2017年07月25日

EUと米国の間の再保険規制を巡る動きについて-トランプ政権もカバード・アグリーメントを承認へ-

中村 亮一

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1―はじめに

「欧州連合(EU)と米国の対話プロジェクト(EU-US Dialogue Project)」及びそこで協議されていた「カバード・アグリーメント(Covered Agreement)」の締結を巡る動きについては、これまで、保険年金フォーカス「EUと米国の間の再保険規制を巡る交渉の状況はどうなったのか-カバード・アグリーメントをついに締結へ-」(2017.1.17)(以下、「前々回のレポート」という)及び基礎研レポート「トランプ政権による保険会社規制への影響について-国内・国外(EU、IAIS)問題への対応-」(2017.4.4)(以下、「前回のレポート」という)等で報告してきた。

今回、カバード・アグリーメントに関して新たな動きが見られ、7月14日に、米国財務省及び米国通商代表部(USTR)により、EUとのカバード・アグリーメントに署名する意向であることが発表1され、ついにこの問題が一定決着を見ることになった。今回は、この動きについて報告する。  

2―カバード・アグリーメントとは

2―カバード・アグリーメントとは

カバード・アグリーメントについては、前々回のレポートで、その定義や意味合い等について報告した。

1|カバード・アグリーメントとは
カバード・アグリーメントとは、「米国と1つ以上の外国政府、当局または規制主体との間で締結され、州の保険または再保険規制の下で達成される保護レベルと『実質的に同等』である保険または再保険の消費者のための保護レベルを達成する保険または再保険の事業に関する健全性措置の認識に関連する、保険または再保険の事業に関する保守的措置に関する、書面による二国間または多国間の合意」として、ドッド・フランク法(Dodd-Frank Act)のTitle Vに定義された特殊なタイプの国際的合意である。

2|今回のカバード・アグリーメントの概要
今回のEUと米国の間で締結されるカバード・アグリーメントにより、米国で活動するEUの再保険会社の担保要件が排除され、米国の再保険規制をソルベンシーIIと同等のものとして認識することで、EUで活動する米国の再保険会社に課せられる障壁が取り除かれることになる。

より、具体的には、今回のカバード・アグリーメントは、健全性保険監督の3つの分野、(1)再保険、(2)グループの監督、(3)監督者間の保険情報の交換、をカバーしている。

「(1)再保険」に関しては、消費者保護が強化され、EU及び米国の市場で事業を展開するEU及び米国の再保険会社に対する担保及び現地のプレゼンス要件の廃止につながることになる。

「(2)グループの監督」に関しては、米国とEUの保険会社は、自国の管轄地域の監督者による世界的な健全性保険グループの監督のみの対象となり、米国及びEUのそれぞれの監督当局の自国の監督の優位性が保持されることになる。ただし、各監督者は、その監督領域における保険契約者の利益や金融の安定性を損なう可能性のある世界的な活動についての情報を要求し入手する資格は保持する。

「(3)監督者間の保険情報の交換」に関しては、米国とEUの保険監督当局は、米国及びEU市場で活動する保険会社及び再保険会社に関する監督情報を引き続き交換することを奨励し、このような情報交換を支援するためのモデル覚書の規定を含めている。
 

3―これまでの経緯と今回の動き

3―これまでの経緯と今回の動き

1|これまでの経緯
カバード・アグリーメントの締結については、交渉の当事者である欧州委員会(EC)や米国財務省及び米国通商代表部(USTR)、さらにはEIOPA(欧州保険年金監督局)や欧米の保険業界の大勢は前向きであったが  NAIC(全米保険監督官会議)やNAMIC(全米相互保険会社協会)が慎重な意見を表明してきていた。

こうした状況下で、トランプ氏の大統領就任日1月20日の1週間前の2017年1月13日に、欧州委員会(EC)や米国財務省及び米国通商代表部(USTR)から、EUと米国の間のカバード・アグリーメントが締結された、という共同声明が発表された。

これに対して、EIOPA(欧州保険年金監督局)や欧州の保険業界団体であるInsurance Europe、さらにはACLI(American Council of Life Insurers:米国生命保険協会)やAIA(American Insurance Association:米国保険協会)等は歓迎するコメントを公表していた。

ところが、NAICは、「消費者保護が州法の優先権の侵害によって妥協されないように、協定の徹底的な見直しを調整しており、我々は議会に対して、同じことをすることを奨励している。最大の懸念は、米国企業に対する外国の規制を強制するバックドア(内密の方法)としてこの合意を使用する可能性があることである。」「NAICは、合意が、法律上の対象となる契約の臨界値を満たしているかどうか、米国の消費者及び企業にどのように潜在的な影響を与える可能性があるのかを判断する上において、メンバーを支援する。」等と述べて、批判的なスタンスを表明していた。

こうした中で、トランプ政権が誕生し、その保護主義的な金融規制に対するアプローチから、カバード・アグリーメントの見直しや破棄が行われるのではないか、との一部の関係者の期待を抱かせる状況になっていた。

1月の米国財務省等からの公表の後、前回のレポートで報告したように、2月16日に開催された議会の公聴会等でも、カバード・アグリーメントについて、支持と反対の2極化した議論が行われていた。

その後も、NAICは、Ted Nickel会長が4月のデンバーでの春季会議において、「合意の明確さと確実性の欠如」についての懸念を繰り返しており、ウィスコンシン州のSeen Duffy下院議員は、Steve Mnuchin財務長官宛に、「交渉によって、米国の監督当局の監督を損なう可能性のある合意における曖昧さを明確にするまで、カバード・アグリーメントの署名を延期する」ように求めていた。

NAMICも、カバード・アグリーメントの明確化又は再交渉を求めて、5月22日のSteve Mnuchin財務長官宛のレター2の中で、合意に達する前に、(1)相互承認、(2)再保険担保、(3)グループ資本、(4)合同委員会、についての明確化が不可欠である、と述べていた。

NAMICが明確化が不可欠であるとした項目の具体的な内容については、以下の通りである。

2017年5月22日のSteve Mnuchin財務長官宛レターからの抜粋

相互承認
カバード・アグリーメント草案には、米国がEUによって相互に認められている旨の記載はない。我々は、合意が締結されれば、当事者は相互の再保険、グループ監督、グループ資本及び機密保護/プライバシー制度を暫定的に相互に承認する、という明確な声明を要求する。さらに、我々は、カバード・アグリーメントにおいて全ての条件と要件が満たされれば、ソルベンシーIIの下で、保険分野の米国の法と規制に関する永続的な相互承認を提供するとの明確な声明を要求する。これは、米国が交渉で達成しようとしていたと述べた以上でも以下のことでもない(2015年11月の議会へのカバード・アグリーメント交渉を通知する財務省書簡参照)。この明確化は、合意の意図と目的を反映しているため、重要である。そのような言葉がなければ、国際的に事業を行っている米国の保険会社は、EUで不公平かつ重複した規制を受けることになる。

再保険担保
前FIO(連邦保険局)ディレクターの Michael McRaith 氏は、カバード・アグリーメントの言語が再保険担保に関する全ての州の法的要件を含むことを意図していると証言している。これは、信用力の基準の省略と無担保を求めるEU再保険会社への適用を除いて、真実である。 この見落としは、NAICの再保険モデル法及び規制に関するクレジットに記載されているように、再保険者のゼロ担保の資格を決定する上で、米国の監督当局がEUの再保険業者の信用力を考慮できることを確認することによって訂正することができる。これは、財務的に弱いEU企業の再保険を購入する米国の保険会社を担保で保護するために重要である。

グループ資本
カバード・アグリーメントは、現時点でNAICによって設計または採用されていないグループ資本評価の将来の基準を規定している。我々は、NAICが最終的に採択したいかなる形態においても、EUがNAICのグループ資本計算の最終版を受け入れることを確認することを求める。これは、外国でビジネスを行っている企業と同様にそうでない米国の企業でも重要である。

合同委員会
合意は、誰が合同委員会に参加するのかについての言葉はない。我々は、保険監督当局が委員会のメンバー及び完全参加者として含まれ、合同委員会がカバード・アグリーメントの範囲外の問題に対処しない、ことを明確にする声明を要請する。これにより、実際に米国保険業界を監督する規制当局が、契約に基づいて発生する可能性のある問題に対する実用的な解決策を提供することが保証される。


以上のような状況下で、Steve Mnuchin財務長官が、今回のカバード・アグリーメントの取扱について、どのような判断を行うのかが大変注目されていた。
 
2|今回の米国財務省及び米国通商代表部(USTR)による発表について
今回、米国財務省及び米国通商代表部(USTR)は、7月14日のプレス・リリースで、「政府は、今後数週間で協定に署名することに加えて、実施に関する米国の政策声明を発表する予定である。」として、カバード・アグリーメントに署名する意向であることを発表した。

このことは、過去の数ヶ月間の議論等を踏まえて、Steve Mnuchin財務長官、従ってトランプ政権がカバード・アグリーメントを承認する方針であることが示されたことを意味している。さらには、結果的に、この問題に関しては、EUとの信頼関係を重視した形になっている。

プレス・リリースの中で、「今回の協定は、米国企業の国内外市場における競争力を高め、規制を効率的、効果的、適切に調整するために重要なステップである。さらに、2国間協定は、米国の州ベースの保険制度の妥当性を確認し、規制の確実性を提供し、米国保険会社の成長機会を増やすことによって、米国経済と消費者に利益をもたらす。」としている。

財務省とUSTRの発表内容は、以下の通りである。

2017年7月14日
財務省、米国通商代表部(USTR)の署名意思通知

米国財務省と米国通商代表部(USTR)は、本日、保険と再保険に関する健全性手段に関する米国と欧州連合(EU)との間の二国間協定に署名する意向を発表した。政府は、今後数週間で協定に署名することに加えて、実施に関する米国の政策声明を発表する予定である。

これは、米国企業の国内外市場における競争力を高め、規制を効率的、効果的、適切に調整するために重要なステップである。さらに、2国間協定は、米国の州ベースの保険制度の妥当性を確認し、規制の確実性を提供し、米国保険会社の成長機会を増やすことによって、米国経済と消費者に利益をもたらす。

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中村 亮一

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