2017年11月13日

教育無償化について考える-3~5歳完全無償化より待機児童解消、質向上を優先すべきでは

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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■要旨
 
  • 消費税率2%引き上げによる2兆円の税収増が「人づくり革命」に充てられる方向だ。その中で幼児教育の無償化の議論が進んでいる。3~5歳の完全無償化に政府は年間約8,000億円を出すとの報道もある。本稿では、改めて3~5歳の就園状況を確認し、教育無償化が政策として妥当なのかを考察する。また、幼稚園児の学校教育費と保育園児の保育料の家庭負担額 から、3~5歳の教育無償化にかかるコストを試算する。
     
  • 現在、3歳は9割程度、4・5歳はほぼ全員が幼稚園か保育園に通っている。教育無償化の目的は教育費負担の軽減に加えて、幼児教育の有用性への期待もあるが、既に多くの子供が何らかの教育を受けている中では無償化による需要喚起は期待しにくい。保育士不足で保育の「質」の問題なども生じる中、教育や保育の「質」向上に予算を充てるという考え方もあるのではないか。
     
  • 3~5歳の無償化コストを現在の利用者負担額から試算すると、幼稚園分は年間約3,600億円、保育園分は国の上限額基準で約1兆円、未就園児分も合わせると年間1兆4,600億円となる。保育料は各自治体が国の上限額以下で設定するため、仮に保育料が全体的に上限額の4割程度であれば政府試算と同程度になる。
     
  • 全国1,718区市町村の保育料把握は困難なため、国の上限額を基準に、年間約8,000億円でおさめることを考えると、例えば利用者の7割を無償化、全利用者を半額、月2.5万円程度を上限に上限額付き無償化などがあげられる。なお、今後、幼稚園児と比べて費用のかかる保育園児は増える見込みであり、無償化コストは増える前提で制度設計すべきだ。
     
  • 限られた予算を有効活用するためには優先度を付けた政策の実行が求められる。完全無償化が難しい場合、所得制限を設けて低所得世帯を配慮した制度設計となるのだろうが、既に所得に応じた負担額の減免措置はとられており、特に低所得世帯では新たな恩恵は得られにくい。
     
  • 未就学児世帯へ向けて優先すべきは待機児童問題の解消ではないか。政府は2020年度末までに32万人分の受け皿確保を掲げているが、就労希望があるにも関わらず働けていない既婚女性の人数を鑑みると、それでも足りないだろう。より緊急度が高く効果が見込まれる政策へ予算を投下するとともに、その効果測定も実施すべきだ。

■目次

1――はじめに
  ~消費増税による2兆円の税収増で幼児教育無償化、3~5歳は完全無償化の方針
2――未就学児の居場所
  ~3歳以上の9割超が就園する中、無償化より教育・保育の「質」向上が優先では
3――3~5歳の教育無償化にかかるコスト
  ~幼稚園と保育園(上限額計算)で年間1兆4,600億円程度
  1|幼稚園児の教育費~年間3,644億円、給食費も含めれば4,076億円
  2|3~5歳の保育園児の保育費
   ~上限額で試算すると保育標準時間の場合、年間約1兆円
4――3~5歳の完全無償化にかかる政府予算について考える
  1|本稿と政府試算の乖離
   ~本稿は高め試算だが予算不足の印象も、今後コスト増前提の制度設計が必要
  2|年間8,000億円でおさめるには
   ~上限額試算では利用者7割無償化、全員半額、上限額付き無償化等
4――おわりに
  未就学児世帯に向けた政策で優先すべきは待機児童の解消、次に「質」向上が妥当では
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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