2017年11月16日

麻酔医療の現状-これからの麻酔医療は、誰に担ってもらうか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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7――おわりに (私見)

本稿では、手術の際に用いられる麻酔について、現状を俯瞰するとともに、課題について、紹介していった。最後に、麻酔医療の問題点について、一点、私見を述べることとしたい。

私見: 若手医師や女性医師を中心に麻酔科医の拡充を図り、医療の安心を向上させることが必要

今後、高齢化が進むとともに、医療技術・医療機器が発達するに連れて、医療ニーズが、量・質の両面で、高まっていくものと考えられる。70歳代の高齢者を中心に、生活習慣病の治療として、腹腔鏡下手術が増加している。一般に、腹腔鏡下手術は、開腹手術に比べて、創が小さく、術後疼痛が少ないことから、患者の早期の社会復帰が可能とされる。このため、将来、開腹手術の代替手段として、腹腔鏡下手術が、更に伸びていく可能性が高い。腹腔鏡下手術は、全身麻酔の下で行われる。このため、この手術が増えれば、全身麻酔の増加につながっていく。

近年、手術や麻酔の医療技術の進化により、ASA分類でクラス1の健康な患者の偶発症死亡率は、手術1万例あたり0.3例。麻酔管理が原因の死亡率は、クラス全体で、同0.1例に抑えられている。今後は、高齢患者の増加とともに、クラス3やクラス4の重度の全身疾患を持つ患者が増えていくと見られる。従来以上に、医療の安全確保を推進して、偶発症の抑制等を強化する必要が生じてこよう。

一方、麻酔科医の現状を見ると、増加しているとは言え、その数は、2014年に全国で8,625人に過ぎない。これは、全ての麻酔科医が、ほぼ毎日1件の全身麻酔を行っている計算となる。将来、医療の質を維持しながら、手術麻酔の増加に対応していくために、麻酔科医の拡充は、不可欠と見られる。麻酔科医は、周術期管理チームの核として、麻酔準備から術後鎮痛まで、手術を支える立場にある。そのために、麻酔の技術はもとより、執刀医や他職種との高度なコミュニケーション能力が求められる。また、鎮痛・鎮静・筋弛緩等に用いられる新たな薬剤、声門上器具やエアウェイスコープ® など各種医療機器、TIVAやVIMA等の新たな麻酔法など、医療技術は、日々進化している。このため、麻酔科医には、常に、新しい技術を身に付けて、臨床医療に活かすといった、学びの姿勢も求められる。

他方、麻酔科医は、他の診療科と異なり、業務時間のオンとオフが切り分けやすい。麻酔科医は、周術期に患者に接することが基本であり、原則、患者の主治医になることはない。このため、新卒や若手医師が臨床医療を身につける学びと実践の場として、あるいは、産休や子育て等で医療現場を離れていた女性医師が復帰・活躍する場としてなど、様々な形で、その拡充を図ることが考えられる。

今後、麻酔医療は、医療の質と安全を確保しつつ、医療ニーズの高まりに応えていかなくてはならない。引き続き、麻酔医療の動向に注視していくことが、必要と考えられる。


【参考文献・資料】
 
(下記1~7の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「麻酔科研修実況中継! 第1巻 麻酔・周術期管理の基本編」南敏明監修, 駒澤伸泰著(中外医学社, 2016年)
  2. 「やさしくわかる! 麻酔科研修」讃岐美智義(学研メディカル秀潤社, 2015年)
  3. 「好きになる麻酔科学」諏訪邦夫監修, 横山武志著(講談社, 2011年)
  4. 「NEW麻酔看護の基本Q&A55」(第2版)多田羅恒雄・上農喜朗・藤本陽子編(メディカ出版, 2012年)
  5. 「手術室のマエストロ! 麻酔科医の行く先」宇田るみ子(へるす出版, へるす出版新書019, 2012年)
  6. 「君も麻酔科医にならないか(麻酔科医ノート PartII)」外須美夫(真興交易医書出版部, 2012年)
  7. 「麻酔科医に求められる態度(麻酔科医ノート PartⅣ)」外須美夫(真興交易医書出版部, 2016年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「社会医療診療行為別調査」(厚生労働省)
  2. 「社会医療診療行為別統計」(厚生労働省)
  3. 「人口推計」(総務省)
  4. 「麻酔科標榜許可の審査に係る医療法施行規則の一部改正の留意事項について」(厚生労働省医政局長通知(医政発 第0502004号, 平成17年5月2日))
  5. 「医師臨床研修制度の見直しについて」(厚生労働省ホームページ)
    http://www.mhlw.go.jp/seisaku/2009/08/04.html
  6. 「医師・歯科医師・薬剤師調査」(厚生労働省)
  7. 「医療広告Q&A」医療法制研究会 編集(中央法規出版, 2008年)
  8. 「麻酔科医は患者の命を守る」(日本麻酔科学会, 日本麻酔科学会新書001(第2版), 2017年)
  9. 「『勤務医の就労実態と意識に関する調査』調査結果」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構, 2012年9月4日)
  10. 「周術期管理チーム認定制度 設立背景」(日本麻酔科学会ホームページ)
    https://public.perioperative-management.jp/
  1. 「広辞苑 第六版」(岩波書店)
  2. 「あなたは救命されるのか -わが国の救急医療の現状と問題解決策を考える-」小濱啓次(へるす出版, へるす出版新書005, 2009年)
  3. 「医療施設調査」(厚生労働省)
  4. 「麻酔関連偶発症例調査 (第2次調査)」(日本麻酔科学会, 1999~2003年)
  5. “Survey of patients whose lungs could not be ventilated and whose trachea could not be intubated in university hospitals in Japan”T. Nagaro et al(Journal of Anesthesia(2003), 17:232-240)
  6. 「気道管理アルゴリズム」(日本麻酔科学会)
  7. 「安全な麻酔のためのモニター指針」(日本麻酔科学会)
  8. “The Incidence of Awareness During Anesthesia: A Multicenter United States Study” Peter S. Sebel et al.( the International Anesthesia Research Society, Anesth Analg 2004;99:833–9)
  9. “A Simplified Risk Score for Predicting Postoperative Nausea and Vomiting : Conclusions from Cross -validations between Two Centers” Christian C. Apfel, Esa Lӓӓrӓ, et al.(Anesthesiology 1999; 91: 693-700)
  10. 「華岡青洲の妻」有吉佐和子(新潮社, 1967年)
  11. 「薬事工業生産動態統計」(厚生労働省)
  12. 「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」(日本麻酔科学会, 2015年)
 
(なお、下記4編の拙稿については、本稿執筆の基礎とした)
  1. 「医療・介護の現状と今後の展開(前編)-医療・介護を取り巻く社会環境はどのように変化しているか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月10日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/42282_ext_18_0.pdf
  2. 「医療・介護の現状と今後の展開(後編)-民間の医療保険へはどのような影響があるのか? 」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月16日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/42289_ext_18_0.pdf
  3. 「救急搬送と救急救命のあり方-救急医療の現状と課題 (前編)」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2016年7月28日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/53489_ext_18_0.pdf
  4. 「災害時のトリアージの現状-救急医療の現状と課題 (後編)」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2016年8月3日)
    http://www.nli-research.co.jp/files/topics/53548_ext_18_0.pdf
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2017年11月16日「基礎研レポート」)

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