2017年09月11日

米国経済の見通し-消費主導の景気回復持続も、当面ハリケーンの影響や、米国内政治状況などで経済は流動的

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(労働市場)賃金回復はもたついているものの、労働需給のタイト化は持続
労働市場は回復基調が持続している。非農業部門雇用者数(対前月増減)は、10年10月から17年8月まで統計開始以来最長となる83ヶ月連続で増加している(図表7)。また、雇用増加ペースも、人口増加に伴う新規労働市場参入者を吸収するのに必要な10万人を上回る水準を維持しており、労働需給のタイト化が続いている。失業率も、8月は4.4%と07年以来の水準まで改善した。

この結果、回復が遅れていた労働参加率2も8月は62.9%と15年9月の62.4%から底打ちしているほか、プライムエイジと言われる働き盛り層(25-54歳)で回復が顕著である(図表8)。もっとも、プライムエイジの労働参加率は、金融危機前の水準から依然として2%弱ほど低い水準となっており、労働参加率が金融危機前の水準に戻るだけで200万人程度の雇用増加余地が残っている。
(図表7)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表8)労働参加率(年齢別)
一方、労働参加率からは雇用増加余地が残っているものの、労働市場の回復が長期化している中で労働力不足の問題が浮上してきた。製造業や建設業で熟練労働者の確保が困難な状況となっているほか、中小企業でも採用意欲は強いものの、欠員が補充できていない状況が強まっている。全米独立企業協会(NFIB)による中小企業調査では、今後3ヵ月の採用増加企業割合(増加-減少)が7月に19%ポイントと06年以来の高さとなったほか、欠員の補充が困難との回答割合が35%と、こちらは実に00年以来の水準となっており、中小企業での労働力不足が深刻化してきた(図表9)。現状、労働市場の回復が持続との見通しに変更は無いが、労働力の不足が景気拡大の制約となる可能性には注意が必要だ。
(図表9)中小企業の採用計画、欠員補充状況/(図表10)賃金上昇率および失業率
労働需給は逼迫感が強まっているものの、賃金の回復は引き続き鈍い状況が続いている。時間当たり賃金や、アトランタ連銀が発表している賃金追跡指数3は、共に前年同月比伸び率が16年末から17年初につけたピークから低下しており、労働需給の逼迫が賃金上昇率の加速に繋がっていない(図表10)。しかしながら、熟練労働者に加え、低技能労働者にも労働需給の逼迫が拡大していることから、今後賃金上昇率は再び加速してくることが見込まれる。
 
2 労働参加率は、生産年齢人口(16歳以上の人口)に対する労働力人口(就業者数と失業者数を合計したもの)の比率。
3 人口動態変化に伴い、相対的に高給なシニア層が引退することで平均的な賃金水準が低下することを避けるために、人口構成バイアスを調整してアトランタ連銀が試算した賃金指数。
(設備投資)設備投資の回復が明確、今後はハリケーンの影響を見極め
民間設備投資は、16年4-6月期から回復が持続しているほか、17年1-3月期以降は伸びが加速しており、回復基調が明確になってきた。また、設備投資の先行指標である国防、航空を除くコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、7月が年率+5.1%と堅調な伸びを示していることから、足元7-9月期も設備投資の回復持続が見込まれる(図表11)。

さらに、製造業景況感が回復しているほか、主要国・地域の鉱工業生産指数をみると、16年後半以降の日本や米国をはじめ、世界的に回復基調となっていることも設備投資の回復を後押ししそうだ(図表12)。

もっとも、8月下旬にテキサス州などを襲ったハリケーンの影響で石油精製施設などが被害を受けていることが報告されており、現段階で評価は難しいものの、7-9月期には生産や設備投資が落込み、10月以降に復元する動きが予想されるため、攪乱要因として注目される。
(図表11)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表12)鉱工業生産指数(主要国・地域)
(住宅投資)住宅需要は強いものの、熟練労働者の不足が回復に水を差す可能性
住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、7月に入っても▲14.0%と、2桁の落ち込みとなっている(図表13)。さらに、住宅着工の先行指標である許可件数も同様に5月(▲13.0%)からはリバウンドがみられるものの、7月も▲3.6%とマイナスが続いている。住宅投資は、17年4-6月期に3期ぶりにマイナスとなったが、足元で回復はもたついているとみられる。
(図表13)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表14)住宅着工件数および労働力不足感
また、雇用不安が後退する中で足元では住宅ローン金利が低下するなど、住宅需要は依然として強いが、8月の同レポート4でも指摘したように、熟練労働力の不足が住宅市場の回復に水を差す可能性がでてきた。住宅着工件数は足元で年率換算110万件台のペースとなっており、06年初につけた230万件のピークに比べて半分程度の水準に留まっている。これに対して、住宅建設業者に対する調査では、労働力が不足していると回答した企業の割合が足元で6割を超えており、06年の4割程度であったのに比べて、労働力不足が深刻となっている(図表14)。このため、労働力不足が住宅供給の制約条件になってきている可能性については注意が必要だ。
 
4 より詳しくは、Weeklyエコノミストレター(2017年8月25日)「米住宅市場の動向―雇用不安の後退や低金利継続が住宅需要を下支え。今後は住宅供給の増加が鍵」を参照下さい。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=56481?site=nli
(政府支出、財政収支)当面は政府閉鎖が回避も、18年度予算編成、税制改革は不透明
10月からの18会計年度開始を控えて、国内政治の混乱から予算不成立に伴う連邦政府機関の一部閉鎖や、連邦債務上限の抵触に伴う米国債のデフォルトリスクが懸念されていた。米議会は、ハリケーン「ハービー」に関する災害対策で結束し、災害対策費用152億ドルを盛り込んだ、12日8日を期限とする暫定予算5を編成し、9月8日にトランプ大統領が署名して成立させた。同暫定予算では、災害対策費用を盛り込んだほか、18年度の歳出上限額(1.06兆ドル)に収めるために、裁量的経費の一律0.7%の削減を行った。さらに、17年3月以降に19.8兆ドルが適用されていた債務上限について、12月8日まで適用しないことも盛り込んだ。これらの結果、12月まではとりあえず、政府閉鎖や米国債デフォルトは回避された。これから、12月の暫定予算の期限に向けて予算編成作業や、税制改革の審議が本格化するが、先行きは非常に不透明だ。
(図表15)歳出上限と上下院予算案 トランプ政権が税制改革の具体案を未だに提示していないこともあって、予算編成の大枠を決める予算決議(budget resolution)に税制改革を盛り込むことができないため、上下院で予算決議が成立していない。

一方、与党共和党が過半数を占めている上下院で現在検討されている裁量的経費に関する予算案では、上下院ともに国防関連を中心に歳出上限を超える増額を見込んでいるため、歳出上限を引き上げるための法律が必要だ(図表15)。これには、野党民主党との政策協調が必要となるが、民主党が反発している非国防予算削減についての政策調整は不透明である。
(図表16)税制改革案比較 さらに、税制改革では、共和党内での意見集約が難航しているようだ。7月下旬にホワイトハウスから発表された声明6では、上下院共和党幹部とトランプ政権の間で、物議を醸していた課税ベースや国境調整税で下院共和党案が却下されたことが示唆された(図表16)。

しかしながら、8月30日に行われたトランプ大統領の税制改革に関する演説では、改革の詳細が語られなかったほか、法人税率について15%の水準に言及されたが、これはライアン下院議長が言及している20%台前半とは隔たりがある。ムニューシン財務長官は、9月中に詳細を発表するとしているが、実現は困難だろう。

また、12月に予算編成や債務上限期限が到来することから、政府閉鎖や米国債デフォルト回避で再び民主党の協力を得る必要があり、今後民主党の政治的な発言力が強まるとみられている。このため、トランプ政権は、政策実現のために与党共和党だけでなく、野党民主党との政策協調を行う必要がある。このようにみると、予算編成や税制改革審議では紆余曲折が予想され、財政政策に伴う米経済への影響を評価するのが困難な状況が暫く持続しよう。
 
 
5 H.R.601 “Continuing Appropriation Act, 2018 and Supplemental Appropriations for Disaster Relief Requirement Act, 2017”
6 Joint Statement on Tax Reform(17年7月27日) https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/07/27/joint-statement-tax-reform
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

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