクセスのための支払いはしない、影のEUル-ルの受け入れはしないことを挙げている。
2|将来の関係
(1) 英国の要望
英国は、単一市場と関税同盟に残留する移行期間を経て、「新しく深く特別な関係」に移行することを求めている。

しかし、英国の要望の詳細はまだ明らかになっていない。12月のEU首脳会議で、移行期間の協議を先行させ、将来の関係の協議は18年3月以降とすることを決めたのは、英国政府の明確な方針が示されなければ、交渉指針をまとめられないからだ。

英国政府の方針は、18年初にも明らかになると見られるが、理想像はデービッド・デービス離脱担当相がBBCの番組で掲げた「カナダ・プラス・プラス・プラス」だ。EUがカナダと締結したレベルの高いFTA(=CETA、包括的経済貿易協定)に、金融サービス分野での特別な協定を加えることを意味するものだ。

英国政府が17年2月に公表した「離脱白書」でも9、EUとのFTAでは、金融サービス分野では「可能な限り自由な取引」を目指す方針を掲げている。

カナダとのFTAは、単にレベルが高いだけではなく、離脱派が嫌ってきた「義務」から解放される利点もある10。カナダは、EEA(欧州経済地域)を通じて単一市場に参加するノルウェーや、分野ごとに個別の協定を締結するスイスの場合と異なり、ヒトの移動の自由、EU予算への拠出、EUルールの受け入れなどの義務を負っていない。
 
9 GOV.UK(2017b)
10 カナダ型、ノルウェー型、スイス型でのEU市場のアクセスに伴う権利と義務については伊藤(2016)をご参照下さい。
(2) EUのスタンス
EUは、17年12月のEU首脳会議で、英国政府の方針表明を待って、18年3月に交渉指針を採択する方針で合意し、バルニエ主席交渉官率いるチームに準備を継続するよう指示した。将来の関係の協定締結は、英国が離脱し、第3国になってからとなるため、第二段階では準備協議を行い、合意内容を「離脱協定」に付随する政治宣言として盛り込む方針も確認した。

17年3月29日の英国の離脱意思の通知を受けて、17年4月29日付けでEU首脳会議が合意した交渉指針では11、英国との将来の関係について、「EU未加盟国は、EU加盟国と同等の権利やベネフィットは享受できない」としているほか、FTA協定は、「バランスがとれ、野心的で幅広いものであるべき」で「単一市場への部分的な参加は、統合や適切な機能を損なうためできない」という方針を明記している。

カナダ型のFTAの締結は可能だが、それに加えて、金融サービス分野のみ単一市場残留を認めるような特別措置は考え難い。個別の法令ごとに第3国の規制や監督体制がEUと同等を認めて、単一市場へのサービスの提供を認める「同等性評価」と金融監督面での「相互協力協定」といった既存の枠組みがベースになる見通しだ。伊藤(2017a)で指摘した通り、単一市場に残留する場合に比べて、カバーされる業務の範囲が狭まり、サービス提供の自由度は大きく低下する。時間の経過とともに規制の乖離が広がり、「同等性評価」が撤回される可能性がある。

移行期間や同等性評価などを通じて、英国からEUの顧客への金融サービス提供の自由度と安定性は、離脱からしばらくは維持されたとしても、時間の経過とともに低下することは避けられそうもない。
 
11 European Council(2017a)
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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