2017年12月11日

欧州経済見通し-拡大続くユーロ圏/低成長、高インフレの英国-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( 18年も成長鈍化と高インフレの基調続く。通商協議へ前進も、依然、離脱の道筋は不透明 )
18年の英国経済はEU離脱を巡る不確実性が一層高まるが、メインシナリオとしては、成長鈍化と高インフレの基調が続くと見ている。BOEが、離脱後の政策対応の手段を確保するため、良好な世界環境が見込まれる18年内に追加利上げを行うこともありそうだ。

EU離脱が経済・雇用にどの程度の影響が及ぼすかは、今月14~15日のEU首脳会議で、第1段階の「離脱協議」の十分な進展を確認した後に始まる第2段階の協議の結果によって変わる。

「離脱協議」は、市民の権利、離脱に伴う清算金、アイルランド国境問題を優先課題としたが、決着に半年もの時間を費やしたのは、与党・保守党内でEUへの譲歩を嫌う「強硬離脱派」と経済への悪影響を抑制するために一定の譲歩は必要とする「穏健離脱派」の綱引きが続いたからだ。最終的に、市民の権利の司法判断や、離脱に伴う清算金では英国が譲歩し、離脱協議の十分な進展が認められる見通しとなった(注2)

(注2)市民の権利を巡る対立点となっていた司法判断の権限については、イギリスの裁判所が行うことを認めるが、EU法の最終的な調停者はEU司法裁判所であるとの立場から、8年間は判決に先立ち、EU司法裁判所の判例を参照し、必要に応じて判断を仰ぐためのメカニズムを構築し、一貫性を保つことで合意した。清算金について、デービス離脱担当相は、英国・財務省の試算として350億ポンドから390億ポンド(400億ユーロ~440億ユーロ、5.3兆円~5.9兆円)であり、うち200億ポンド(230億ユーロ、3兆円)は移行期間中の支払いとなり、その他は長期にわたる支払いとなると述べている。
アイルランド問題は、第二段階の通商協定と関わることもあり、具体的な結論は先送りとなった。離脱協定の叩き台となる文書(注3)には「北アイルランドはEUの単一市場、関税同盟との完全な調和を図ることで厳格な国境管理を避ける」という文言とともに、「北アイルランドと英国の他の地域との新たな規制の障壁は設けない」とある。メイ政権に閣外協力する民主統一党・DUPが抱く「アイルランド国境の特別扱いが英国内での分断につながる」懸念に配慮した結果だ。強硬離脱派は、この2つを満たそうとすることで、「離脱後も英国全体が単一市場や関税同盟のルールに縛られる」と懸念する。

メイ政権の基本方針は、単一市場、関税同盟に参加する2年間の移行期間を経て、新たなFTAに基づく関係に移行することだ。今回の見通しでも「ハードだが円滑な離脱」を一応想定している。

ここで「一応」という但し書きをつけざるを得ないのは、現時点では、移行期間も新たなFTAについても、その内容ははっきりしないからだ。デービス離脱担当相は、10日のBBCの番組で、EUとの通商協定を、カナダとのFTAに含まれていない金融サービス分野を含むものとして「カナダ・プラス・プラス・プラス」と表現した。英国政府がどのようなFTAを望むにせよ、EUは、市場アクセスの度合いに応じた負担を求めるだろう。英国政府が、どこまで譲歩できるかが、引き続き試されることになる。

野党・労働党の影の閣僚らは、協議が第二段階に進む見通しとなったことを受けて、移行期間後も、単一市場、関税同盟に参加する「ソフトな離脱」の可能性を示唆し始めた。スターマー影の離脱担当相は、一定の対価を支払う見返りに、より長期的な単一市場へのアクセスを確保する「ノルウェー型」、ソーンベリー影の外相は関税同盟への残留の可能性に言及した。

労働党は、今年6月の総選挙後、世論調査で僅差ながら与党・保守党を上回る支持を得ている。EUとの協議の結果に関する議決が滞れば、解散・総選挙となり、政権交代による軌道修正という可能性も排除できない。

英国の情勢は政治面も含めて流動的だ。
 
(注3) “Joint report from the negotiators of the European Union and the United Kingdom Government on progress during phase 1 of negotiations under Article 50 TEU on the United Kingdom's orderly withdrawal from the European Union”, presented jointly by the negotiators of the European Union and the United Kingdom Government.8 December 2017
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2017年12月11日「Weekly エコノミスト・レター」)

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