2017年07月28日

女性医療の現状(前編)-無理なダイエットは、高齢期にどのような影響をもたらすか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――女性のがん検診

日本では、2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで死亡する、とされている。このため、がん検診は、男女を問わず、定期的に行うことが望ましいと言える。このうち、特に、成人の女性に推奨されているのが、乳がん検診と子宮がん検診である。その概要を、見ていくこととしよう。

1|乳がん検診は受診率が低い
乳がんは、女性のがんの部位別罹患率で、第1位となっている。乳がん検診は、1987年より開始された。当初は、30歳以上の人に対する視触診として実施されていた。2000年には、50歳以上の人を対象に、マンモグラフィが導入された。現在、厚生労働省の指針45では、40歳以上の人を対象に、2年に1回、問診とマンモグラフィ検査を行うこととされている。日本は、乳がん検診の受診率が低い。受診率(過去1年)は、50%に設定されている国の目標46に対して36.9%(2016年)にとどまっている。この水準は、欧米主要国よりも低い。

乳がんは、年々、罹患率、死亡率が悪化している。近年、政府が国家的プロジェクトとして立ち上げた、乳がん検診の比較試験(J-START)47は、マンモグラフィの判定と、超音波検査の判定を組み合わせることで、乳がん検診の感度が上昇することを示している48。こうした、総合判定手法の確立に向けた取り組みも、始められている。
 
45 「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(厚生労働省)
46 2012年6月に閣議決定された「がん対策推進基本計画」(厚生労働省)では、がん検診の受診率について、5年以内に50%(胃、肺、大腸は当面40%)を達成することを目標としている。
47 正式名称は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業。J-STARTは、Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trialの略。
48 “Sensitivity and specificity of mammography and adjunctive ultrasonography to screen for breast cancer in the Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial (J-START): a randomised controlled trial.”Ohuchi N, et al(Lancet, 2016 ,387(10016):341-8)


2|子宮がん検診も受診率が低い
乳がんと並んで、子宮がんも、検診の必要性が叫ばれている。子宮がんについては、1982年に、子宮頸部の細胞診によるがん検診が開始された。1987年より、子宮がん検診の受診者のうち医師が必要と認める人(原則として、最近6か月以内に不正性器出血を訴えたことのある人で、(1)年齢50歳以上、(2)閉経後、(3)未妊婦であって月経が不規則、のいずれかに該当する人)に対して、子宮体部の細胞診による子宮体部がん検診が導入された。現在は、20歳以上を対象に、2年に1回、子宮頸部細胞診を行うことが推奨されている。細胞診で、細胞を採取するのに要する時間は数分であり、性交渉経験のある人は、通常、痛みは感じないとされる49。日本は、子宮がん検診の受診率も低い。受診率(過去1年)は、国の目標50%に対して33.7%(2016年)にとどまっている。この水準は、欧米主要国よりも低い。

日本では、子宮がんによる死亡率が上昇しつつある。子宮がんは、罹患しても、症状がなかなか現れないという特徴がある。早期段階であれば、開腹せずに、30分ほどの経膣的手術(子宮頸部円錐切除術)で病変の切除が可能だが、がんが進行すると、子宮全摘出(子宮、卵巣、卵管の切除) が必要となることもある50

特に、子宮頸がん検診については、理論上、受診率が100%であれば、子宮頸がんにより、子宮や生命を失う女性をゼロに近づけることができると言われている。このため、政府や、医療関係者を中心に、がん検診で異常を発見して、早期に患者の治療を開始する取り組みが推進されている。
図表29.がん検診受診率 (検診種類別)/図表30.がん検診受診率 (主要国比較)
なお、イギリスでは、乳がん検診の受診が法律で義務づけられている。また、フランス、イギリス、ドイツでは、乳がん検診費用は、全て公費で負担される51。一方、アメリカでは、保険会社が、検診費用の負担を行っているケースが見られる。こうしたことが、受診率が高い要因として考えられる。
 
49 「あなたも名医! プライマリケア現場での女性診療 押さえておきたい33のポイント」(日本医事新報社, jmed mook47, 2016年12月)の「第4章2 子宮がん検診」より。
50 広汎子宮全摘出(子宮、卵巣、卵管に加えて、膣、子宮周囲の組織も切除)が、必要となることもある。
51 「諸外国のがん検診の制度等に関する調査結果」(厚生労働省, がん検診に関する検討会, 平成19年6月26日, 参考資料6)より。
 

5――妊娠・出産に関連する疾病等

5――妊娠・出産に関連する疾病等

妊娠中、女性の身体は、出産に向けた準備をする。この間、胎児への影響のある投薬等には、制限が生じる。また、妊娠中は、急性腹症を起こすことがあり、緊急の処置を要する場合もある。

1|妊娠中の投薬・検査には制限がある
妊娠中には、胎児に与える影響を踏まえて、投薬等に制限が生じる。妊娠中の処方は不可、とされている薬剤もある。このため、妊娠中の投薬等については、医師の指示に従う必要がある52

妊娠中のX線検査に関しては、胎児の被曝量が0.1Gy(グレイ)53を超えると、健康影響があるかもしれないとされている。なお、通常、X線写真は、腹部で1枚0.001Gy、胸部で1枚0.0000005Gy程度となっている54
 
52 一般に、胎児の器官形成期は、妊娠4~12週とされる。通常、妊娠3週末までの時期に用いられた薬剤が胚に影響を及ぼす場合は、胚死亡となり、妊娠は継続しない。逆に、影響が少ない場合、胚の修復が可能と考えられている。
53 Gyは、放射線の吸収線量の単位。
54 「あなたも名医! プライマリケア現場での女性診療 押さえておきたい33のポイント」(日本医事新報社, jmed mook47, 2016年12月)の「第2章B1『妊娠中に薬を飲んでも大丈夫ですか?』」より。


2|妊娠中の急性腹症には緊急性が高いものがある
妊娠中には、様々な急性腹症を呈する可能性がある。これらは、産科疾患、婦人科疾患、産婦人科領域以外の疾患の3つに大別される。代表的な疾患や病態として、次のものが挙げられる。
図表31. 妊娠中に急性腹症をきたす疾患・病態の例
これらの疾患・病態に関する診断においては、妊娠により子宮が増大しているため虫垂の位置が変化していることや、妊娠に伴い白血球数が生理的に上昇していること、などが考慮に入れられる。また、これらの中には、緊急性が高い病態もある。このため、医療施設間での患者の救急搬送や、総合診療医から産婦人科専門医等への医療情報(診断結果等)の連携が、重要となる。

国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、近年、妊娠・産褥(切迫流産、前置胎盤等)の通院者率は、20歳代から30歳代において、人口1,000人あたり10~15人程度で推移している。妊婦および胎児の救命とヘルスケアの確保に向けて、今後、救急医療体制の整備や、産婦人科領域での女性医療の拡充が、ますます求められる状況と言える。
図表32. 妊娠・産褥(切迫流産、前置胎盤等)の通院者率 (人口1,000人あたり)
 
55 子宮体部に付着している胎盤が、妊娠中または分娩経過中の胎児娩出以前に、子宮壁より剝離する状態。剝離部位によって外出血をみる場合と、剝離した胎盤と子宮の間に溜まった外出血をみない潜伏出血とがある。(「研修コーナー」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 64巻1号, 2012年1月)より)
56 溶血(Hemolysis, 赤血球が破壊され、その成分が血漿中に出る現象。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より))、肝酵素上昇(Elevated Liver enzymes)および血小板減少(Low Platelet)をきたす疾患で、妊娠高血圧症候群の一病型として知られている。(「症例から学ぶ周産期医学2)妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群) HELLP 症候群」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 57巻9号, 2005年9月)より)
57 妊娠高血圧症候群と共通の病態を有しており、HELLP症候群と似通った臨床経過をたどる。診断には肝生検が必要とされる。(「D. 産科疾患の診断・治療・管理 10. 異常分娩の管理と処置 17)HELLP症候群, 急性妊娠脂肪肝」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 60巻5号, 2008年5月)より)
58 慢性の特殊な炎症が口から肛門までの消化管のどの部分にも起こるが、小腸、大腸、肛門の周囲によく見られる。炎症の結果、潰瘍ができて腸が硬くなり、ときに出血することがある。腸から体の内外に細いトンネルが通じたり(瘻孔)、腸が狭くなってつかえたり(狭窄)することもある。原因は不明で、指定難病の1つとされている。(「患者さんと家族のためのクローン病ガイドブック」(日本消化器病学会, 2010年9月30日)等より)
59 病因不明の難治性疾患で再燃と寛解を繰り返す。一般に発症時に重症や全大腸に病変のある症例をのぞくと長期経過とともに病勢が安定する症例が多い。指定難病の1つで、クローン病とともに特発性炎症性腸疾患と総称されている。(「潰瘍性大腸炎の長期経過」松本誉之(日本消化器病学会, 日本消化器病学会雑誌 Vol.106(2009), No.7)等より)


3|出産後には、女性ホルモンの急激な変化により、産後精神障害が生じる場合がある
出産は、女性の心身に大きな影響を与える。出産前後で、女性のホルモンバランスは大きく変化する。そのため、出産は、身体的負荷のみならず、精神的負担も大きいとされる。代表的な産後精神障害として、マタニティーブルーズ、産後うつ病、産褥精神病が挙げられる60。通常、出産前には、女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンが大量に分泌されているが、出産後には、これらは急激に減少する。この女性ホルモンの変化が、産後精神障害の原因と考えられている。

(1) マタニティーブルーズ
マタニティーブルーズは、軽度のうつ状態で、産後5日以内に発症し、2週間で寛解61する。産後うつ病の危険因子とされており、経過観察が必要となる。

(2) 産後うつ病
産後うつ病は、軽度~重度のうつ状態で、多くは、産後2~5週に発症するが、出産してから数ヵ月後に発症することもある。発症してから2~6ヵ月経過後に、寛解となることが多い。しかし、一部には、数年に渡って、うつ状態が持続する場合もある。

(3) 産褥精神病
産褥精神病は、急性精神病状態で、精神科での診療を要することが多い。出産してから2週間以内に、急性に発症する。発症してから数週間から数ヵ月で、寛解する場合が多く見られる。しかし、一旦寛解した場合でも、再発することが多い。また、一部は、寛解せずに、症状が持続する。

産後精神障害の診察では、希死念慮62や、自殺企図の有無に、注意が必要とされる。治療には、通常のうつ病と同様、薬物療法が行われる。しかし、授乳中で、薬物療法に抵抗がある場合には、支持的精神療法63や、認知行動療法64といった薬物を用いない治療法がとられることもある。
 
60 日本人の場合、マタニティーブルーズと、産後うつ病は、比較的高い頻度で見られるが、産褥精神病はまれとされている。(「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介編(創造出版, 2012年)等より)
61 病気そのものは完全には治癒していないが、病状が一時的あるいは永続的に軽減または消失すること。特に白血病などの場合に用いる。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
62 具体的な理由はないが漠然と死を願う状態。(「デジタル大辞泉」(小学館)より)
63 治療者が、受容的な態度で、患者の悩みや不安をよく聴き、気持ちや考えなどに共感して、それを支持することで、患者の回復や精神的な自立を促す療法。患者の訴えに対して、良い、悪い、間違っているといった価値判断はしない。また、安易に励ますこともしない。(「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介編(創造出版, 2012年)等より)
64 患者の認知・思考の歪みに働きかけて、認知と行動変容を促し、患者が当面の問題への効果的な対処法を習得することを目的とする療法。(「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介編(創造出版, 2012年)より)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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