2017年08月07日

IAISが拡大フィールドテストのためのICS(保険資本基準)Version1.0を公表-保険負債評価の割引率について-

中村 亮一

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5―今回の ICS Version 1.0の公表に対する反応

今回の公表は、あくまでも2017年のフィールドテストの仕様に関するものであり、この作成に至るまでの関係者の意見も踏まえた上での複数のオプション等も含まれていることから、この段階での対外的に公表された直接的な反応は限られている。

1|ABI(Association of British Insurers:英国保険会社協会)
ABIは、今回の ICS Version 1.0の公表に対応して、7月21日にコメントを発表している。

その中で、規制担当ディレクターのHugh Savill氏は、ICSは、内部モデルを斟酌しておらず、年金事業を適切に扱わず、分散効果の認識が不十分であるため、英国市場での使用には適していないと懸念したままである、と述べた 。

グローバルな保険資本基準Version 1.0のリリースに関するABIのコメント
2017年7月21日

ABIの規制担当ディレクターのHugh Savill氏は、保険監督者国際機構IAIS)によるグローバルな保険資本基準Version 1.0のリリースについてコメントして、以下のように述べた:
AISは本日、国際的に活動する保険グループのための保険資本基準(ICS)のVersion 1.0を発表した。しかし、我々は、ICSは英国市場での使用に適していないと懸念したままである。

会社がソルベンシーIIの開発に多大な時間と費用を費やしているにもかかわらず、内部モデルが考慮に入れられていない。英国の年金のような保証付き長期契約の適切な取扱が認められていない。分散化が保険の仕組みの中心にあるにもかかわらず、その認識が不十分である。

「ABIはこれらの問題に取り組むためにIAISと引き続き協力していくことを楽しみにしているが、私はこれらが開発と実施のための野心的なスケジュール表で解決できるかどうかは疑問に思っている。私はIAISにもっと実用的なスケジュール表を検討するよう促したい。」と述べた。

2|CRO Forum
欧州保険会社のCRO(Chief Risk Officer)の団体であるCRO Forumは、この文書ではカバーされていない内部モデルの使用に関して、「ICS 2.0における内部モデル使用」とのタイトルのペーパーを7月に公表14して、内部モデルをICSで使用できるようにすべきとの主張を行った。

このペーパーの中で、「保険契約者にとって最適な社会的及び規制上の成果を達成する最善の方法は、保険会社が、標準的アプローチが会社のビジネスやリスクプロファイルに不適切だと考える場合には、監督当局の承認を受けて、完全又は部分内部モデルを使用することを認める規制制度を通じてである。」と主張している。

ICS 2.0での内部モデルの使用
保険業界の健全な資本及び監督の枠組みが、財務の安定性と保険契約者を保護するために不可欠であるという事実を認識し、IAISはリスクに基づくグローバルな保険資本基準(ICS)を策定することを約束した。 CROフォーラムは、リスクベースの世界的な保険基準の開発を歓迎し、これは、最終的には、人工的な不一致を除去し、効率的かつ効果的な監督を容易にし、公平な競争条件を確保することになるだろう。

本書では、保険業界の内部モデルの使用に関する過去の経験と実績を提示することにより、将来の世界的な保険資本基準の開発を促進することを目指している。CROフォーラムは、標準アプローチに加えて、内部モデルの使用をICS Version2.0の重要な要素と不可欠な要素として認めなければならない理由を示したい、と考えている。このホワイトペーパーでは、内部モデルの使用を許可するために監督当局が利用できるオプションについて概説し、内部モデルがもたらす利点を詳しく見ている。我々は、保険契約者にとって最適な社会的及び規制上の成果を達成する最善の方法は、保険会社が、標準的アプローチが会社のビジネスやリスクプロファイルに不適切だと考える場合には、監督当局の承認を受けて、完全又は部分内部モデルを使用することを認める規制制度を通じてである、と主張する。

CRO Forumは、内部モデルを使用することについて、以下の6つの利点を指摘している。

(1)リスクプロファイルのより正確なピクチャーを提供する。
(2)ビジネスをよりよく管理し、リスク管理を改善するインセンティブを提供する。
(3)商品開発と価格設定を改善させる。
(4)保険監督と協力と透明性を向上させる。
(5)監督当局が、脆弱な会社実績を見つけ出し、タイムリーに介入し、結果として破綻の可能性やコストを軽減することができる。
(6)リスク軽減手法が適切に認識されることを可能にする。
また、内部モデルの使用が認められなければ、
(7)リスクが隠されたままになるかもしれず、
(8)プロシクリカルな行動を奨励することになり、
(9)新しいリスクが適切に反映され、発見されるのを妨げ、リスク評価を継続的に向上するモチベーションが無くなってしまう。

と述べている。例えば、(8)については、以下のように述べている。

「もし全ての保険会社が金融市場の状況に関する特定の前提に基づいて較正される同じ標準モデルを適用するとした場合、市場が特定の方向に動いた場合、全ての保険会社に対する影響が同様のものになる。類似の市場行動が金融市場のストレスの影響をさらに増幅させる。内部モデルはシステミックリスクを軽減させると考えている。」

内部モデルの使用の問題は、欧州と米国との間で対立している大きな課題の1つであり、今後のIAISでの対応が大変注目されるテーマとなっている。

ICS Version2.0において、内部モデルが認められるのか否かについては、現段階では不透明な状況にあると思われるが、仮に内部モデルが認められる場合でも、銀行のバーゼル規制における資本フロアーと同様に、フロアーを設定する等の手段が検討されていくことになる模様である。
   

6―まとめ

6―まとめ

今回のレポートでは、ICS Version1.0について、その全体の概要と具体的な内容については保険負債評価に使用する割引率に焦点を絞って報告した。

ICSはIAIGsのための資本基準であり、IAIGsには、日本の大手の保険会社も指定されていくことが想定されている。さらには、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制の検討においては、IAISにおけるICSを見据えた形でのフィールドテストも行われてきている。
ICSの制定については、欧州と米国、さらには日本を含めた世界各国の意見を踏まえて検討が進められており、着実に進展してきている状況にはあるが、引き続き各種の課題を抱えており、当初のスケジュール通りには必ずしも進んでいないようである。

いずれにしても、ICSについては、監督当局や大手の保険会社にとどまらずに、全ての保険会社等の関係者が、その動向を注意深く見守っていることから、その制定を巡る動きについては、今後も引き続き注視し、適宜フォローしていくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2017年08月07日「基礎研レポート」)

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【IAISが拡大フィールドテストのためのICS(保険資本基準)Version1.0を公表-保険負債評価の割引率について-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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