2017年12月20日

「治る」介護、介護保険の「卒業」は可能か-改正法に盛り込まれた「自立支援介護」を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|「自立」の意味が変化しているのではないか
第2に、「自立」の意味が変化した点である。これを理解する上では介護保険が2000年4月に創設された際の経緯に立ち返る必要がある。

当時、高齢者がニーズに応じてサービスを自ら選択し、サービスを使いつつ、その人らしく暮らすことを支援することに力点が置かれており、この背景には従来の高齢者介護に対する反省があった。介護保険が導入される以前、市町村が高齢者に対する支援の内容を一方的に決める「(行政)措置」制度であり、高齢者に選択権はなかった。
図4:「自立」の意味の変化 これに対し、介護保険は制度創設当時、高齢者が自らサービスを選ぶことに力点を置いていた。介護保険制度創設の流れを形成した旧厚生省の有識者委員会「高齢者介護・自立支援システム研究会」が1994年12月にまとめた報告書を見ると、「社会の中心的担い手として行動し、発言し、自己決定してきた市民が一定年齢を過ぎると、制度的には行政処分(注:ここでは措置を指す)の対象とされるのは成熟社会にふさわしい姿とは言えない」「社会環境の変化を踏まえ、介護が必要となった場合、高齢者が自らの意思に基づいて、利用するサービスや生活する環境を選択し、決定することを基本に据えたシステムを構築すべき」と指摘していた。結局、こうした議論は制度化の論議でも踏襲され、介護保険法に「自己選択」の文言が入った。

学識者として制度創設に関わった大森彌氏による書籍でも「自立支援」とは高齢者による自己選択権の現われとし、自己選択を通じて高齢者の尊厳が保たれるとしている11。言い換えると、要介護状態になっても自己選択することを「自立」と指摘しており、介護保険法が想定している「自立」とは本来、「治る」介護や介護保険の「卒業」を意味していなかった。

これに対し、国の自立支援介護で言う「自立」は介護保険の給付費を抑制するため、「治る」介護、あるいは介護保険からの「卒業」を含めて、要介護状態の維持・改善を目指しており、図4の通りに「自立」の意味が「自己選択による尊厳→給付抑制のための介護予防」に変化したと言える。要介護認定の結果、介護保険の給付対象外となる「非該当」の高齢者を一般的に「自立」と呼んでおり、同じ言葉を使っている分、違いが分かりにくくなっているが、「非該当となるように高齢者を支援する」と言い換えれば、図4の変化が浮き彫りになるだろう。

介護給付費の抑制は必要なテーマとはいえ、同じ「自立」という言葉でも意味が大きく変わった点、しかも制度の根幹に関わる修正を含んでいる点がどこまで関係者の間で認識されているだろうか。
 
11 大森彌編著(1992)『高齢者介護と自立支援』ぎょうせいpp7-10。
3|自己選択の理念は失われないか
第3に、行政の介入が強化される結果、介護保険が掲げた自己選択の理念が失われる危険性である。政府の自立支援介護で重視されているのは、個別の事例について多職種が連携する「地域ケア会議」という場であり、そのイメージは図5の通りである。これは和光市の取り組みを横展開した制度であり、2015年の制度改正で全ての市町村に設置が義務付けられ、図5のように5つの機能を果たすことが期待されている。
図5:地域ケア会議のイメージ さらに、政府の自立支援介護では地域ケア会議を拠点にしつつ、介護予防を強化するとしている。

具体的には、要介護者のニーズを把握したり、サービスを調整したりするケアプラン(介護サービス計画)の内容チェックを含めて、介護予防を強化することが想定されている。

ただ、行政主導の地域ケア会議は介護保険のコンセプトと合わない面がある。現在の仕組みでは、市町村が介護の必要度を要介護認定で判定し、主にケアマネジャー(介護支援専門員)と呼ばれる専門職がケアプランを作ることで、利用者はケアを受けられる。これは制度創設時に「要介護認定の段階で市町村がケアの内容まで介入すると、措置と変わらなくなる」という判断があり、要介護認定とケアプラン作成の主体、プロセスを切り離すことで、市町村がケアの内容に過度に介入することを避けようとした経緯がある12

これに対し、政府の自立支援介護では、地域ケア会議を中心にケアプランの内容に自治体が踏み込む可能性がある。ましてや、そこに財政インセンティブが絡めば、優遇措置目当ての自治体が要介護度の改善を目指して必要以上に介入する危険性がある。これは措置に近い状況となり、介護保険が当初に掲げた「自己選択」の理念が失われる危険性を伴わないだろうか。
 
12 当時の政策立案者らが書いた介護保険制度史研究会編(2016)『介護保険制度史』社会保険旬報社pp75-76では「措置制度を廃止し社会保険方式を導入していく以上、行政がケアマネジメントを独占し、サービス内容を一方的に決定していく仕組みは採り得ない」「要介護認定という新たな概念の導入は、問題をさらに複雑化させた。問題の第1は、要介護認定は性格上、保険者が行うべき行為であるが、これによってサービス内容が一方的に決定されるのであれば、実質的に措置制度と変わらないこととなってしまうのではないか。問題の第2は、要介護認定においても評価が行われるならば、ケアマネジメント機関が行うアセスメントと内容がほぼ重複してくるのではないかという点であった」とし、要介護認定とケアマネジメントを切り分ける判断に至ったとしている。
4|論理的な整合性が取れているか
第4に、予防強化のため、介護保険料を充当することが制度の趣旨に沿っているのか考える必要もある。確かにリハビリテーションなどを通じて虚弱化を避けられる可能性があり、介護給付費を抑制できれば、税金や保険料の負担が減ることになり、納税者や被保険者はメリットを受ける。

しかし、高齢になれば誰しも心身に不具合を感じることは避けられず、介護保険制度は本来、高齢者人口の増加に伴って介護が国民にとって日常的なリスクになったため、その時に備えて保険料を出し合う目的で創設された。そして社会保険といえども「保険」である以上、保険料を払った人には反対給付を伴う必要がある。

では、給付抑制を目指す予防強化のため、保険料を大々的に使う場合、どんなことが起きるだろうか。40歳以上の国民は加齢に伴う要介護状態に備えて介護保険料を強制的に払わされているにもかかわらず、保険を使わせないための事業に保険料を充当することになる。さらに、政府の議論によると、介護サービスを使わない状態に「卒業」した場合、介護保険料から「ご褒美」としてインセンティブを付与するとしている。これは論理的矛盾をはらんでいないだろうか。

予防対策に保険料を使うことを全て否定できないが、こうした論理的な整合性を常に意識しなければ、制度に対する国民の信頼性が下がることになりかねない。
5|和光方式は予防だけか
さらに、和光方式が予防に限らないにも留意する必要がある。25日のイベントで東内氏は以下のように説明した。
 
  • 高齢者だけでなく、障害者や生活困窮者、子育て、食育、データヘルスなど保健福祉、子育て政策を横断的に進めている。
     
  • マクロの介護保険事業計画策定とミクロのケアマネジメントを融合している。例えば、日常生活圏域ごとに、虚弱化、尿失禁、足のトラブルなど個別事例の積み重ねを通じた地域課題の「見える化」を進めているほか、そのためにニーズ調査を通じて要介護状態などの生活ニーズのほか、個人の認知機能や生活課題、居住環境を把握している。
     
  • 保険料を上乗せし、栄養改善や紙おむつ、送迎サービスを市町村特別給付として実施している。
     
  • グループホームの家賃助成や介護保険料の費用助成などを市単独事業として実施している。
     
  • 訪問介護系定期巡回・随時対応型訪問介護看護の導入率が高く、在宅ケアを重視している。
     
  • 身体、精神、経済のアセスメントを基に、それが個人的因子なのか、環境的因子なのか分析し、尊厳確保とQOLの向上を目指す。悪化しても見捨てないし、改善しても介護保険の対象から外れるだけなので、予後予測やケアの対象であり続ける。要介護認定率の引き下げを目的としない。

こうした全体を俯瞰した説明を通じて、和光方式が予防に限らないことが分かる13。公権力を持つ行政機関が主導する弊害14として、専門職の専門性が損なわれる危険性などに留意しなければならないが、地方自治法で「自治事務」15に位置付けられている介護保険は制度創設時、「地方分権の先駆け」と言われていたことを踏まえると、多くの人的資源や予算を投入しつつ、市町村独自の判断で上記のような政策を総合的に実施している点は評価される必要がある。
 
13 なお、筆者が和光方式の説明を体系的に聞いたのは3回目である。
14 11月25日のイベントでは和光市で働くケアマネジャーから「介護保険サービスからケアプランに落とし込むではなく、課題からプランを作り上げたり、インフォーマルなサービスをプランに入れたりできるので、教科書通りにケアマネジメントができる」といった和光方式を評価する意見が示された一方、行政主導を通じてケアマネジャーの専門性が失われたり、市民のサービス選択が阻害されたりする危険性を懸念する声も出た。
15 2000年の地方分権一括法では、国が自治体に事務を代行させていた「機関委任事務」が廃止され、パスポートの支給など国が法律に基づいて自治体に委任する「法定受託事務」と、自治体の判断で内容や進め方を決定できる「自治事務」が創設された。介護保険は自治事務であり、法令に違反しない限り、自治体の判断で独自政策を展開できる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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