2017年12月06日

地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(3)-「医療軍拡」と冷戦期の軍縮から得られる示唆

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに

今年3月までに各都道府県が策定した「地域医療構想」を読み解くレポート(全4回)のうち、第1回は都道府県が切れ目のない提供体制構築を重視している点、第2回は欧州諸国で論じられている「脱中央集権化」(decentralization)に着目して各都道府県が取るべき考え方や対応策を論じた。

第3回は「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race、以下は「医療軍拡」と表記)という言葉に着目する。これは米ソ冷戦期の核軍拡競争のように、医療機関が高度な設備や機器、多くの人員を持ちたがる行動を指す。各医療機関の合意形成を通じて病床再編や医療機関の役割分担を図ろうとする地域医療構想は医療軍拡を抑制する狙いがある。

そこで本リポートでは、地域医療構想を「医療軍拡を抑える制度」と捉えつつ、前半は冷戦期の核軍拡競争と軍縮の歴史を考察することで、医療軍拡の共通点を探ることで、地域医療構想で取るべき都道府県の対応として、(1)共通の利益で一致すること、(2)関係者間で信頼関係を醸成すること―が重要と指摘する。その上で後半では、こうした取り組みを進める一例として、民間医療機関との合意形成を丁寧に進めようとしている佐賀県の事例を取り上げることで、民間中心の医療提供体制で都道府県の対応策が限られている中、他の地域にも通用する普遍性を持っている可能性を論じる。
 

2――医療軍備拡張競争(医療軍拡)とは何か

2――医療軍備拡張競争(医療軍拡)とは何か

1|医療サービスの特性
日本の医療提供体制では、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」を採用しており、民間医療機関が患者獲得を巡って争っている。さらに、民間の開業医が病院に発展した歴史があるため、1次、2次、3次といった医療機能の区分1も不明確であり、診療所だけでなく大病院も外来を受け付けていることで、医療機関同士が激しく競争している。こうしたシステムは医療機関の経営効率化を促している可能性があり、一概に競争の効果を全て否定できない。

しかし、医療は通常の財やサービスと異なる特性を持っている。第1に、医療は患者-医師の間に情報の非対称性が大きく、患者は医療の質を直接評価しにくいため、医療機関を選択する際にサービスの質ではなく、施設の大きさや設備の豪華さなど外形的な情報に頼っているとされる2。この結果、医療機関の競争が設備投資や人員配置を過度に充実させる方向に働く可能性がある。

第2に、通常の財やサービスであれば、最新鋭の技術を用いた機器を導入すると、生産性が向上するため、価格が下がる可能性があるが、公的医療サービスの場合、その価格は公定であり、むしろ検査や診察を通じて医療機関が設備投資や維持管理の費用を回収しようとする行動に出れば、医療費が増える可能性がある3

こうした医師や医療機関の行動を考える際、通常の企業とは異なる点に留意する必要がある。通常の企業であれば利潤最大化を目標に投資が行われるが、医療提供者には「より良い医療を提供したい」という意識が強い。この結果、利潤最大化よりも損益分岐点まで投資する傾向があり、収入と支出が等しくなる近辺まで投資が行われやすい4

以上のような特性を踏まえると、医療機関同士の競争が必要以上に投資を拡大させる方向に働き、医療費を増やしている可能性がある。

競争が投資を招き、医療費を増やす現象は冷戦期の米ソ軍拡競争になぞらえて、「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race、医療軍拡)と呼ばれている。医療軍拡は1970年代頃からアメリカで議論され、近年では出来高払いの下では高額な外科用医療ロボットを導入した地域では他の医療機関も同様のロボットを持ちたがる傾向が明らかになっている5
 
1 通常、1次医療は「プライマリ・ケア」と呼ばれる日常的な疾病やケガ、2次医療は1次医療で対応できない医療、3次医療は2次医療で対応できない高度な医療を指す。詳細は第4回で述べる。
2 いくつかの研究がこの可能性を示唆している。松嶋大ほか(2009)「紹介状を持参しない大規模病院初診患者の特性とその受診理由」『医療の質・安全学会誌』Vol.4 No.4では、紹介状を持参しない患者が受診した理由として、「すぐに検査ができる」「設備が良い」という答えが有意だった。
3 こうした行動を説明する理論として、医療経済学では患者のニーズだけでなく、医師の判断や行動が医療需要を作り出しているという「医師誘発需要」(Physician induced demand)仮説が論じられている。
4 この行動は「効用最大化」(Utilization-Maximizing)モデルと呼ばれる。郡司篤晃(2001)『医療システム研究ノート』丸善プラネッツpp104-108。報酬の水準を公的に規制されている業界では、企業が利潤の拡大を企図する結果、過度の設備投入が行われてしまう「アバーチ・ジョンソン効果」も指摘されている。
5 Huilin Li et al.(2014)“Are hospitals‘keeping up with the Joneses’?”Healthcare Volume 2, Issue 2, pp152-157.
2|MRI、急性期の取得傾向
一方、日本では医療機関の行動や医療軍拡に関する研究が少なく、詳細な実証研究が求められるが、医療軍拡の結果と考えられる事例が多く見られる。

例えば、日本が他の先進国よりも遥かに多くの高額医療機器を所有している点である。人口100万人当たりのMRIの台数を見ると、図1の通り、2015年現在のOECD(経済協力開発機構)平均が15.5台に対し、日本は51.7台に及んでいる。CTについても、OECD平均の25.6台に対し、日本は107.1台に上る。これらの状況については、施設の大きさや設備の豪華さなど外形的な情報に頼りがちな患者の行動が医療機関の行動や設備投資に影響を与えた結果と考えられる。

急性期を取得したがる傾向も医療軍拡の一環と言える。医療機関の経営判断については、「高度急性期病院を頂点とする暗黙的なヒエラルキーの存在を意識しているようである」との指摘がある6通り、「急性期を格上、回復期を格下」と見なす認識があるとされる。例えば、病床機能の役割分担を明確にするため、政府が2006年度診療報酬改定に際して、患者7人に対して看護師1人を配置する急性期病床の入院基本料要件(いわゆる7:1要件)を満たす医療機関に対して診療報酬を手厚く分配したところ、国の予想以上よりも多くの医療機関が7:1要件を満たした。これも「格上の急性期を取らなければ、患者や医師を確保できない」という医療機関の競争が背景にあるとみられている。
図1:人口100万人当たりMRI台数
 
6 伏見清秀(2016)「医療需要将来推計に基づく地域医療構想が示す医療機能の分化・連携のあり方」『社会保障研究』Vol.1  No.3では、医療機関経営者や医師、患者など多くの関係者の間に急性期病院指向があると指摘している。
3|軍縮としての地域医療構想
第1回で述べた通り、地域医療構想が制度化された一因には7:1要件病床の膨張があり、「軍拡」「軍縮」といった言葉を直接用いていないにしても、関係者の間では医療軍拡を止める選択肢として地域医療構想が理解されている。

例えば、厚生労働省幹部は「共倒れや過当競争はやめていただきたい。そんな余裕は今の日本にはない。無駄の排除を含めて、(注:地域医療構想は)効率的な医療をみんなで提供して下さいという大事なフレームワーク」と指摘している7。さらに、医療機関関係者からも「地域で際限なく消耗戦を続ける愚を終わらせる」8、「このまま何もしなければ病院は共倒れになり、地域の人に迷惑をかける。協議しながら無駄を省いて連携することによって、安定的に医療を提供できないか。言い方を変えると許された談合」9といった発言が出ている。これらの発言を見ると、地域医療構想が医療軍拡をストップさせ、医療費を抑えようとしている意図が分かる。
 
7 2016年10月24日『m3ニュース』、迫井正深保険局医療課長インタビュー。
8 2016年7月21日医療介護福祉政策研究フォーラムにおける地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構の栗谷義樹理事長の発言。
9 「座談会 地域医療構想の課題と展望」『社会保険旬報』No.2626における西沢寛俊全日本病院協会長の発言。
 

3――核軍拡と医療軍拡の共通点

3――核軍拡と医療軍拡の共通点

1|米ソ核軍拡と軍縮の歴史
ここで、本物の軍拡との共通点を探るため、核軍拡や核軍縮を中心とした冷戦期の歴史を簡単に振り返ってみよう。第2次世界大戦後に対峙したアメリカ、ソ連は人類を何度も絶滅できる核兵器を所有・保蔵しただけでなく、破壊力を増強する兵器開発、運搬手段の多様化、迎撃システムの開発などを競った。これがソ連の経済力を疲弊させ、社会主義陣営の崩壊につながったことはよく知られている事実である。

しかし、そんな中でも緊張緩和(デタント)と呼ばれる時期があり、1960年代~1970年代、1980年代後半に軍縮の取り組みが進んだ。例えば、部分的核実験禁止条約(1963年)、第1次戦略兵器制限条約の調印(1972年)、弾道弾迎撃ミサイル制限条約の締結(同)などである。さらに、ヨーロッパでは東西両陣営の首脳が集まる「欧州安全保障協力会議(CSCE)」10が1975年に発足し、信頼醸成措置(CBM:Confidence Building Measures)と呼ばれる取り組みとして、軍事演習の事前通告や軍事演習へのオブザーバー相互交換、経済・科学技術・環境協力などを地道に積み重ねられた11
 
10 現在は「欧州安全保障協力機構(Organization for Security and Co-operation in Europe)に改組。
11 もちろん、軍縮の取り組みが全て奏功したわけではなく、むしろ失敗のケースの方が大きい。冷戦期では1979年のソ連軍によるアフガニスタン侵攻を受けて対立が激化し、ゴルバチョフソ連共産党書記長が登場するまでの間、「新冷戦」と呼ばれる状況が続いた。
2|核軍拡と軍縮の歴史から得られる示唆
こうした軍拡や軍縮の歴史から得られる示唆は何だろうか。第1に、共通の利益で一致する必要性である。デタントが始まる契機は1962年の「キューバ危機」だった。ソ連が核兵器を運搬できる中距離弾道ミサイル基地をキューバに整備しようとしたことで、米ソ両国は一触即発の状態となり、世界は全面核戦争の危機に直面した。結局、ソ連がミサイル基地をキューバから撤去することで決着したが、この危機を通じて両者は「核戦争の防止」という共通の利益で一致し、デタントに向けた機運が生まれた。

第2に、信頼醸成の重要性である。相互で不信感を抱いていると、軍拡は進みやすい。実際、キューバ危機では「アメリカがキューバを攻撃するのではないか」というキューバとソ連の不信感がミサイル基地の建設に繋がり、この行動が「主要都市を攻撃される危険性が高まる」というアメリカの懸念を強め、米ソ両首脳が互いに腹を読めなかったことが戦争の危機を増大させた。

一方、CSCEによる信頼醸成措置では偶発戦争のリスクを減らし、軍縮を進めやすい環境が整備された。お互いに不信を払しょくする信頼醸成が軍拡を防ぐ一つの重要な手段と言える。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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