コラム
2017年07月27日

明治の怪ジャーナリスト黒岩涙香の翻案小説『生命保険』を読んで-生命保険研究者の「生命保険」読書録-

松岡 博司

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【あらすじ】

主人公、枯田夏子は、父、枯田健造の再婚相手である継母との関係が上手くいかず、家を出、お金持ちの屋敷に住み込み2人の子どもの家庭教師兼子守として働いていた(←「ジェイン・エア」的な英国文学っぽい味わい)。ある日、継母から父親死亡の連絡を受け、急ぎ死亡地のウイロー村に向かうが、既に父の死骸は棺桶に入れられ対面できない。晩餐で機嫌よく酒を飲んでいた父は突然倒れ死んでしまったという。
(資料)国立国会図書館デジタルコネクション『涙香集』より
(資料)国立国会図書館デジタルコネクション『涙香集』より http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/888672/1
葬式が終わり家に戻ると、継母は、健造の生命保険金一万ポンドのうち、千ポンドを夏子に分けるという遺言があると告げる。その夜、夏子は、死んだ父・健造が自分を見ているという異様な体験をするが、勤めにもどる。夏子は受け取った保険金千ポンドを雇い主に預ける。

数ヶ月後、夏子は、主人が子供の肖像画を描かせるために招いた画家・堀川碧水と親しい仲となるが、碧水が行方を探している碧水の叔父・堀川堀江が消息不明になった日に停車場で出会い家に招いた友人が父・健造であったという事実が発覚する。夏子の照会に、継母は、建造が亡くなった時、確かに堀川堀江が側にいたが、堀江は夜遅くの電車に乗るため立ち去ったと答える。

碧水は、堀江と建造の写真を検死者の医者に見せ、死んだのが堀江で、側にいたのが健造であるという事実をつきとめる。

事実を聞かされた夏子が、ロンドンに継母を訪ねると、継母は既に姿をくらましており、継母の兄を名乗りながら病気となって取り残されていた父・健造を見つける。健造は、堀江の死体を自分だと偽って保険金を手に入れたこと、継母がお金を持ち去ったことを告白し、3日後に亡くなる。

夏子はその事実を碧水に打ち明け、生保会社にも伝える。夏子と碧水は結婚する。

生保会社は、たまたま堀江が碧水を受取人とする自社の1万ポンドの生命保険に加入していたこと、堀江も建造も死んでしまったことから、2人分の保険金を支払うことになっていたのは変わらないとして、支払い時期の相違分の利息のやりとりだけをして、問題はなかったことと取り扱う。

夏子が先に受け取っていた千ポンドは雇い主が自分のお金とともにある事業に投資したところ、大成功して三万ポンドになる(「人間の絆」に出てきそうなシチュエーション)。
こうして夏子と碧水の夫婦は、あわせて4万ボンドの大金を獲得する。

一方、9千ポンドのお金を持って姿をくらましていた継母は、3年後、再婚相手の紳士を毒殺しようとしたとして逮捕され、裁判が始まる前に病死する。

人々は、堀江が健造の家で急死したのも、継母が毒を盛ったに違いないと噂する。

以上がこの小説のあらすじである。

印象としては、まじめに質素に生きる夏子が生命保険のおかげで幸せになるという、さわやかな読後感を感じる。トリックは、後生の人間からすれば単純なものであるが、発表当時の人々にとっては斬新なものであったのだろう。しかし、この小説が、後世の数ある保険犯罪ものの起源ともいうべき、遺体の取り違えを利用した保険金詐欺事件、継母による保険金殺人事件を題材とした小説であるという点は、見逃されがちである。健造が病気になったのも継母が毒を飲ませた結果かもしれない。

しかし、黒岩涙香の筆はその方面には進まず、謎解き話で終わってしまう。夏子から真実の連絡を受けた生保会社が、結果オーライ、事なしとして扱うことも奇異である。
1880年代の生命保険業績(年度末契約数) このような形になった理由を考えると、翻案小説としての本作の性質と当時の西洋と日本における生命保険の浸透ぶりの違いに行き着くこととなる。

おそらく原作には、保険にまつわる犯罪を取り扱った経済小説としての色合いもあったのではなかろうか。いかんせん日本では、『生命保険』が発表されたのは、最初の生保会社、明治生命の開業からわずか9年しか経っていない時期である。

1890年当時のわが国の生保会社数は4社、数値をとれる現存会社3社の業績を足しあわせた1890年度末の契約件数は2.19万件にすぎない。

わが国の生命保険業は1890年代を迎えてから大きな伸びを見せる。

翻案小説『生命保険』が発表されたのは、ちょうど、こうしたわが国生命保険業が今まさに飛躍しようとしていた時期に当たる。

さすがにこのような時期であれば、涙香の優れた情報収集力と分析力および翻案力をもってしても、保険にまつわる犯罪の何たるかを理解し小説として構成することは困難であったのだろう。

涙香の敏感なアンテナがキャッチするのが早すぎた、大衆向けの読み物とするにはいまだ日本の状況が熟していなかった時代に、投じられた意欲作ということだろう。もし10年後に涙香が翻案していたら、本作はまた違った輝きを放つことになっただろうと思われる。

それにしても、インターネットもテレビもラジオもない時代に、弱冠20代の若者が、西欧の新聞小説から時代の動きを読み取り、日本人に伝えようとした中に、生命保険という当時の最先端事業があったこと、その情報収集能力の卓越さには恐れ入るのみである。

また大衆紙の連載小説欄に『生命保険』の表題が載ったことは、事業開始間がない生保会社にとっては、大きな宣伝効果を持つ支援となったのではなかろうかとも思うのである。

名前を読み上げてみれば「黒い悪い子」となるなんて、黒岩涙香、実にしゃれた人である。
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(2017年07月27日「研究員の眼」)

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