2017年12月07日

教育無償化への期待と不安

基礎研REPORT(冊子版)12月号

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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10月の衆院選では与党が圧勝した。野党の乱立や政策の不十分さが有利に働いた面もあるだろうが、少子高齢化への危機感から、「教育無償化」など未来への投資も含めた社会保障改革の必要性を強く感じた国民が多かったのではないか。与党の公約では、2019年度予算にて5歳児から無償化、2020年度予算で3歳児まで拡大する。

ここで働く母親として、大きな期待を寄せるとともに、強い不安も抱く。

高齢者への配分に偏りのある現在の社会保障制度において、将来世代の配分を増やすことには強く賛同する。 子育て世帯の経済環境は厳しい。賃金減少による世代間の経済格差に加え、雇用形態による世代内の経済格差もある。教育熱が高まる中、家計の教育費負担は増すばかりだ。子育て世帯が「教育無償化」に寄せる期待は大きい。

一方で「待機児童問題」は、どこへ行ってしまったのか。そもそも増税の確実な実現には、労働者の所得を増やし消費拡大につなげ、経済を活性化させる必要がある。 現在、出産や育児を理由に働きたいのに働けていない女性は約300万人存在する[図表1]。これらの女性が働ければ、所得増加・消費拡大につながりやすく、人手不足の緩和にもなる。

また、現在、子を持つ(あるいは増やす)ことをためらう要因の1つに経済問題がある。仕事と育児の両立環境の整備は少子化対策にもつながる。

首相は「待機児童対策は消費増税とは関係なく前倒しで進める」と言う。しかし、待機児童は2017年度末に解消される予定が、2019年度末へ後ろ倒しになっている。待機児童解消に向けた財源確保に課題がある中、新しく「教育無償化」という別の子供関連の政策が進められることになる。これで本当に待機児童は解消されるのだろうか。
図表1:女性の労働力率と就職希望者
また、「教育無償化」は更なる教育格差を生みかねない。

9月25日の経済財政諮問会議資料には「幼児教育の無償化に最優先で取り組むべき。一方(中略)高等教育は低所得層への支援に限定すべき」とある。高等教育には所得制限を設けるものの、幼児教育無償化は全世帯対象の方向だ。

繰り返しになるが、子育て世帯は世代内でも経済格差がある。子供の教育費は世帯収入に比例しており[図表2]、経済格差は教育格差に直結する。高所得世帯が無償化の恩恵を受けると、これまで支払っていた保育料を習い事などへ充てる可能性もある。

全世帯対象というと聞こえは良いが、喫緊に対処すべき課題として進められていたはずの政策へ財源が振り向けられない可能性や、「人づくり革命」と言いつつ、教育格差を広げかねない可能性があるのではないか。
図表2:世帯年収別・学校区分別に見た幼児園児のいる世帯の年間学校外活動費
さらに、今後、無償化の対象が0~2歳へ拡大されるならば、やはり「待機児童問題」が課題になる。待機児童家庭の方が厳しい状況にあるにも関わらず、無償化の恩恵を受けるのは保育園を利用できている家庭になるためだ。また、社会保障制度の一環で実施するならば、子が乳幼児期は専業主婦志向が強いような家庭では恩恵を受けられないという不公平感もある。

これから年末にかけて政府では、「教育無償化」をはじめ消費増税の使途見直しについて、具体的な議論が進められる。生活者の現状を見れば、待機児童の解消と教育無償化を両立し、教育無償化が更なる教育格差を生まないように制度設計すべきだ。限られた財源で何を優先すべきか、生活者の現状を丁寧に捉え、将来の方向性を熟慮する必要がある。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2017年12月07日「基礎研マンスリー」)

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