2017年12月11日

米国経済の見通し-ハリケーンにも拘らず、米経済の基調は底堅い。税制改革も含めた今後の経済政策に注目

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(労働市場)労働需給のタイト化が持続する中、賃金上昇率は緩やかに加速へ
非農業部門雇用者数(対前月増減)は、ハリケーンの影響により9月の娯楽・宿泊部門の雇用者数が前月に比べて▲7万人超の減少となったことなどから、9月の雇用増加数が+3.8万人に留まったものの、10月以降は2ヵ月連続で20万人超の堅調な増加ペースを維持している(図表8)。この結果、連続雇用増加期間が統計開始以来最長となる86ヵ月と長期化する中でも、堅調な雇用増加は持続している。

一方、労働市場の回復が長期化し失業率が00年12月以来となる4.1%に低下しているものの、時間当たり賃金の伸びは前年同月比で2%台半ば、相対的に高賃金のシニア層が引退した影響を加味した賃金追跡指数でみても、同3%台半ばと、失業率が5%程度あった金融危機前の水準に比べて低位に留まっている(図表9)。

もっとも、製造業や建設業などで熟練労働者の不足が顕著となっているほか、中小企業が抱える欠員の補充が難しくなっている4状況を考慮すれば、賃金上昇率がこのまま低迷するとは考え難く、今後は労働需給のタイト化を反映して賃金上昇率は緩やかに上昇しよう。
(図表8)非農業部門雇用者数増減(業種別)/(図表9)非農業部門雇用者数増減(業種別)
(設備投資)企業景況感は高水準を維持、法人税制改革が設備投資を後押しする見込み
民間設備投資は、世界的な製造業の回復などもあって17年入り後3期連続で堅調な伸びが持続している。一方、足元の企業景況感をみると、製造業、非製造業ともに9月から10月にかけてつけたピークからは低下がみられるものの、高い水準を維持していることが分かる(図表10)。

また、民間設備投資の先行指標である国防、航空除くコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、10月が+16.4%と13年1月以来の水準に上昇するなど非常に堅調であり、足元で設備投資の回復が持続していることを示唆している(図表11)。

さらに、来年以降は法人税率の引き下げや、設備投資の即時償却を含む税制改革の実現が設備投資の回復を後押ししそうだ。12月1日に上院で税制改革の上院案が可決されたことを受けて、大企業中心のビジネス・ラウンドテーブル5や、全米製造業協会(NAM)6などの財界組織は、法人税制改革が海外企業との競争力向上に寄与するとして軒並み歓迎の声明を出している。実際、NAMの製造業者に対する9月調査7では、包括的な税制改革が実現した場合におよそ65%の企業が設備投資を増やすと回答しており、設備投資の拡大が期待できる。
(図表10)ISM指数および実質実効レート/(図表11)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資
(住宅投資)住宅需要の堅調さを反映し、住宅投資は回復へ
8月下旬から9月にかけて、ハリケーンがテキサス州やフロリダ州などに上陸したことから、南部地域の住宅着工件数は9月まで2ヵ月連続で減少した。しかしながら、10月は3ヵ月ぶりに増加に転じているため、ハリケーンの影響は和らいでいると判断できる。また、米国全体でみても10月の住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は+7.7%の増加となっており、足元で回復がみられる(図表12)。さらに、住宅着工の先行指標である許可件数も同+16.1%と16年12月以来の伸びとなっていることから、10-12月期の住宅投資は3期ぶりにプラスに転じる可能性がでてきた。

一方、連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)が公表している住宅購入センチメント指数は、失業不安の後退などを背景に11月が87.8と、統計開始以来の最高値となった9月の88.3に近い水準を維持している。このため、住宅需要は非常に強いと判断できる(図表13)。

もっとも、現在議論されている税制改革案では、住宅ローンの利払いに対する税額控除が縮小される計画となっている。また、基礎控除が倍増されることも、住宅ローン控除などの項目別控除ではなく基礎控除を選択する納税者が増加するとみられており、住宅取得に関する税優遇策が後退する可能性が高く、住宅需要にネガティブに働くとの警戒感が業界内で強い。このため、税制改革に伴う債務残高拡大による住宅ローン金利上昇懸念などと併せて税制改革が住宅需要に与える影響が注目される。
(図表12)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表13)住宅購入センチメント指数
(図表14)税制改革に伴う債務増加見込み額 (政府支出、財政収支)12月下旬まで政府閉鎖は回避、税制改革は18年1-3月期成立見込み
 12月8日が期限となっていた18年度暫定予算は、12月22日を期限とする新たな暫定予算が成立したことで、一旦政府閉鎖のリスクは回避された。今回の暫定予算では、児童医療福祉プログラム(CHIPS)で基金が枯渇した一部の州への財政手当てがされた以外は、基本的に17年度予算額が踏襲される形の予算案になっている。このため22日の期限に向けて、再び共和党が要求する防衛予算の引き上げや、民主党が要求する防衛以外の予算の引き上げなどを巡って厳しい折衝が見込まれるほか、税制改革法案の動向も複雑に絡んでおり、政府閉鎖リスクが高まるとみられる。

一方、トランプ政権が目指す税制改革では、両院が別々に可決した税制改革案の一本化作業が本格化している。11月の当レポート8でも指摘した通り、両院案ともに今後10年間で財政赤字増加額が1.4兆ドル程度となる点では一致しているものの、法人税率引き下げ開始時期や、個人向け減税の時限措置などの相違点があり、年度毎の変動額は大きく異なる(図表14)。

このため、最終的にどのように一本化されるかによって経済効果が変わってくるため注目される。もっとも、上院は共和党が52議席と、共和党議員が3名反対するだけで過半数を下回るほか、上院のみに適用される財政規律ルールなどの制約もあることから、当研究所は最終的な税制改革案は上院案を広く反映する形になると予想している。

いずれにせよ、トランプ大統領が目指す年内成立は前述の暫定予算への対応なども含めて残りの審議日数がタイトになっていることから、一本化作業は来年に持ち越しになる可能性が高いと判断している。

一方、税制改革が実現した場合の経済への影響については、合同税制委員会(JCT)が、上院財政委員会承認案を基に10年間でGDPを0.8%押し上げるとの試算を公表した。これは年平均で0.08%弱に留まる水準であり、民間シンクタンクの見通しも一部を除いて概ね同様の水準となっている9。もっとも、GDPへの影響は18年に大きく出るものの、19年以降は大幅に減衰していくとみられる。このため、当研究所では減税を中心に経済政策の成長押し上げ効果を18年に+0.3ポイントとした。また、19年以降の経済効果については、来年の中間選挙の結果次第でトランプ政権が目指す経済政策の行方が左右されることから、現状で19年の成長押し上げを中立とした。今後は税制改革やインフラ投資などの経済政策の具体的な姿がみえた所で、19年の成長率に織込みたい。
 
8 Weeklyエコノミストレター(2017年11月17日)「税制改革実現は依然不透明―下院共和党案は本会議で可決も、税制改革実現は上院の動向が鍵」を参照下さい。http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57193?site=nli
9 民間シンクタンクも含めたGDPへの影響は責任ある連邦財政委員会がまとめた以下のサイトを参照下さいhttp://www.crfb.org/blogs/no-estimate-shows-tax-bills-would-pay-themselves
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

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