2017年11月08日

商業施設売上高の長期予測-少子高齢化と電子商取引市場拡大が商業施設売上高に及ぼす影響

基礎研REPORT(冊子版)11月号

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

文字サイズ

1―はじめに

小売業が低迷し、首都圏でも百貨店や大手総合スーパーが閉店に追い込まれるケースが出てきている。足元では持ち直しの兆しが見られるものの、これからも楽観できない状況が続きそうだ。今後、少子高齢化と電子商取引(EC)市場拡大の影響による下押し圧力が強まると予想されるからである。

商業施設のテナントの賃料負担力は売上高と密接に関連している。そのため、小売業の売上不振は賃料引き下げやテナント撤退などにつながり、商業施設の投資収益を押し下げる。少子高齢化やEC市場拡大による小売業の先行き不安が、商業施設への投資の不透明感を強めている。

そこで本稿では将来の少子高齢化とEC市場拡大の影響に注目し、個人消費の側面から今後の商業施設の売上環境を分析する。

2―商業施設の売上環境変化の推計

1|推計方法
将来の日本の商業環境を分析するため、2035年までの日本の「物販・外食・サービス支出」と「商業施設売上高」を推計した[図表1]。

「物販・外食・サービス支出」は、世帯主年齢毎の消費支出から、商業施設の売上高に繋がる品目への支出を集計し、同年齢毎の世帯数を乗じたものである。これは日本の商業施設の潜在的な売上規模を示す。また物販・外食・サービス支出の主要品目については品目毎の支出を推計した。

「商業施設売上高」は、物販・外食・サービス支出からECによる物販購入(物販支出×EC化率)を除いたもので、日本の商業施設の売上総額を示す。

なお、将来の売上環境の推計では以下の仮定を置いた。まず、世帯主年齢毎の可処分所得、消費性向、品目別消費割合が直近の2014年時点から将来も一定と仮定した。次に、将来の年齢毎世帯数のシナリオは、国立社会保障・人口問題研究所の予測を用いた。そして、EC化率の将来推移には、メインシナリオとサブシナリオの2つを設定した。メインシナリオは、EC市場規模が過去10年と同じペースで拡大を続けると仮定したもので、2016年に5.4%であるEC化率は、2035年までに13.4%に上昇する。サブシナリオは、現在ECを利用していない世帯は将来も利用せず、若年世帯など現在EC化率の高い年齢の世帯が、時間推移により全体に占める割合が増えることで、日本全体のEC化率が上昇すると仮定したものだ。EC化率は2035年までに8.4%に上昇する。
図表1:推計方法の概要
2|商業施設の潜在売上規模の見通し
まず、2035年までの物販・外食・サービス支出と品目別支出の推移を試算した[図表2]。2015年と比較して、物販・外食・サービス支出は2025年に-1.9%、2035年に-7.7%となる。今後10年程度は緩やかなスピードで減少するが、その後は減少ペースが加速する。

品目別に見ると、2025年までは被服・靴(15年比-3.4%)、教養娯楽用品(同-3.9%)、外食(同-4.5%)の減少率が大きい。一方、医薬品関連(同+1.4%)や理美容サービス(同+0.2%)、交際費(同+0.7%)等は増加する。他にも食料(同-1.8%)、家具・寝具( 同-1.5%)、家電( 同-1.9%)、旅行サービス(同-1.2%)、医療サービス(同-1.7%)、観覧・入場料等(同-1.5%)は高齢化の影響が少ない品目のため、減少率が限られる。観覧・入場料等、交際費といった品目には単身世帯増加によるプラスの影響があるため、高齢化の影響が一部相殺された。

2035年までの品目別変化を見ると、2025年には支出が増加していた品目も含めて、全ての品目で減少している。この時期は、世帯数の減少や高齢者世帯の平均年齢の上昇により、支出減少が加速している。特に、被服・靴(同-10.7%)、教養娯楽用品(同-10.4%)、外食(同-12.3%)は二桁台のマイナスと減少率が大きい。医薬品関連(同-3.1%)や交際費(同-2.7%)は小幅な減少にとどまるが、高齢化により恩恵を受ける品目もマイナスに転じる。
図表2:物販・外食・サービス支出の増減率の見通し
図表3:商業施設売上高の将来予測 3|商業施設売上高の見通し
次に、2035年までの商業施設売上高の推移を試算した[図表3]。2035年にEC化率が13.4%となるメインシナリオでは、2015年の商業施設売上高の水準を100とすると2025年に95.3(年率-0.48%)、2035年には87.1(年率-0.69%)まで減少する。また2035年にEC化率8.4%となるサブシナリオでは、2025年に96.6(年率-0.34%)、2035年に90.1(年率-0.52%)まで減少することが見込まれる1



 
 
1 本稿では訪日外国人旅行客の消費増加を考慮していないが、当要因は商業施設売上高を押し上げる可能性がある。訪日外国人旅行客の消費額のうち商業施設売上高に繋がる費目を集計すると2016年は2.3兆円である(買物代、飲食費、娯楽サービス費の合計)。そのため、2020年に目標であるインバウンド4,000万人を達成し、今後も同額の消費を行うと仮定すれば、3.8兆円の売上が見込める。
図表4:小売業販売額の将来予測 EC化率が13.4%となるメインシナリオでも、商業施設売上高が年率0.69%の減少であれば、少子高齢化とEC市場拡大の影響は限定的と見ることもできよう。運営力などで対応する余地もありそうである。

しかし、そのインパクトは決して小さくない。規模感を把握するために、商業施設売上高と同様の推移を辿ると仮定できる小売業販売額について、2035年までの推移を推計する[図表4]。EC化率が13.4%となるメインシナリオでは、小売業販売額が2016年の139.9兆円から2025年に131.4兆円、2035年に117.4兆円まで減少する。2025年の水準は、バブル崩壊後の底である2002年の132.3兆円を下回る。また2035年は、1987~88年と同水準で、バブル期に急拡大する前の状態に戻ることを示している。

3―おわりに

商業施設の売上環境は足元で改善の兆しも見られるが、今後は少子高齢化とEC市場拡大の影響が本格化することで、下押し圧力が強まっていく。2035年の商業施設売上高は2015年と比較して12.9%減少し、小売業販売額は直近の139.9兆円から2035年には117.4兆円と1980年代後半の水準まで落ち込むことが予想される。今後、売上全体のパイが縮小すれば、商業施設間の競争も激しくなる。

ここで重要なのは商業施設売上高への下押し圧力は緩やかだが、それが長期間にわたって続くということである。その下押し圧力を累積すると決して小さくない規模である。少子高齢化とEC市場拡大は長期的かつ不可逆的な変化であり、商業施設にとって「緩やかに進む危機」なのである。さらに、その影響は品目や業態によって一様ではないため、商業施設の運営力が一層問われることになる。また、商業施設の投資家も、安定した投資収益を確保するためには、経済・投資環境の緻密な分析に加え、大胆かつ戦略的なアロケーション変更を行うなど、投資対象の選別が一段と求められる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2017年11月08日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【商業施設売上高の長期予測-少子高齢化と電子商取引市場拡大が商業施設売上高に及ぼす影響】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

商業施設売上高の長期予測-少子高齢化と電子商取引市場拡大が商業施設売上高に及ぼす影響のレポート Topへ