2017年07月18日

近づく英国の国民投票-経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2|EU離脱に関わる潜在的なリスク
英国経済は、貿易・投資面で開放度が高く、外国企業のプレゼンスが高い。欧州最大の国際金融センターであり、EUのゲートウェイとしての役割を果たす。これらの特徴は、いずれも離脱によってEUの単一市場との間に「壁」を作る影響が潜在的に大きいことを示唆する。

離脱によってEUとの間に関税や非関税障壁が構築されれば、自動車など英国に製造拠点を置き、クロスボーダーなサプライ・チェーンを構築している製造業にはコスト増加要因となる。金融機関の活動も、英国が、EUを離脱すれば、EU域内のいずれかの国で免許や認可を得れば、他の加盟国でも金融商品の提供や支店の設立が認められるシングル・パスポートの適用外となるため、機能の移転を迫られる可能性がある。

国際収支構造は脆弱な面がある。英国の経常収支の赤字は対名目GDP比で2015年には年間で5.2%まで拡大した。15年10~12月期は同7%相当で、ともに現行統計開始以来で最大、主要先進7カ国で最高水準、経常赤字の金額は米国に次ぐ世界第2位だ。貿易収支は対名目GDP比で2%ほど、無償資金協力などの第二次所得収支も同1%強の赤字基調で大きく変わっていない。最近の経常赤字の拡大は、対外直接投資と対外債券投資の収益の減少で第一次所得収支の赤字に転化したことが原因だ。英国の経常収支赤字は1970年代の前半と1980年代後半に急激に経常収支の赤字が拡大した局面があった。この時、収支悪化の原因は貿易赤字の拡大であり、所得収支赤字の拡大が原因となるのは今回が初めてだ。ユーロ圏の低成長が続いていることに加え、新興国経済やエネルギー・セクターに調整が及んだことも影響している。

構造的にBREXITの影響を受けやすく、しかも、高水準の経常赤字のファイナンスに資本流入を必要としているため、国民投票が離脱支持多数となった場合、資本流出の加速と資本流入の停止によって、ポンド相場とポンド建て資産の価格が急激に下落する潜在的なリスクがある。ポンドの名目実効為替相場は、昨年11月から今年4月初めにかけてBREXITの懸念と世界景気の減速を背景とするイングランド銀行(BOE)の利上げ見通しの後退ですでに大きく減価している(図表7)。
3|イングランド銀行のスタンス
BOEは、16年5月12日の金融政策委員会(MPC)と合わせて公表した四半期の「インフレ報告」で、国民投票を最も重大なリスクと位置づけた。離脱支持多数という結果は、為替相場のさらに急激な低下、需要の低下、供給の伸びの鈍化をもたらすと警鐘を鳴らした。離脱多数の場合には、残留を想定した「インフレ報告」の成長・インフレ見通しよりも、成長率は下方に、インフレ率は上方にシフトすると見ている。ポンド相場の下落は、平時であれば、輸出促進と輸入抑制を通じて景気を押し上げるが、離脱多数という国民投票の結果が引き金となる場合は、投資計画や消費の延期などを伴うため、成長率を低下させ、インフレ率を高めると見ている。

離脱支持多数の場合、BOEが、ポンド防衛を通じたインフレ安定化のために利上げに踏み切るのか、むしろ需要の下支えのために利下げに踏み切るのかは見方がわかれる。

金融システムの安定にも万全の体制を採る構えだ。銀行の短期のホールセールの負債は流動性の高い資産によってカバーされており、資金繰りの問題が生じるリスクは小さいと判断している。3月の段階で、国民投票当日を含めて合計3回、期間半年の追加の資金供給を行なうことを決めている。外貨調達についても、ドルは定例の週次オペを継続実施するほか、ECBや日銀など主要中銀とのスワップラインを整えている。
 

4――英国経済への影響を巡る議論

4――英国経済への影響を巡る議論

1|離脱派の主張-コントロールを取り戻そう
英国のEU離脱キャンペーンは、非主流派の新興政治勢力よりも、むしろ与党保守党の有力政治家らが主導している点が特徴だ。英国放送協会(BBC)の16年3月24日時点の集計では現議会で議席を有する保守党の議員330名のうちキャメロン首相、オズボーン財務相ら163名が残留派、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長ら130名が離脱派に割れている。最大野党の労働党は230名の議員のうちコービン党首を含め215名と大半が残留支持、第3党のスコットランド国民党(SNP)は54名の議員の全員が残留支持を表明している。英国独立党(UKIP)は15年の議会選挙での獲得議席数は1議席に留まったが、全国レベルでの支持率は二大政党に次ぐ第3位と高い。UKIPは、党として英国の独立、主権回復を掲げ、離脱を支持する。

離脱派は、EUに委譲した主権と財源を取り戻し、より機動的に国益に沿った政策運営が出来るようになり、英国はより強くなると呼びかける。選挙管理委員会が離脱キャンペーンを主導する組織として指定した「Vote Leave」のスローガンは「コントロールを取り戻そう(take back control)」。

「Vote Leave」が離脱のベネフィットとして最も強調しているのがEUへの拠出金の削減だ。英国は1週間あたり3.5億ポンド(547億円)を拠出しており、その一部はアルバニア、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、トルコなどEU加盟候補国にも向けられている。離脱すれば、この財源を、英国の優先分野である研究開発や教育、国家医療制度(NHS)などに投入できるようになるとベネフィットを訴える。

通商交渉の面でも、英国の国益に照らして機動的な交渉ができるようになるとベネフィットを主張する。離脱すれば、英国の競争力を阻害するようなEUの法規制からも解放されることも強みになると言う。
図表8 世論調査:英国が直面する課題/図表9 英国への移民の純流出入/図表10 国民投票での判断のために重視する課題に関する世論調査
英国民の最大の関心事である移民(図表8)についても、EUを離脱すればコントロール力が向上すると言う。英国への移民流入は、1997年~2009年の労働党政権下の移民規制の緩和、2004年以降の中東欧諸国のEU加盟、英国の相対的な好景気と堅調な雇用情勢、そして寛容な社会保障制度などが誘引となり増加が続いた。キャメロン政権は、2010年の第1次政権の発足時、移民の純流入を「2015年までに10万人以下に減らす」目標を掲げ、移民の取り締まりなどを強化したが、2014年に年間で31.3万人に達した。2015年も9月までの実績で32.3万人と2014年の水準を上回っている(図表9)。ここ3年間、英国への移民流入のおよそ半数はEU域内が占める。EU域内からの移民は、域内の自由な移動、居住、求職活動が認められ、社会保障についてもEU市民の均等待遇が原則とされるためにコントロールできないことへの不満と不安が広がっている。国民投票に先立つEUとの条件交渉で、EUからの移民に対する社会保障の制限が最も注目を集めたのもこのためだ。当然のことながら、離脱派は、社会保障給付の限定的かつ条件付きの制限に留まったEUとの新たな合意では十分コントロールはできないという立場だ。離脱することによって、EU市民の均等待遇原則から解放されれば、EU市民に偏重せず、域外からより優秀な人材を受け入れることが国益にかなうとの考えだ。

離脱派の主張の特徴は、EUへの拠出金や、EU移民の均等原則を含むEUの法規制などのコストを強調することだ。国民投票での判断材料として移民の流入数やそれに伴うNHSなど社会保障制度への負担を重視すると答える割合は半分近くを占める(図表10)。

離脱派は、EUの単一市場へのアクセスや、EUに加わることで得られてきた域外との貿易交渉などでのベネフィットを失うコストには踏み込まない。他方、移民流入の急増による社会の変容や財政への負担に不安を覚える有権者の心理に働きかけている。
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研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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