2017年10月30日

J-REIT市場の事業環境と今後の収益見通し~今後5年間の分配金レンジは▲6%~+13%の見通し~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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1――不動産ファンダメンタルズは良好だが、J-REIT市場は軟調に推移

低金利環境のもと不動産価格が上昇しオフィス市況も着実に改善するなど不動産ファンダメンタルズが良好な一方で、J-REIT(不動産投資信託)市場の動きが冴えない。市場全体の値動きを表す東証REIT指数(配当除き)は年初より▲12%下落した(10/27時点)。昨年11月のトランプ相場以降も好調な企業業績を受けて高値を更新する株式市場と比較した場合、両者のリターン格差は一段と拡大しJ-REIT市場の低迷が目立っている(図表―1)。
[図表-1] 東証REIT指数とTOPIX(2016年12末=100、配当除き)
こうした下落の背景として、(1)J-REIT市場の需給悪化、並びに(2)不動産市況のピークアウト懸念という2つの要因が指摘される。まず(1)については、最大の投資家層であるJリート投信による換金売りが市場の重荷となっている。投資信託協会によると、今年4月から9月にかけてJリート投信(上場ETFを除く)からの資金流出額は▲1,582億円となった。2015年に約6,000億円、2016年に約2,600億円の資金流入があり市場の拡大を支えてきたJリート投信が売り主体に転じたことで市場参加者は様子見姿勢を強めている。次に(2)については、不動産市況がピークアウトしJ-REITの収益環境が悪化するのではないかとの懸念である。

2012年12月に始まった「アベノミクス景気」は、今年9月で「いざなぎ景気(57ケ月)」を抜いて戦後2番目に長い景気拡大局面となる。景気循環や市況サイクルを前提に考えると、不動産市況がいつ自律的な調整を開始しても不思議ではない。また、欧米の中央銀行が量的金融緩和の縮小(テーパリング)を目指すなか、これまで世界の不動産価格を押し上げてきた過剰流動性の時代は曲がり角を迎えようとしている。

実際、日本不動産研究所の「不動産投資家調査(2017年4月)」によると、オフィス市況の見通しについて現在の状態が「2020年以降も続く」との回答は3%にとどまり、約半数が「今年もしくは2018年頃まで」としている(図表―2)。また、東京のオフィス市場では来年以降オフィスビルの大量供給を控えている。ニッセイ基礎研究所では「東京都心部Aクラスビル賃料は年内横ばいで推移した後、緩やかな下落局面に入る」と予測している。最近のJ-REIT 市場の調整はこうした不透明な事業環境リスクを織り込む過程にあるのかもしれない。
[図表-2]:オフィス市況見通し「現在の状態がいつまで続くか」
それでは、事業環境の変化によってJ-REIT市場の収益はどれほどの影響を受けるであろうか。以下では、まず現在の収益動向を確認する。次に、各種シナリオ(オフィス賃料、物件取得要件、借入金利)を想定し、環境変化に伴う収益インパクトを試算することで、今後5年間の分配金レンジを確認したい。
 

2――運用不動産は5年前より倍増。市場全体の分配金水準は緩やかに上昇

2――運用不動産は5年前より倍増。市場全体の分配金水準は緩やかに上昇

J-REITは、エクイティ資金及び借入金を調達して賃貸不動産に投資し、不動産から得られる賃貸事業収益(NOI:Net Operating Income)を原資に利益のほぼ全額を分配する金融商品である。

2017年6月末時点の運用不動産は市場全体で3,488棟、金額にして17.4兆円となっている(図表―3)。5年前(2012年6月末)と比較すると、物件数は80%、運用額は113%増加した。アセットタイプ別にみると、オフィスが7.6兆円(44%)、商業施設が3.0兆円(17%)、住宅が2.8兆円(16%)、物流が2.2兆円(13%)、ホテルが1.2兆円(7%)、その他(底地など)が0.7兆円(4%)で、「オフィス・商業・住宅」の主要3資産で全体の77%を占める。5年前との比較では、主要3資産の比率が91%から77%へ低下する一方、これまでサブセクターであった物流(4%⇒13%)とホテル(3%⇒7%)の比率が上昇し存在感を高めている。投資エリア別では、東京23区が53%と最も大きく、次いで大阪市や横浜市など地方中核都市を中心として全国に分散投資している。地方や郊外に所在する物流やホテルの投資が増えたことで東京23区の比率が低下しており(62%→53%)、この5年間でアセットタイプと投資エリアの分散が大きく進んだことになる。
[図表-3] :アセットタイプ別・エリア別投資金額・比率(2017年6月末)
運用資産の拡大とともに、業績も順調に推移している。J-REITは主に、(1)保有不動産のNOI増加(内部成長)、(2)新規の不動産取得(外部成長)、(3)借入利率の低下(財務)を通じて1口当たり分配金の成長を目指す。すなわち、(1)不動産賃貸市況の改善(稼働率と賃料の上昇)、(2)不動産取引市場の活発化、(3)金利低下の3条件が整う時期に、最も業績の拡大が期待できる。

J-REIT各社の開示する1口当たり予想分配金をもとに市場全体の分配金水準の推移をみると、2011年をボトムに反転し足もとでは前年比6%程度のペースで緩やかに上昇している(図表―4)。J-REIT の業績に対して先行指標となる企業業績はさらに力強い伸びを示す。TOPIX(東証株価指数)の予想EPSは、昨年円高などを理由に一時減少に転じたものの、現在は再び最高水準を更新しリーマンショック以前のピーク水準を16%上回る。これに対して、J-REITは前回ピークの90%水準にとどまっており依然伸び代が期待できそうだ。
[図表-4] :J-REITの予想分配金と国内株式の予想EPS
また、事前予想に対する実績分配金も上振れて推移している。2017年1月~7月期の決算では、全社が期初予想比プラス(同水準を含む)を確保し平均上方修正率は2.4%である(図表―5)。不動産売却益を内部留保できる仕組みが整備された効果などもあり、予想に対する実績値のぶれは小さくなっており、各社の開示する分配金の安定性と信頼度が高まっている。
[図表-5] :予想に対する実績分配金の修正率
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

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