2017年10月04日

労働市場の回復長期化に伴い、労働力不足の懸念が浮上

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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米労働市場は、金融危機に伴って大きく落ち込んだ後、息の長い回復が続いている。非農業部門の雇用者数は、10 年10 月から17年8月まで史上最長となる83 ヵ月連続で増加している(図表1)。また、雇用増加ペースは17 年8月が前月対比15.6 万人増と、人口増加に伴う新規労働市場参入者を吸収するのに必要とされる10 万人を上回っており、労働需給を改善させるのに充分な水準を維持している。さらに、失業率も10 年の10%程度から4.4%と、金融危機前の07 年以来の水準まで改善した。
一方、労働市場の回復が長期化し、「完全雇用」に近づいているとの見方が出る中で、労働力不足の問題が浮上してきた。米住宅着工件数は、足元で年率110 万件ペースとなっており、06 年初につけた230 万件のピークの半分に満たない。しかしながら、全米住宅建設業協会(NAHB)が住宅建設業者を対象に17 年7月に実施した「労働力不足に関する特別調査」では、熟練労働者が不足しているとの回答割合が6割を超えた(図表2)。これは、住宅建設のピーク時でも同回答割合が4割程度であったことと比べて、現在の労働力不足の深刻さを物語っている。米国では、雇用不安の後退に加え、住宅ローン金利の水準が低いこともあり、住宅に対する需要は強いが、住宅在庫の不足が顕著になっており、労働力不足による住宅供給制約のため住宅市場の回復に水を差す可能性が指摘されている。
また、労働力不足は製造業でも深刻になっている。全米1万4千社が加盟する全米製造業協会(NAM)は、四半期毎に会員企業に対して、「ビジネスをする上での優先課題に関する調査」を行っている。17年4-6 月期の調査では、優先課題として「熟練労働者の確保」と回答した企業の割合は6割を超えており、全8項目の中で「医療保険料の上昇」に次ぐ2番目の高さとなった1(図表3)。これは、「好ましくないビジネス環境(税、規制等)」や、「米ドルの上昇」などの項目より高い。また、16 年1-3 月期の調査では、「熟練労働者の確保」との回答は5割を下回り、8項目中5番目の高さであったことを考えると、この1年程で熟練労働者の確保が如何にビジネス上重要になっているのかが分かる。
 
1 複数回答可のため、回答割合の合計は100%を超える。
さらに、労働力不足は一部業種の熟練労働者に留まらない可能性がある。7月にFRBが発表した地区連銀経済報告では、労働需給のタイト化が熟練労働者だけでなく、低技能労働者にも拡大していることに言及された。実際、全米独立企業協会(NFIB)が毎月実施する中小企業を対象にした調査でも、企業が抱える欠員の補充が困難であると回答した企業の割合は10 年以降右肩上がりとなっており、直近7月調査では35%と、00 年以来の高さとなった(図表4)。これは、中小企業で欠員の補充がますます困難になっていることを示している。このようにみると、労働力不足が既に広範な業種、職種に及んでいる可能性がある。
トランプ大統領は、製造業雇用の国内回帰をはじめ、今後10 年間で25 百万人の雇用創出を経済政策目標として掲げている。これは80 年以降で実現したことが無い非常に意欲的な水準である。しかしながら、米国内では失業率にみられるように労働需給がタイトになっているため、規制緩和や減税策などで雇用増加ペースを加速させることには限界がある。さらに、同大統領が掲げる不法移民対策の強化は、労働力を減少させるため、低技能労働者も含めた労働力不足に拍車をかける可能性が高い。このため、トランプ大統領が掲げる雇用創出目標の達成は困難だろう。寧ろ労働力不足が米経済に影響する可能性が出ており、注意が必要だ。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2017年10月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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