2017年10月31日

都道府県別にみた最低賃金引き上げの労働者への影響

白波瀨 康雄

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1―はじめに

日本経済は長期にわたって景気回復が続いており、失業率は2%台後半で推移し、有効求人倍率はバブル期のピークを上回っている。しかし、このように労働市場が逼迫した状態にあるにもかかわらず賃金は伸び悩んでおり、個人消費の回復は緩やかなものになっている。

政府としても、総雇用者所得を増加させ、経済の好循環をさらに確実にするために、春闘での賃上げの要請や最低賃金の大幅な引き上げを行っている。しかし、賃上げの要請を行っても、賃上げの足取りは重い。そもそも春闘は、労使間の話し合いで決まるものであり、政府が直接介入すべきではないと指摘する声も聞かれる。一方で、最低賃金は国が強制力をもって直接介入できる制度である。

最低賃金について、安倍首相は2015年11月の経済財政諮問会議で毎年3%程度の引き上げ、将来的には時給1,000円を目指すと発言した。その後も、2017年3月に取りまとめられた「働き方改革実行計画」では、「最低賃金については、年率3%程度を目途として、名目GDP 成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000 円になることを目指す。」と明記され、2017年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2017」においても、「年率3%で引き上げて1,000 円を目指す最低賃金等による可処分所得の拡大・・・(中略)・・・といった政策・取組を進めていく。」としている。

政府目標の最低賃金1,000円に向けた引き上げが続く中で、最低賃金近辺の時給で働いている労働者は増加している。また、その影響は企業規模や都道府県によって異なっている。

本稿では、最低賃金の引き上げが与える影響を検証する。まず、最低賃金引き上げにより、その恩恵を受ける労働者の割合を全国や都道府県別にみていき、労働者全体の給与総額に対する押し上げ効果を試算する。また、都道府県ごとの最低賃金の引き上げが短時間労働者全体の時給に与える影響について分析を行う。
 

2―最低賃金制度の概要

2―最低賃金制度の概要

最低賃金制度は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対してその最低賃金額以上の賃金を払わなければならないとする制度である。毎年7月頃に、厚生労働省の中央最低賃金審議会が引き上げ額の目安を提示し、各都道府県の地方最低賃金審議会での地域の実情を踏まえた審議・答申を経て、都道府県労働局長により決定される(両審議会とも、労働者委員、使用者委員、公益委員から構成)。そして、順次9月末から10月末までに適用される。

中央及び地方最低賃金審議会の審議では、「労働者の生計費」、「労働者の賃金水準」、「通常の事業の賃金支払い能力」を最低賃金の決定に当たって考慮するよう規定されている(最低賃金法第9条第2項)。また、最低賃金でフルタイム働いたとしても、生活保護総額を下回る逆転現象が生じていたことから、2007年に最低賃金法が改正1され、生活保護費との整合性も考慮されるようになった。
(図表1)都道府県のランク(2017年度) 実際には、中央最低審議会において「(1)所得・消費に関する指標(5指標)」、「(2)給与に関する指標(9指標)」、「(3)企業経営に関する指標(5指標)」の各指標を指数化して単純平均(総合指数)を取り、その経済実態に応じて各都道府県をA(2017年度は6都府県)、B(11府県)、C(14道県)、D(16県)の4ランクに区分する。そして、賃金の実態調査結果、消費者物価、最低賃金の改定状況、経営状況、雇用情勢など各種統計資料、労使の意向等を参考にして審議が行われ、ランクごとに引き上げ額の目安が決定される(図表1)。

地方最低賃金審議会では、その目安を参考にしながら地域の実情に応じて引き上げ額が決定される。なお、2017年度の各都道府県の引き上げ額は、目安額に比べて±0円~+2円となった。目安は、地方最低賃金審議会の審議の参考として示すものであり、引き上げ額を拘束するものではないものの、実態として目安に沿って引き上げ額は決定されている。
 
 
1 「労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。(第9条第3項)」という条文が追加
 

3―最低賃金の推移

3―最低賃金の推移

(図表2)最低賃金の推移 2017年度の最低賃金改定額は848円(全国加重平均2)となり、10月1日以降、各都道府県で順次適用される。上げ幅は25円と昨年度に続き過去最大となり、伸び率は2年連続で3%台に達している。政府は、年率3%程度の引き上げを目途として、最低賃金の時給1,000円を目指している。直近2年の最低賃金審議会ではその政府目標を明記した「ニッポン一億総活躍プラン(2016年度)」、「働き方改革実行計画(2017年度)」が各種統計資料で示された経済環境よりも優先された。仮に、今後年率3%で最低賃金が引き上がるとすれば、2019年度に900円、2023年度に1,013円となり、6年後に政府目標に達することになる(図表2)。

一方で、地域ごとの格差は広がっている。現在の時給ベースでの改定になった2002年度以降の推移を見ると、2002年度の最低賃金の最も高い東京都(708円)と最も低い沖縄県(604円)との差は104円であったが、2017年度の差は221円(958円【東京】-737円【高知、福岡を除く九州、沖縄】)まで広がっている。九州地方(除く福岡)などの737円は、10年前(2007年度)の東京都の水準(739円)である。
 
 
2 経済センサス等に基づく適用労働者数の加重平均
 

4―最低賃金引き上げの影響

4―最低賃金引き上げの影響

(図表3)最低賃金の影響率 1全国への影響
最低賃金引き上げによる影響として、影響率の事業規模別の推移をみていく。影響率とは、「最低賃金額を改定した後に、改定後の最低賃金額を下回る労働者の割合」のことを言う。言い換えると、最低賃金が引き上がると法的に賃金水準が引き上がる労働者の割合のことである。
(図表4)最低賃金の未満率 全体(除く事業所規模5人未満)の影響率は、2006年度以前は、1%台前半で推移していたが、最低賃金法改正を受けて最低賃金の引き上げ額が大きくなった2007年度に1%台半ばまで上昇した(図表3)。その後も2011年度を除いて10円超の引き上げ額が続く中、上昇傾向にある。2016年度の影響率は4.5%とおよそ20人に1人は、最低賃金が引き上がることで時給が上がることになる。

小規模な事業所(事業所規模30人未満3)の影響率は2006年度まで全体と大きく変わらなかったが、2007年度以降、その差は拡大している。とりわけ2012年度以降は上昇基調を強めており、最低賃金の大幅上昇が続く中で、最低賃金引き上げの影響を受ける労働者の割合が増えている。2016年度は11.0%と、小規模事業所で働く労働者の10人に1人は最低賃金改定によって時給が上昇することになる。このように、最低賃金の引き上げの恩恵を受ける労働者が増えている一方、企業にとってはコスト負担が増しているとみられる。

使用者が最低賃金未満で労働者を働かせることは最低賃金法違反4であるが、実際には、最低賃金を下回る時給で働いている労働者も一定数存在する。「最低賃金額を改定する前に、最低賃金額を下回っている労働者の割合」を未満率と言い、全体(除く事業所規模5人未満)の未満率は、2009年度以前は1%程度で安定して推移していたが、2010年度に0.5ポイント程度上昇し、それ以降は1.5~2.0%程度で推移している(図表4)。

 小規模な事業所(30人未満)の未満率は、概ね全体と似通った動きをしているが、2016年度に限っては、全体が低下する一方、小規模は上昇しており、事業規模によって遵守状況に差が生じている。
 
3 製造業等は100人未満
4 罰則として50万円以下の罰金が課せられる
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