2017年10月17日

ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの2016年Annual Report等より(ソルベンシーII制度下での報告(含むORSA))-

中村 亮一

文字サイズ

(1) 情報の深さ
保険会社がBaFinに提出した報告書の大半は包括的であるが、それにもかかわらずORSAの重要な定性的及び定量的結果を全て含んでいるわけではない。提示された数値及び結論は、それらが基礎とする前提、方法、計算及び合理性が報告書の中で示されておらず、また他の情報源からアクセスできないため、必ずしも理解できるものではない。それゆえBaFinは、会社のリスクと資本管理についての評価を行うことを可能にするために、将来の報告書がより多くのバックグラウンド情報を含むことを期待している。

一方で、多くの保険会社は、彼らのリスク管理制度(RMS)がどのように構築されているのか、RMSとORSAの監督要件についての一般的な情報を提供する。しかしながら、そのような情報は、ORSA報告書の中に含まれておらず、将来も含まれるべきでない。

(2) データの適時性
BaFinは、殆どの場合、使用されるデータが最新ではないということを非常に懸念している。ORSAは現在の会計年度の第3四半期末または第4四半期まで実施されないが、多くの会社は前会計年度の年次財務諸表からのデータに依存している。

しかしながら、古いデータに基づくORSAは、例えばリスク資本管理のような戦略的決定の基礎としては適切ではない。それゆえ、BaFinは、使用されるデータの期限を制限する要件を設定することを検討している。

(3) アドホックORSA報告書
特に注目されるのは、BaFinは、これまでのところ、アドホックなORSA報告書、すなわちリスクプロファイルの大幅な変更に起因して会社によって作成される報告書、をごくわずかしか受け取っていないという事実である。

BaFinは、会社はアドホックORSAを実施している限り、いつもその結果を報告しなければならないということを指摘しておく。これは、一旦評価が実施されて、ORSAを促したリスクプロファイルの疑われた重大な変化が実際に確認されなかった場合にも当てはまる。

(4) 全体的なソルベンシーニーズの評価
全体的なソルベンシーニーズを評価する際に、会社は、ソルベンシー指令第75条及び定量的要件を決定する際に適用されなければならない資産及び負債の認識及び評価を取り扱うソルベンシーII委任法に規定されている経済的評価概念から逸脱している可能性がある。しかしながら、この方式での会社の手続きは、このアプローチが会社の具体的なリスクプロファイルとビジネス戦略を反映するのに最も適切である理由を与えなければならない。将来、BaFinは、会社がORSAに関するEIOPAのガイドラインに従って、逸脱の合理的な正当化を提供することを確実にするための努力を強化していく。会社がそうできなければ、実務の変更を要求することになる。

さらに、多くの会社のORSA報告書は、全体的なソルベンシーニーズを評価する際に使用した信頼度または安心度のレベルを明記していない。また、いくつかの保険会社は、SCR計算の根底にある前提からのリスクプロファイルの逸脱を分析し、必要に応じて、全体のソルベンシーニーズを決定する際に、そのような逸脱を明示的に考慮するという要件を遵守することに失敗している。多くのORSA報告書において、標準式を使用して定量化できないためにSCR計算において考慮されない追加的な重大なリスクに対する潜在的な資本要件の評価は行われていない。これらには、例えばレピュテーション及び戦略リスクが含まれる。そのような評価は、例えば、そのようなリスクの実現の基礎となるシナリオの選択からの連鎖反応効果を定量化することによって、提供される。

ORSAにおいては、会社は、少なくとも3~5年の中期的なタイムホライズンによる評価に基づいて、自らがさらされている又はさらされるかもしれないリスクとソルベンシーの状況に対する将来のビューを有していなければならない。長期的にわたってのみ予見可能なリスクは、このタイムフレームに適合するように分解される必要がある。殆どの保険会社は、必要とされる中期的な期間を検討し、その半数は5年の見通しに基づいている。しかしながら、その報告書では3年未満でしか予測を提供していない会社もある。たとえ、事業計画期間が過去においてより短かった場合でも、ソルベンシーIIの下での資本要件の変動性を考慮すれば、これは許容されない。関係する会社は、これらの新しい条件を考慮に入れるために、必要に応じて、計画期間を延長しなければならない。

(5) 規制資本要件と技術的準備金の要件
多くのORSA報告書は、規制資本要件の継続的な遵守の評価から提供される結果は、単に、将来の数年間にわたるSCRやMCRや自己資本の想定値の予測や、これらの予測に基づいて資本不足があるかどうかについて述べることで構成されている。これらの詳細は十分ではない。予測の基礎となる内部と外部の条件についての前提や数値がいかに得られるのかについての詳細に関する情報がなければ、BaFinは、資本規制要件の継続的な遵守が保証されているのかどうかを評価することはできない。さらには、会社が資本管理措置を取る必要があるのかどうかを評価するために、BaFinは、目標カバレッジ率の水準や会社が特定した水準のモチベーションについての情報を期待している。

殆どの報告書で、技術的準備金の要件の遵守の問題に対しては、殆ど懸念が示されていない。提供された情報は、一般に非常に簡単で、詳細に欠けている。BaFinは、将来この領域で、特に要件遵守に関する潜在的な将来の問題や要件遵守のアクチュアリアル・ファンクションの評価に関して、より詳細な情報を期待している。

ボラティリティ調整やマッチング調整などの長期保証(LTG)措置や技術的準備金やリスクフリー金利の移行措置を適用する会社は、規制資本要件への継続的な遵守や技術的準備金の要件を評価する時に、これらの措置を考慮して、またこれらの措置を適用した場合と適用しない場合の両方の評価を行わなければならない。評価は、ただ単に中期的な定量的影響を記載するだけで構成されるべきでない。保険会社は、また特定された影響が何を意味しているのか、そしてこれからどのような結論を導き出したのかについて、検討して報告しなければならない。もし、グループの会社がLTGや移行措置を適用している場合には、ORSAにおいて、グループレベルで影響が検討されなければならない。

ドイツに固有の特徴は、長期保証を提供する会社(典型的には生命保険会社)もまた、ORSAにおいて、長期的なリスク負担能力を検討する必要があるということである。そのような場合、将来20年までの見通しが適切となる。これに関連して、会社が長期的なリスク負担能力を維持することに問題があるかどうかを決定するだけでは十分でない。むしろ、会社がこの領域で難点を特定した場合は、それを具体的にどのように対処するつもりなのかを記述しなければならない。ORSA報告書は、原因、影響及び解決策とそれらの正当化の詳細を提供しなければならない。

(6) マネジメントの役割
経営陣は、ORSAプロセスにおいて積極的な役割を果たすことが期待されている。さらに、戦略的な意思決定プロセスにおいてORSAの結果を考慮する必要がある。提出された報告書に基づくと、経営陣が実際にこれらの要件を満たしているかどうかは、多くの場合に明らかでない。例えば、どの程度厳密に、経営層が積極的な役割を果たし、ORSAプロセスに影響を与えたのか、についての具体的な説明はしばしば欠けている。ORSAの結果が戦略的決定に与えた影響の度合いは、報告書からは必ずしも確認することはできない。ここでの情報の多くは、単に関係する要件が遵守されていることを主張する総括的な供述で構成されている。会社は、これらの結果に基づいて、経営層によって検討されたどの戦略的決定がORSAの中で検証されているのかについても、同様に乏しい情報しか提供していない。これは、グループレベルでのORSA報告書の場合に特に当てはまる。

したがって、BaFinは今後、ORSA報告書が、経営陣の戦略的決定における経営陣の貢献やORSA結果がどのように引き出されたのかについてのより詳細な情報を含むことを期待している。さらに、どの潜在的な戦略的決定がORSAにおいて検討されたのか、結果がどうだったのか、についてのより詳細な情報を提供しなければならない。

(7) リスク評価の範囲
(この項目については、記事の中で詳細な記載は行われていない。)

(8) ストレステストの品質
ORSAプロセスにおいて、ストレステストは、会社の資本要件を決定する上で重要な要素である。BaFinは、どのシナリオがどのような理由で選択されたのか、ストレステストの結果が正確にどのようなものだったのかについて、結果から会社が引き出した結論をただ述べるだけでなく、十分な情報を必要としている。

この方法で、会社が結果から引き出した結論に関する情報を提供することで、BaFinは、適用されたストレスが会社のリスクプロファイルに対して適切で、潜在的な弱点を明らかにして、主要なリスクドライバーを特定して、資本要件を正確に決定するのに適しているのかどうかを判断することができる。

それゆえ、BaFinは将来のORSA報告書が、保険会社によって実施されたストレステストに関するより詳細な情報を含むことを期待している。

(9) SCR前提からのリスクプロファイルの逸脱の評価
SCRの計算の基礎となる前提のそれぞれのリスクプロファイルの逸脱の重要性を評価するために、多くの会社は、過小や過大に評価されたリスクの「相殺」を行っている。しかし、このような相殺は狭く定義された厳しい条件下でのみ可能となる。報告書には、このような条件がどの程度満たされたのかを記載しなければならない。

この説明が有効でない場合、またはそれが妥当でないと思われる場合、BaFinは条件が満たされていることの追加の証明を要求するか、または相殺を無視することを選ぶことになる。

最後に、今後の見通しに関して、「先見的な監督のためのORSA報告書の重要性に照らして、BaFinは今後、適切で目標とされた報告を確保するためにより大きな注意を払っていく。必要に応じて、BaFinは個々の会社に改善を要求する。ORSA報告書が今後要求される品質に欠けていることを発見した場合には、BaFinは関連する要件に関しての特別な詳細を提供することになるだろう。」と述べている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの2016年Annual Report等より(ソルベンシーII制度下での報告(含むORSA))-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの2016年Annual Report等より(ソルベンシーII制度下での報告(含むORSA))-のレポート Topへ