2017年11月17日

税制改革実現は依然不透明-下院共和党案は本会議で可決も、税制改革実現は上院の動向が鍵

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

前月の当レポート1で指摘したように、今後10年間で1.5兆ドルの減税を可能とする、財政調整指示を盛り込んだ18年度予算決議が可決したことで、上下院共和党主導で税制改革案の策定作業が進んでいる。11月16日に下院が税制改革法案を本会議で可決したほか、上院は財政委員会で法案の修正作業を進めており、11月23日の感謝祭明けから本会議で審議することを目指している。

両院案ともに、9月下旬にトランプ政権が発表した税制改革の統一枠組みを基本的に踏襲し、減税規模も1.5兆ドルの枠内に収める内容となっている。しかしながら、両院案には様々な相違もみられている。とくに、上院案では同院だけに適用される財政規律に関する法律を遵守するために、法人税率の引き下げ時期を下院の18年に対して1年遅らせたほか、個人向け減税の大部分が25年末までの時限措置とする点などで大きな違いある。さらに、上院案ではオバマケア廃止に向けた項目が盛り込まれたことが、一部上院共和党議員も含めて物議を醸している。

本稿では、現在策定作業が進められている上下院の税制改革案の概要、及び今後の税制改革の見通しについて説明している。結論から言えば、上院案の可決や、その後の下院との一本化作業、財政規律を回避するための法案成立など、今後も紆余曲折が見込まれるため、トランプ政権が掲げる年内成立は困難というものだ。当研究所では、上院で法案を通過させるために野党民主党を取り込んで超党派の動きが加速し、民主党の要求を一定程度盛り込む形で税制改革が来年実現すると予想していた。しかし、ここにきて上院が税制改革案にオバマケア廃止のための項目を盛り込むなど、足元では寧ろ党派的な動きが強まっているため、税制改革実現の可能性について依然として慎重に見極める必要がある。
 
1 Weeklyエコノミストレター(2017年10月27日)「税制改革実現に財政調整指示を盛り込んだ予算決議が可決。税制改革実現に一歩前進も、紆余曲折を予想」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=56975?site=nli
 

2.議会共和党(上下院)税制改革案の概要

2.議会共和党(上下院)税制改革案の概要

(個人向け)上院案はほとんどの減税措置が25年末までの時限措置
個人向けの税制改革案では、両院案ともに基礎控除が現行法から倍増されるほか、人的控除や、代替ミニマム税の廃止で一致している(図表2)。

一方、個人所得税率区分は、現状の7区分(最高税率39.6%)から、下院案が4区分(同39.5%)、現在財政委員会で修正審議が行われているハッチ委員長案では7区分(同38.5%)の案が示されている。

また、項目別控除では両院案ともに多数の控除が廃止される計画となっているが、上院案では医療費や教育費控除を現行法のまま維持する一方、州や地方税(SALT)の一定額を連邦所得税から控除できる仕組みについては、全て廃止するとしており、州財産税の一部を残すとしている下院案と異なっている。

次に、子供税額控除では、現行の17歳未満の子供一人当たり1,000ドルから上院が2,000ドルに倍増するとしているのに対して、下院案では1,600ドルと幾分緩やかな増加となっている。もっとも、下院案では子供税額控除とは別に300ドルの家族税額控除を22年までの時限措置として新設する方針を示している。
(図表2)税制改革案比較(個人向け)
さらに、日本の相続税に該当する遺産税については、富裕層を優遇しているとの批判が強いが、両院ともに現行法で5百万ドル超と高額になっている基礎控除額をさらに倍増させる方針を示した。また、上院案が遺産税を維持するとしたのに対し、下院案は25年以降に廃止する方針である。

一方、ハッチ委員長は11月14日に発表した修正案で、個人向けのほとんどの税制改革を25年末までの時限措置にすると発表した。これは、財政調整で規定された期間(27年度までの今後10年間)を超えて赤字が拡大することを禁止している「バード・ルール」を遵守するためである。なお、「バード・ルール」は上院だけに適用される。当初の上院案では、27年度でも税制改革に伴う債務増加が見込まれていたことから、「バード・ルール」を遵守するためには、28年度以降の債務増加を回避する必要があった。今回、個人向けを時限措置とすることで、最終年度での債務削減が見込まれているため、同法を遵守できるほか、法人減税を恒久化することが可能となった(前掲図表1)。

また、同委員長は修正案にオバマケアで定められている個人保険の加入義務を削除することを盛り込んだ。保険加入義務は、個人に対して最低限の保険に加入することを義務付けており、違反した場合に罰金が課される一方、低所得者に対しては補助金がでる仕組みとなっている。同委員長は廃止理由を、今後10年間で3,300億ドルの財政収支改善が見込めるためであると説明している。しかしながら、これは明らかに税制改革に名を借りたオバマケア廃止の動きに他ならない。議会予算局(CBO)は、加入義務の廃止に伴い無保険者が1,300万人増加すると試算2しており、法人税を削減するために、これまで補助金が支給されていた中低所得層を犠牲にしたとみられても仕方ないだろう。野党民主党は、オバマケア廃止に向けた措置を盛り込んだことを痛烈に批判している。さらに、複数の上院共和党議員も今回の修正案に懐疑的な見方を示しているため、2人以上の共和党議員の反対で過半数割れとなる上院で、過半数確保に向けて不透明感が高まっている。
(法人向け)法人税率を20%に引き下げ。ただし、上院案は実施時期を1年先延ばし
法人向けの税制改革に関しては、個人向けに比べて両院案の差は少なく、法人所得税の税率を現行法の15%~35%までの8段階から20%に一本化することや、代替ミニマム税廃止の方針で一致している(図表3)。また、課税ベースを現行法の全世界所得課税から源泉地主義に変更し、既に海外に保留している利益を米国に資金還流させる場合に一度限りの低税率を適用するなどの方針にも違いはない。

もっとも、法人所得税の引き下げ時期については下院案が18年からとしているのに対して、上院案は19年と1年先送りにする方針を示しており、大きく異なっている。また、パートナーシップなどのパススルー事業体に適用される税率についても、下院案が所得の30%に対しては現行法の39.6%から大幅な引き下げとなる25%を適用するとしているのに対して、上院案では基本的に個人所得税の最高税率案38.5%を適用するものの、新たに17.4%の所得控除を導入することで結果的に、最高税率を31.8%まで引き下げる案を提示しており、両院案で制度設計に相違がみられる。
(図表3)税制改革案比較(法人向け)
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窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

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