2017年12月20日

「治る」介護、介護保険の「卒業」は可能か-改正法に盛り込まれた「自立支援介護」を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに

「治る」介護、介護保険の「卒業」は可能か-。筆者は先月25日、「自立支援は誰のため?」と題するイベントで講演者及びモデレーターとして関わり、「和光方式」と呼ばれる行政主導の地域包括ケアを独自に構築している埼玉県和光市保健福祉部長の東内京一氏、元日本経済新聞編集委員で福祉ジャーナリストの浅川澄一氏、約100人の参加者とともに、国の「自立支援介護」について議論した1

ここで言う「自立支援介護」とは、リハビリテーションの充実などを通じて、「治る」介護、あるいは要介護認定2を外れる介護保険の「卒業」を含め、要介護状態の維持・改善を目指す国の政策であり、増大する介護給付費の抑制が主な目的である3。特に経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)では、要介護認定率が下がった和光市や大分県の事例を引き合いに出し、自立支援介護を強化する必要性が主張され、来年4月施行の改正介護保険法では4要介護度を改善した市町村を財政的に優遇するインセンティブ制度が盛り込まれたほか、来年4月に控えた介護報酬改定でも重点項目として挙がっている。

しかし、要介護度の維持・改善を図る「治る」介護、あるいは介護保険の「卒業」がどこまで可能なのだろうか、そしてどのような論点や課題があるのだろうか。本稿では自立支援介護を巡る動向を考察し、「治る介護」や介護保険からの「卒業」がどこまで可能かどうか検証する。その上で、自立支援介護の論点や課題を考えるとともに、イベントの内容を通じて、必ずしも和光方式が要介護認定の引き下げを狙っているわけではない点を指摘する。

さらに、和光方式が給付抑制の手段として国策に位置付けられたり、自治体の注目を集めたりしている背景を考察し、(1)介護保険を巡る負担と給付の在り方を考える必要性、(2)地域の事情・特性に応じたケア体制を整備する重要性-を論じることにしたい。
 
1 これは都内で開催された「自立支援は誰のため?」というイベントであり、今年2月9日の第1回に続く第2回。イベント開催ではボランティアスタッフ、会場を提供して頂いたサイボウズ㈱、登壇した東内氏、浅川氏、フリーライターの中澤まゆみ氏、指定発言者にご協力を頂いた。この場を借りて感謝したい。第1回の概要はウエブサイトを参照。https://jiritsushien.jimdo.com/
2 要介護認定は軽程度の要支援1~2、重程度の要介護1~5があるが、原則として要支援も含めて「要介護」で統一する。
3 「自立支援介護」は特に法令上、定義された言葉ではないが、本レポートでは「介護予防の強化を通じて、要介護度の維持・改善を図ることで、給付抑制を目指す国の政策」と定義する。
4 法律名は「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」。
 

2――自立支援介護を巡る制度化プロセス

2――自立支援介護を巡る制度化プロセス

最初に事実関係を整理しよう。介護保険の総費用は制度創設時の3.6兆円から2015年度までに9.8兆円に増加し、介護給付費を抑制するための手段として、自立支援介護を強化する動きが強まった。

制度化に繋がる議論が本格化したのは2016年4月の経済財政諮問会議だった。臨時委員として出席した塩崎恭久厚生労働相(肩書は当時、以下は全て同じ)が要介護認定率を引き下げた和光市と大分県の事例を挙げつつ、「保険者機能、つまり市町村を通じた介護予防等に関する好事例の全国展開を進める。(中略)こういうことをやっていかなければ、長持ちする良い制度はできない」と説明した5

その後、同年5月に開催された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会でも同じ資料が紹介され、厚生労働省は「効果的な介護予防の仕組の横展開」を進める際の事例候補として、和光市と大分県の名前を挙げた6。具体的には、和光市の取り組みについては、(1)自立支援に資する高齢者に対するケアプラン(介護サービス計画)の調整・支援 、(2)効果的ケアマネジメントの質の向上による給付適正効果-などを挙げたほか、多職種が集まる地域ケア会議(後述)を拠点に「要支援・要介護者を元気」にすることを目指す大分県の事例が紹介された。

こうした流れを受けて、同年6月に閣議決定された「骨太方針2016」では自治体の好事例を全国展開するとし、保険者機能の強化や市町村による高齢者の自立支援・介護予防を通じた給付の適正化に向けたインセンティブ設計などについて、年末までに結論を得ると定めた。

さらに、塩崎厚生労働相は2016年10月の経済財政諮問会議で、やはり先進事例として和光市と大分県について「要介護認定率の低下や保険料の上昇抑制を既に実現している」と説明した上で、こうした事例を全ての市町村に拡大するための法改正に取り組むと言明した7。2016年11月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)建議でも地域差の是正に向けた市町村の権限強化と給付適正化に向けた市町村向けインセンティブ制度の創設を訴えた。こうした流れを踏まえ、2017年の通常国会で成立した改正介護保険法では、▽要介護の維持・改善を図る自立支援介護の強化、▽要介護度を改善した市町村を財政的に優遇するインセンティブ制度の創設8―が盛り込まれた。

給付抑制の観点だけでなく、経済成長戦略を話し合うために創設された未来投資会議(議長:安倍首相)の動きもあった。会議では「要介護になった人をもう一度自立状態に引き戻す介護」の必要性が論じられ、安倍首相は「目の前の高齢者ができないことをお世話する」従来の介護に代わり、「高齢者が自分でできるようになることを助ける自立支援」に軸足を置くことで、「本人が望む限り、介護は要らない状態までの回復をできる限り目指す」と述べた9
図1:自立支援介護の強化を盛り込んだ改正法の資料 こうして自立支援介護が注目されているわけだが、以上の経緯を踏まえて、どんなことが言えるだろうか。第1に、「介護給付費を抑制する切り札」として、自立支援介護が政治サイドから発せられた議論であることが分かる。第2に、要介護認定率が下がった事例として、和光市と大分県が頻繁に引き合いに出される点も指摘できる。例えば、介護保険法改正時の資料では図1の通り、2011~2015年の間で和光市は9.6%→9.3%、大分県は19.6%→18.6%に要介護認定率が下がった点を挙げている。

インセンティブについての考察は他日を期すとして、本レポートでは11月25日のイベントの内容や議論も含めて、自立支援介護の論点を考察する。
 
 
5 2016年4月4日経済財政諮問会議議事要旨。なお、これに先立つ動きとしては、2014年4月の経済財政諮問会議で新藤義孝総務相が前日に和光市を視察した経験に触れ、「介護保険料が下がり、介護対象から外れる人も出ている」と紹介していたほか、2015年6月の経済財政諮問会議に提出された塩崎厚生労働相の資料でも「介護予防や住民主体の活動の取組等が進んでいる自治体で要介護認定率が低下しているとのデータもあることから、効果が出ている自治体の取組の全国展開」としており、同月に閣議決定された「骨太方針2015」に「効果的な予防と介護を実現している自治体の取組を全国に拡大」という文言が入っていた。新藤総務相の発言は2014年4月22日の経済財政諮問会議議事要旨、塩崎厚生労働相の資料は2015年6月10日の経済財政諮問会議提出資料を参照。
6 2016年5月25日第58回社会保障審議会介護保険部会資料。同様の資料は同年9月30日の第65回でも提出された。
7 2016年10月21日経済財政諮問会議議事要旨。
8 インセンティブを巡る議論は本レポートで詳しく触れないが、2017年11月10日の介護保険部会では自治体の取り組みを評価するインセンティブ指標案として、79項目が示された。
9 2016年11月10日未来投資会議議事要旨。その後、2017年6月の「未来投資戦略2017」によると、①次期介護報酬改定で効果のある自立支援を評価、②自立支援の効果が科学的に裏付けられた介護の実現に向け、必要なデータを収集・分析するデータベースを2020年度までに本格運用、③データ分析による科学的な効果が裏付けられた介護サービスについて、2021年度以降の介護報酬改定で評価するとともに、そうしたサービスが受けられる事業所を公表する―といった文言が入り、「科学的介護」の検討は2017年10月に設置された厚生労働省の「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」で論じられている。
 

3――国の自立支援介護を巡る論点

3――国の自立支援介護を巡る論点

1|全ての高齢者に当てはまるのか
一見すると、自立支援介護は高齢者が「元気」になるだけでなく、要介護度が下がれば介護保険給付費も抑えられるため、「一石二鳥」に映る。

だが、(1)全ての高齢者が要介護度を維持・改善できるわけではない、(2)元々は「高齢者の自己選択による尊厳」を掲げていた「自立」の意味が変化した、(3)介護保険が掲げた「自己選択」の理念が失われる危険性がある、(4)要介護状態に備えた保険料を使い、要介護度の維持・改善を図るのは論理的な矛盾をはらむ、(5)和光方式は予防に限らない―という点に留意する必要がある。
図2:要介護度の維持・改善に関する状況 以下、順を追って考察すると、まず「治る」介護や介護保険の「卒業」がどこまで可能なのだろうか。1年前の要介護度から改善したかどうか3年ごとに尋ねている厚生労働省の「国民生活基礎調査」を見ると、図2の通りに要介護認定が変化していない人は50%以上、軽くなった人は7~10%程度に及ぶ。このように要介護度を維持・改善する人がいる以上、介護予防の効果を全ては否定できない。
図3:要介護になった理由・病名 しかし、全ての高齢者が「治る」または介護保険を「卒業」できるわけではないことに留意する必要がある10。実際、要介護になった理由・病名を見ても、図3の通り、要介護1~5では認知症が20~30%を占める。今後、高齢化が進む中で、認知症ケアは重要となるが、認知症の人は専門職や地域住民、家族などの支えでQOL(生活の質)を維持できたとしても、要介護状態から脱却することは難しいと言わざるを得ない。

介護は個人差が大きいため、個々の状況やデータを見ていく必要があるとはいえ、「治る」介護や介護保険からの「卒業」が全ての高齢者に当てはまるわけではないことを踏まえる必要がある。
 
10 そもそも要介護認定とは病状の重さや軽さを評価するのではなく、食事など日常的な行為についての手間暇に要する時間をベースにしている分、高齢者の状態や認定者の判断などで認定の判定が変わる可能性がある点に留意する必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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