2017年10月31日

アセアンにおける華人・華人企業経営(2)-アセアンにおける華人企業グループの形成・発展-

平賀 富一

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3――華人経営者と華人系企業グループの特徴や意義

次に、ロバート・クオック氏とその一族や、クォック・グループにみられる華人経営者と華人系企業グループの特徴や意義などについてまとめてみよう。

中国からの移民である両親や親族が、勤勉・倹約により、移民当初の貧しい境遇から事業を拡大していく「白手起家」(裸一貫で事業を起こし成功させる)のプロセスを間近でみることにより、クォック氏は、仕事への取組み、事業経営の基本、家族を大切にすること、母国(マレーシア)、父祖の国(中国)および事業の進出地の大切さや、それら地域への貢献の必要性などを学んだ。また、教育熱心な両親の勧めによる影響が大きいと推量されるが、中国語に加えて、マレーシア・シンガポールの英語重視の名門校で学んだことによる語学力、それらの学校で築いた交友関係(後にマレーシアやシンガポールの政財界の重鎮となる多くの人物)、香港に住居を移し事業活動を行ったことによる、中国のルーツは異なる有力な華人経営者(例えば、アジア最大の富豪である香港の李嘉誠氏、タイ有数の企業家であるチン・ソーポンパニット氏(Chin Sophonpanit陳弼臣:バンコク銀行グループ)、両氏は共に潮州系華人である)および中国本土の実力者も含めた幅広く重要な人脈を各地に保有している。それには、ビジネス関係のみならず、インタビューや派手な報道を好まないとされる同氏の謙虚な人柄と信頼感が寄与していると推量される。

さらに砂糖王としての成功にとどまらず、将来の発展可能性を見越した、ホテル等観光業など新分野への事業領域の拡大、シンガポール・香港・中国本土など地理的な積極展開は、クオック氏が、企業家としての予見性に優れていた証左と言える。特に、中国展開については、1989年の天安門事件後に、欧米等の企業が中国への投資を躊躇する中、大規模な投資を継続したが、この点は、クオック氏と並ぶアセアンの大企業家で交友のある、タイCPグループのタニン・チャラワノン氏(Dhanin Chearavanont謝国民:潮州系華人)のアクションとも共通するものであり、大きなビジネスチャンスに果敢にリスクをとって前進する華人経営者の代表事例と言えよう。

また、グループ企業の所有・経営の面では、親族が中核企業の多くで所有面のコントロールを行いつつ、グループ内の要所を押さえつつ、業務執行面では専門経営者に任せる体制をとっている。
 

4――資源ベース論の観点からのアプローチ

4――資源ベース論の観点からのアプローチ

上記の考察を踏まえて、クオック・グループの強みや競争優位をより深く理解する目的から、経営戦略論における資源ベース論(リソース・ベースト・ビュー)の観点からの考察を行うこととする。

資源ベース論は、経営戦略論においてポジショニング・スクールに対する有力な理論であり、ウエルナーフェルト(Wernerfelt)やコリス=モンゴメリー(Collis and Montgomery)、バーニー(Barney)らがその代表的な論者である。同理論では企業を資源と能力の束であるとみなし、それ以前の戦略論においては同一業界内の企業間の異なる成果を説明するうえで、戦略の実行過程の重要性への視点が十分ではなかった旨を指摘し、経営資源のうち環境適用にとって価値のある、他の企業にはない独自性を持ち、代替不可能な、他からは模倣することが難しい経営資源(物的・人的・組織的な資源のみならずブランドや知的財産等の無形資産を含む)と組織能力を重視している。バーニーによれば、戦略上有効な資源とは、経済価値(Value)の創出につながり、希少性(Rarity)、模倣困難性(In-imitability)や代替移転の不可能性、資源を有効活用する組織構造(Organization)を特徴とするとしている。バーニーは過去の研究を踏まえたうえで経営資源(組織能力を含む)を、 (1)財務資本(戦略を構想し実行する上で企業が利用できるさまざまな資金でその源泉には企業家自身、出資者(投資家)、債権者、銀行などがある)、 (2)物的資本(企業内で用いられる技術、企業が有する工場や設備、企業の地理的な位置、原材料へのアクセスなど)、 (3)人的資本(役職員に蓄積された訓練や経験、それらが保有する判断力、知性、人間関係、洞察力など)、 (4)組織資本(企業内部の公式な報告ルートを含む組織構造、公式と非公式の計画・管理・調整のシステム、企業内部のグループ(集団)間の関係、自社と他企業の関係など)の4つに分類している。

このように企業にとっての重要な経営資源や組織能力を重視する観点は、本論文で対象とする華人系企業グループの競争優位を考える上でより精緻で深みのある分析を進めるために有用であると考えられる。そこで、上記のバーニーの経営資源の4分類を切り口にして、強みの源泉となる競争優位に関し、他社と差別化し、模倣困難で、持続的な競争優位を生み出しているものについて、以下にまとめを行った。
 
・財務資本:初期は、砂糖など農業関連の事業で蓄積した利益をホテルなど他の事業に活用するなど内部留保資金の利用がメインであったが、その後、ロバートクォック氏自身、クォック一族と、その企業グループの信用力増や人脈の強化により、バンコク銀行・中国銀行などアジア地域を代表とする有力銀行からの融資や、グループ内有力企業の上場などによる資本調達による財務力の強化が図られ、企業グループの拡充を図ることが可能になっている。
 
・物的資本:各地に保有する不動産、シャングリ・ラホテルグループの約100か所のホテルと強力なブランド力、小麦・パーム油等農業関連の作業場・工場、海運・物流関連施設など。アジアを代表する国・地域である香港・マレーシア・シンガポールに大きな拠点を有すること、巨大市場である中国本土に数多くの拠点を有することは大きな強みといえる。特に、国際的な金融センターである香港・シンガポールの大拠点は、上記の財務資本の強みを生む資金調達面において重要な役割を果たしている。
 
・人的資本:先ず、総帥たるロバート・クォック氏自身、およびクォック一族の経営者が父祖から受け継ぎ自らも学んだ企業経営に関する理念・哲学、ファミリービジネスへの忠誠心、ビジネスチャンスにはリスクをとって果敢に挑む企業家精神が挙げられる。ロバート・クォック氏に代表される優れた言語コミュニケーション能力(中国語(福建語・普通話(標準語))、英語、マレー語)は、中国の歴代首脳を含む各国の政財界人との豊富な人脈を築く上での大きな強みであると考えられる。さらに、若い世代は、欧米の一流校で学んでおり、近代経営のあり方を学ぶとともに、高いレベルの英語力、よりグローバルな視点や人脈を有していると考えられる。加えて、各事業分野で経営の実務をリードする人物は、豊富な経験・知識・人脈を有する専門経営者である。
 
・組織資本:香港・マレーシア・シンガポールをそれぞれ本拠とする3つの主たる持株会社を要とした、グループ会社の所有・経営構造であり、上記3つの持株会社は詳細は公表されていないがクォック一族のコントロール化にあり、経営方針・理念の統一や徹底が行われる体制にあると考えられる。また有力な華人系企業グループとしてのネットワークの強みを活かして、(中国における父祖の出身地のルーツも異なる)他の華人系企業グループや、中国本土の企業グループとも深い関係を築いている。さらに、事業の拡大と信用力の増大化により、欧米日本などの企業グループとも関係を強化している。
 

5――おわりに

5――おわりに

以上、本項では、ロバート・クォック氏と、クォック・グループを事例として、その形成・発展化のプロセスや、重要点などを述べた。94歳と高齢であるロバート・クォック氏は、すでに、経営の第一線からは退いているが、グループの要や精神的な支柱としては、未だ影響を有すると推量される。今後、同氏の子女や一族の若い世代が、クォックファミリーとして、どのようにロバート氏の経営哲学・理念を受け継ぎ、結束(分離・独立?)していくのか、グループの事業構成や内容が、グローバル化の一層の進展や第4次産業革命など企業環境の大きな変化の中でどのように適応・変化していくかは興味深い点である。

<主要参考文献>
井上隆一郎(1987)『アジアの財閥と企業』日本経済新聞社。
岩崎育夫(2003)『アジアの企業家』東洋経済新報社。
王効平(2001)『華人系資本の企業経営』日本経済評論社。
桂木麻也(2015)『ASEAN企業地図』翔泳社。
朱炎(1995)『華商ネットワークの秘密』東洋経済新報社。
朱炎(1998)「華人企業ネットワークの新展開」『FRI Review』1998.4。
鈴木真美・NHK取材班 (2014)『島耕作のアジア立志伝』講談社。
末廣昭・南原真(1991)『タイの財閥――ファミリービジネスと経営改革』同文舘出版。
末廣昭(2006)『ファミリービジネス論――後発工業化の担い手』名古屋大学出版会。
平賀富一(2017a) 「アセアンにおける華人・華人企業経営②アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点」『基礎研レポート』 2017年7月4日。
平賀富一(2017b)「ASEANのエクセレントカンパニー③クオックグループ『月刊グローバル経営』日本在外企業協会。
平野實(2008)『アジアの華人企業』白桃書房。
Forbes: The World's Billionairesホームページ(https://www.forbes.com/billionaires/list/#version:static 2017年10月26日アクセス).
Tan Yen Fong (2015), Robert Kuok, Kanyin Publications.
クオック・グループ各社ホームページ
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平賀 富一

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(2017年10月31日「基礎研レポート」)

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