2017年10月31日

都道府県別にみた最低賃金引き上げの労働者への影響

白波瀨 康雄

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2都道府県別の影響
次に、ランク別に各都道府県の影響率をみていく。

Aランクでは、神奈川県、大阪府が全体の事業所で8%弱、小規模な事業所では20%弱と全国平均(単純平均)を大きく上回っており、企業への負担が増している可能性がある(図表5)。特に、この2府県は、未満率も高い。未満率はそれぞれ3.2%、2.6%と上位2府県に位置している(全国平均は1.5%)。

Bランクでは、茨城県や滋賀県などの影響率が2%程度と全国平均を大きく下回っているのが目立つ。大幅な最低賃金の引き上げが続く中でも、企業の負担がそれほど高まっていないとみられる。

Cランクでは、北海道の全体の事業所での影響率が7.4%と高くなっているが、その他の県は総じて影響率が低い。特に、石川県や香川県、群馬県では、全体の影響率が2%程度しかない。相対的に引き上げ額が小さいことも影響しているかもしれないが、企業の負担があまり高まっていないとみられる。

Dランクでは、引き上げ額が最も低いものの、事業規模に関係なく影響が大きい県が多く存在し、企業の負担が増している可能性がある。全体では、全17県中8県と半数近くが全国平均を上回っており、小規模な事業所についても同じことが言える。
(図表5)最低賃金の影響率(2016年度)
このように、影響率はランク間で特色があるだけでなく、同じランクであっても都道府県ごとに差があり、状況が大きく異なっている。AランクとDランクで影響率が全国平均を上回る県が目立った。経済実態を考慮すると、Aランクは元々最低賃金を大きく上回る労働者が多かったが、大幅な引き上げを受けて最低賃金近辺で働く労働者が増えてきたと考えられる。一方、Dランクは元々最低賃金近辺で働く労働者が多かったと考えられる。
(図表6)完全失業率の推移/(図表7)有効求人倍率の推移 3雇用への影響は限定的
最低賃金を引き上げることによって、低所得者層の賃金底上げや就労意欲の高まりが期待できる一方で、使用者側にとってみれば人件費増加につながり、企業が新規雇用を取りやめたり、雇用を減らすなどの悪影響が懸念される。ただし、最低賃金は2012年度以降毎年10円超の引き上げが続いているが、全国の失業率は一貫して低下しており、都道府県別の格差も縮まっている(図表6)。また、全国の有効求人倍率も一貫して上昇している。有効求人倍率は、人手不足がより深刻な都市部の上昇ペースが速いが、地方にも雇用の逼迫感が広がっており、着実に改善が続いている(図表7)。月次でみた有効求人倍率(季節調整値)は2016年10月以降、全都道府県で1倍を上回って推移している。緩やかな景気回復が続いており、全国的に人手不足感が大きく高まる中では、最低賃金の引き上げが雇用に与える影響は限定的であったと言える。
 

5―最低賃金引き上げの効果

5―最低賃金引き上げの効果

最低賃金が引き上げられた際には、最低賃金を下回って働くことになる労働者は、引き上げ後の最低賃金を上回る水準で働くことになるが、実際には最低賃金を下回って働いている労働者も一定数存在している。上記で見てきた未満率や影響率を基に、最低賃金引き上げによって直接影響を受ける人数を試算し、引き上げ効果を試算する。なお、試算に当たっては厚生労働省の賃金構造基本調査を用いたが、当統計の調査範囲は、常用労働者5人以上を雇用する事業所に限られる。
1全国への効果
まず、t年度の最低賃金引き上げの影響を直接受ける労働者数を、「t年度の引き上げで最低賃金を下回る労働者数」から「t+1年度の引き上げ前に最低賃金を下回っている労働者数」を引くことで試算した。式で表すと、「(全体(除く事業規模5人未満)の影響率)t×労働者数t-(全体(除く事業規模5人未満)の未満率)t+1×労働者数t+1」となる。影響を受けた労働者数は、2011年度には10万人にも満たなかったが、その後は最低賃金の引き上げ額の増加を受けて2016年度には100万人に達した(図表8)。最低賃金近辺の水準で働く労働者が増えており、最低賃金を引き上げたことによる効果がより大きくなっている。

実際に、影響を受けた労働者数に、年間の労働時間5を乗じて雇用者全体の所得増加額を試算すると、2011年度は9億円に過ぎなかったが、2013年度には100億円に上り、2016年度には300億円以上の所得増加につながっている(図表9)。2016年賃金構造基本統計調査によれば、労働者の給与総額は126.5兆円であり、最低賃金の引き上げによる労働者全体の給与総額に対する押し上げ効果はその0.02%程度に過ぎないものの、年率3%の伸びが続いた場合、引き上げ額は増加していくことから、今後引き上げの影響を受ける労働者数やその所得増加効果は益々増えていくと見込まれる。
(図表8)最低賃金引き上げの影響を受けた労働者/(図表9)最低賃金引き上げの効果
 
5 引き上げ後の最低賃金を下回る一般労働者数、短時間労働者数(平成26年賃金構造基本統計調査特別集計)の割合を用いて、各年度の所定内労働時間を加重平均して算出
2都道府県別の効果
同様にして、最低賃金引き上げによる影響を都道府県別にみていく。ここでは、データの制約があり、2016年度の最低賃金引き上げの影響を直接受ける労働者数を、「(全体(除く事業規模5人未満)の影響率)2016×労働者数2016-(全体(除く事業規模5人未満)の未満率)2016×労働者数2016」とし、最低賃金を下回って働く労働者の数が次年度も変わらないとした。そして、影響を受けた労働者数に、年間の労働時間を乗じて各都道府県における給与増加額(対労働者全体の給与総額)を押し上げ効果として試算した。

押し上げ効果は、影響率の高さがプラスに働くものの、最低賃金から離れた水準で働く労働者の分布にも左右される。

Aランクの神奈川県、大阪府が影響率の上位2府県だったが、押し上げ効果は飛び抜けて大きい訳ではなかった(図表10)。最低賃金近辺で働く労働者が増えているが、最低賃金を大きく上回って働いている労働者も多く存在すると考えられる。しかし、この2府県は未満率も高く、最低賃金を下回って働いている労働者の割合も高い。最低賃金を引き上げなくても、違反している事業所への監督指導を徹底するだけで、恩恵を受ける労働者が増え、更なる押し上げ効果が見込まれる。

Bランクでは、総じて押し上げ効果が大きくなかった。特に、影響率の低かった茨城県、滋賀県は効果も小さい。企業の負担もそこまで増していないと考えられ、現時点で更なる最低賃金の引き上げ余地があると考えられる。

Cランクでも、影響率の高かった北海道などは押し上げ効果も大きかったが、その他の県は効果が大きくなかった。特に、影響率の低い石川県、香川県、群馬県は効果も小さく、更なる最低賃金の引き上げ余地があると考えられる。

Dランクでは、押し上げ効果は全17県中12県が全国(単純平均)を上回っており、影響率では8県が全国を上回っていたことと比べると、単純に恩恵を受ける労働者の割合が多いだけでなく、地域経済に与える影響も相応に大きい。最低賃金と労働者全体の平均賃金の差が小さいためと考えられる。
(図表10)最低賃金引き上げの効果(対給与総額)(2016年度)
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